第五話 キノトイ・アネ① 面談
△△△△△△キノトイ・アネ視点
私、キノトイ・アネは物心ついた時からとある孤児院で暮らしていた。
最初は平穏な日々だった。老夫婦が私たちの為に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。
しかし、それも老夫婦が不慮の事故で亡くなってから変わった。気づけば老夫婦の息子を名乗る人物が院長を名乗り、私を含む七名の孤児を何処かに連れ去り、山中の洋館で軟禁され、日夜暴力を振るわれていた。
そんな孤児院長は、この院内において絶対的な存在になっていた。カーテンで閉め切った暗い室内。飛び交う怒号、怯える私達。
私達はそんな環境化で何年も過ごし、互いに助け合うように身を寄せ合って生きていた。
全員が女子で、同じ年齢だった。学校に通える年になっても、勿論学校には通えなかった。
外の世界とは無縁の生活。電気が止まった暗い部屋と、目張りされた窓から見える代わり映えの無い景色が私達の世界の全てだった。
逃げようと思えば逃げられたのかもしれない。だが、それは出来なかった。心が屈していたのと、誰かが逃げ出したら連帯責任で誰かを殺すと言われたらだ。
「お前らは大きくなったら全員俺のお嫁さんだ、嬉しいだろう」
孤児院長は鼻をつむりたくなる様な不快な異臭を放ちながらいつもそんな事を言っていた。そんな男に私達は、作り出した笑みを浮かべる。
その時の私たちは——そんな地獄のような世界から抜け出す事が出来るなんて、微塵も思っても見なかった。
△△△△△
「な、なんだお前ら!?」
ある日の事だった。
院長の怒鳴り声で目が覚めた。気づけば本当に何の前触も無く、黒スーツを着た男達が当然のように院内に土足で立ち入ってきた。
怯える私たちを盾にするように院長が背後に立ち、男達に怒声を浴びせていた。
「コイツが自称院長か」
先頭の黒スーツがそう告げると、院長は激昂した。
「自称だと!? 人の土地に勝手に入ってきやがって、ただじゃおかねぇぞ!」
「お前の土地じゃない。お前の親の土地だろう。ここにはお前のモノなんて一つも存在しない」
殴りかかる院長は、あっという間に黒スーツの一人に組み伏せられた。
まるで取り決められた動作かのような手際で手錠をかけられた院長は、目隠しと猿轡をかまされて外に運ばれていく。
暴力の象徴であった院長のそんな有様に、私たちは呆気にとられていた。
院長と入れ替わるように、中年の男が入ってきた。
院長と同い年くらいの、おじさんだ。無気力そうな目で、私たちを見下ろしていた。
不思議と院長に感じるような恐怖心は無かった。
「ここは好きか?」
ここが好きか、か。この園の事だろうか?
それなら答えは決まっている。地獄を好きになれる人間は居ないはずだ。
私は男に何か喋ろうと試みたが、声が掠れてうまく喋れなかった。
あまりにも長いことマトモに口を動かしていなかったからだろう。
そのことに焦ってしまい、耳鳴りがして、少し視界が暗くなった。
皆んなも同じだ。私同様に震えながら視線を彷徨わせて——マズイ、早く答えないと。
皆んなの纏め役である私が話さないと。私が——。
「大嫌い」
振り返ると、●●が壁際にもたれかかり、本を読みながらそう答えていた。
彼女の顔には私たちより多くの青アザがある。
いつも寡黙で飄々として、頭がよく、独学で文字を覚えてこっそり私たちにも教えてくれたりしていた。
無駄な学をつけさせないと言っていた院長にも一番目をつけられていた子だ。
その言葉を聞いたおじさんは頷いて私たちにも促す。
「お前らもか?」
私たちは困惑しながらも頷くと、おじさんは明後日の方向を見ながら、
「俺と一緒に来るか?」
そう口にした。
不思議と、その言葉を待っていた様に感じる。
今思えば、黒いスーツに身を包んだ謎の集団だ。
一緒に行こうなんて気になるのはおかしな感覚なのだと思う。
だけれど、その時の私たちに居場所なんてどこにも無かったのだ。
「そうすれば……」
「うん?」
「そうすれば……ご飯を食べれますか?」
今度はちゃんと喋れた。
私たちの一番の問題は食事だったのだ。
孤児院長に六人の子供を食べさせる甲斐性も人情も無かった為に、常に極限状態を強いられていた。
おじさんはポケットからタバコを取り出し、口に咥えようとして——。
「着替えなさい、出かけるぞ」
静かに胸ポケットに戻しながらそう言った。
その日、私たちはおじさんに連れられ、初めてハンバーガーを食べた。
もし、あの味を忘れる様な事があるとすれば、意地悪な神様が私たちの記憶を消し去ってしまう以外無いだろう。
素直に、そう思った。
△△△△
連れてこられたのは都会の軍基地だった。
生活は著しく一変した。軍人さんという職業の人たちから清潔な服を与えられ、お風呂にも入らせてもらった。
軍服を着た綺麗なお姉さんに髪を切ってもらったし、結び方まで教えてもらった。
そしてご飯だ。湯気の立つご飯を何回でもおかわりさせてくれた。
軍人さん達は涙を流す私たちをジッと見つめながら、夜になると布団を用意してくれた。
朝に蹴り起こされる事は無いし、学校で習うはずだった勉強も少しだけだけれど教えてもらったりした。
そんな日々を過ごしていた私達はある日、個別に会議場の様な部屋に呼びだされた。
私はもしかしたらここから追い出されるのでは……と、不安を覚えながらも部屋に入った。
そこもは広い会議場の椅子に腰掛けた軍人さんが二人だけいて、私に席につくよう促してきた。
「君たちには選択肢がある」
開口一番がそれだった。私はゴクリと唾を飲む。
一体どんな運命が私に、私たちに待ち受けているのだろうか?
「このまま外の世界で普通の家庭に引き取られ、一般人として生活するか、軍人として我々に協力するか」
その言葉に拍子抜けしてしまった。むしろ——。
「選択肢が、あるんですか?」
「もちろん」
「軍人になります」
私の迷いない言葉に、軍人さんは複雑そうな表情を浮かべた。
「軍人になるという事は……若くして、死ぬかもしれないという事だ。いや、濁すのはよそう。今の時代、軍人に明るい未来は無い。それでもか?」
「はい」
なんとなくは聞かされていた。
今の世界の事、エイリアンの事、軍が陥っている状況。それに唯一対抗できる兵器を扱えるのが私たちくらいの年齢の子供達だけな事。
だが、あの地獄を経験した私は外の家庭で普通に暮らしていけるとは思っていなかった。
自分が体験したこの組織での生活。それが唯一の安息の場であると確信していたのだ。
「どうして軍人になろうと?」
「そうすれば、ご飯が食べれると聞きました。お金も稼げるって」
軍人さんは私の言葉に、力強く頷いた。
「絶対に、約束しよう。命にかえても」
資料に何やらスタンプを押す軍人さんに、私はある事を尋ねてみる。
「あの」
「なんだ?」
「他のみんなは?」
私の質問に、軍人さんは隣で黙っていた上司らしき人に視線を向ける。
「もう話して良いんですよね?」
「構わん。了承を得た今、彼女の決断に影響は与えない」
「君と同様、六名の者は軍人になる道を選んだ」
そう口にした。
私はその瞬間、初めて軍人さんに対して笑みを浮かべた。
仲間達が同じ選択をしたこと、私はその事が無性に嬉しかった。
向かう先と、気持ちは皆んな同じなのだ。たとえ何かのはずみで死んでしまおうが、その途上で死ねるのならば本望だ。
院長に殴り殺されか、餓死するよりかは何万倍も良い死に方だろう。
「君たちに、タガキ中佐からプレゼントだ」
軍人さんは私に制服用の黒いネームプレートと、紙に漢字で書かれた文字を手渡してきた。
「あの、これは?」
「君たちの名前だ。前の施設では孤児院長が気分で名前を変えて呼んでいたと聞いた。それを聞いたタガキ中佐が一晩で考えた。伝言で『気に入らなければ自分で変えても良い』だそうだ」
私は紙に書かれた漢字をじっと見つめる。
●●のおかげで文字はあらかた読めるが、見たことも無いような難しい単語の組み合わせだった。
「すみません、何と書い——読むんですか?」
「キノトイ、だ。キノトイ・アネ。一般にはかなり珍しい苗字だな」
「キノトイ・アネ……」
呟く様に言うと軍人さんが、
「他の者達の分もあるので同じように聞いてみるが、君はどうす——」
「この名前にします」
「国籍として登録されるからもう変えられなくなるぞ?」
「この名前が良いんです」
私は気付けばネームプレートと紙を握りしめていた。
それから一週間後。私たちは身支度を済ませ、新たに加わった二人の仲間と共に訓練所でとある山中の廃校へとやってきた。
私は初めて学校というモノに足を踏み入れて、内心ワクワクしていたのを覚えている。
そこで出会った私達の班長は信じられないくらいの美人なお姉さんだった。
ハツラツとしており、厳しくて私が想像しているような軍人だった。
私の将来目指すべき姿だと、胸が熱くなった。
私たちに未来があれば、の話だが。
△△△
「君の名前は?」
そして私は今、所属する中隊の指揮官だという男の人から面談を受けている。
その指揮官は見た目が若く、二十以上歳が離れているとは思えない幼さの残った顔付きをしていた。
以前シノザキ班長から聞かされたように、実戦経験豊富な軍人とは到底思えなかった。
「キノトイ・アネです」
「ほう、珍しい名前だな」
「タガキ中佐が名付けてくれました」
目の前の若い指揮官はそれを聞いて一瞬怪訝な表情を浮かべた。
しかし、直ぐに元の穏やか表情に戻り、
「そうか、気に入っているか?」
そう聞いてきた。私は即座に返答する。
「とても」
その言葉に頷いた指揮官はさわやかな笑顔を見せ、質問を続けた。
「軍の生活はどうだ?」
「好きです」
「君と一番仲が良いのは?」
「ヒノです」
「ヒノ・セレカか」
「はい、よく補佐してくれています」
「君が候補生の中では、纏め役らしいな」
その言葉に、私は拳を握りしめていた。
上の人間から期待されている。期待には応えなければならない。
そんな強迫観念めいた何かが、私の中に存在した。
「はい」
「何か生活に際して、不都合なことはあるか?」
私は脳裏に、とある少女の事を浮かばせていた。
唯一の不安事項というならば、彼女だろう。しかし、私は見栄を張ったのか、首を横に振った。
「ありません」
「私服はあるか?」
「私服……ですか?」
「ああ、休みに着る服だ」
「ありません。軍服のみです」
それを聞いた指揮官は本を手に、近づいてきた。
よく見ると、それは雑誌だった。指揮官は雑誌を私に見えるように広げる。雑誌のページには同年代くらいの女の子達がお人形の様に着飾って笑っていた。
私とは、私たちとは一番縁遠い世界だ。これをどうしろと言うのだろう?
「この中でどれが一番良いと思う?」
そう聞かれて、思わず、指揮官の顔を見ると……彼は感情を読み取れない無表情を浮かべていた。
この人は一体、何を考えているのだろう? 何を求めているのだろうか?
困惑した私が黙っていると。指揮官は落ちついた声音で、
「直感でいい、ゆっくり選べ」
そう口にする。私は戸惑いながらも、一つの服を指差した。
どういう類のジャンルかもしれない、ひらひらのついた服だ。自分がコレが好きなのかもよく分からなかったが、とにかく目を引かれたのだ。
「……これです」
指揮官は私が指差した写真に赤丸をつけて、横に〝キノトイ〟と付記した。
何の意味があるのか分からなかったが、指揮官は満足げに席につき、カリカリとノートに記載を始める。
「これで面談を終わ——ああ、そうだった。もう一つだけ質問だ」
指揮官が私をまっすぐ見つめながら、
「好きな食べ物は?」
「ハンバーガーです」
私は迷いなく、食い気味に答えた。
△△
「失礼しました」
指揮官室を出る。廊下に並べられた椅子に、ベツガイ・サキが腰かけていた。
彼女は攻撃的な釣り目で私を視界に入れながら、馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべていた。
私はそれを不快気に思いながらも、通り過ぎようとする。
「扱いやすそう?」
ベツガイ・サキのそんな一言に私は立ちどまる。
「……何が?」
「指揮官の話」
私はそれを聞いて、思い切り顔をしかめていた。
ここに来たのは私と同じ孤児院の子供たちだけでは無い。彼女……釣り目の飄々とした雰囲気の少女、ベツガイ・サキは私とは別の孤児院から軍人さんに連れてこられたパイロット候補生の一人だった。
彼女は軍に対して、何かと反抗的な言動を見せていた。
まあ、表立ってはそんな発言はしない。軍人さんがいないとき、陰で文句を言うだけだ。その反抗心の理由は知らない。
それが私には気に食わなかった。もし軍人さんたちに聞かれたらペナルティがあるかもしれないし、好感を持っている人たちへの悪口は聞いていて気分が良いものではない。
彼女がいたのはマトモな孤児院だと聞いた。あの地獄を知らない。だからそんな甘えた態度がとれるのだ。
「そんな不敬な言葉を聞かれたらどうするつもり?」
私の言葉を聞いて、彼女はくすくすと笑う。
「不敬? また、大人から殴られるのが怖くなったの?」
「ベツガイ……」
唸るように名前を口にし、私が睨みつけると。
「それしても不敬、ね。難しい言葉を知っているわね、黴臭い孤児院で引きこもっていたくせに」
ベツガイ・サキはそんな暴言を吐き、嘲るように笑っていた。
もう、我慢ならない。私はたまらずベツガイへと歩み寄ろうとして——。
『次の者、入ってくれ』
指揮官室からの呼びかけで、彼女はスクッと立ち上がる。
「またあとで相手したげる」
勝ち誇ったような笑みで部屋に入っていく彼女を私は睨み続けていた。
△
「アネちゃん、どうやった?」
待機している教室に戻ると、孤児院で親友だったヒノ・セレカが走り寄ってきた。
セレカはぱっちりとした目に、長いまつげを乗せた整った顔立ちをしている可愛い女の子だ。
教室を見渡せば、セレカ以外の皆も私の言動に注目をしていた。
「落ち着いていて、良い人そうだったわ」
「そうなん、そりゃよかったわ。それにしても見た目は随分若いよなあ? シノザキ班長は三十五歳くらいって言ってたけど……」
「実戦経験は相当豊富らしいわ、人は見かけにはよらないってことね」
言いながら私は部屋の隅へと視線を向ける。
そこには本を手に、自分の世界に入り込む少女がいた。思わずため息が出てしまう。
彼女はシトネ・キリ。顔は可愛いが、残念なことに常に無気力そうな眠い目を浮かべている少女で、一見すれば何も考えていないように思える。
だが、実態はただの天才だ。情報の乏しい環境下において独学で文字や数学を覚え、私達にこっそり教えていた。
基地で勉強を教えてもらっていた時、独自の計算式を披露したシトネには、軍人さんたちも大層驚いていたのだ。
「シトネ、次は貴方が面談でしょ? 早く指揮官室の前に移動しないと」
「ん」
シトネは短く返事をしながら立ち上がり、本を手にしたまま教室から出て行こうとしていたので——私が首根っこを掴んでそれを制止した。
「本は持ってっちゃダメよ」
「ん」
ノールックで私に本を差し出し、教室を後にするシトネ。相変わらず超がつくほどのマイペースな彼女に呆れてこめかみに手をおさえていると、セレカは感心したように呟いた。
「シトネは面談やのに相変わらずやな。緊張せぇへんのかな?」
「全く、シトネは謎ね。何で軍に残ったのか……」
私の言葉にセレカは目をパチクリさせた。
「え、嬉しくないん?」
「……そんな事無いわ。あの子なら何でもやれそうなのに何でわざわざって話よ。それよりも——」
私は室内を見渡してとある人物を見つける。
天井を見つめたままボケッと立ちつくす少女だ。
名前はセノ・タネコ。ベツガイ・サキと同郷で、私たちとは別の孤児院からやってきた人間だ。
彼女は穏やかで、刃物のような性格のベツガイ・サキとは全く正反対の性格をしている。
しかし仲は良いようで、何かペアを組む時にはいつも一緒だ。
「セノさん」
私の問いかけに、彼女はポケ〜ッとしたまま微動だにしない。もう一度呼びかけた。
「セノさん」
「はっ」
彼女は再度の問いかけでようやく我に返ったようで、何故かガンフィンガーと共に視線を向けてきた。
「なんでしょう?」
「……ベツガイさんなんだけど」
「サキがまた何かやらかしました?」
「指揮官の近くで暴言を吐いていたの。注意したんだけど聞かなくって……何か良い方法無いかしら?」
私が事情を説明すると、セノ・タネコはしばらく考えるポーズをとり、ふむふむと頷いていた。
別に解決策は期待していない。唯一の同郷である彼女から、誰にでも煽る様な態度をとるベツガイ・サキの情報をなんとか引き出せないか、という下心があった。
「なるほど、サキも相当なーばすになってるみたいです」
「なーばす?」
「はい、初めての環境でとても気が立ってるみたいです」
ベツガイ・サキの言動はいつも飄々としており、とても緊張している様には見えない。
「……そうは見えないんだけど?」
「サキは素直じゃありませんから。それに加えて、言ったら言った分だけ倍にして返してきます。とりあえず周りに当たり散らかして片付けをしません。片付けもする様に言っとくです」
「そう……ありがとうね」
「お役に立てて何よりです」
にへらっと笑うセノ・タネコ。
彼女のような穏やかな人間が、何故ベツガイ・サキと仲がいいのか。不思議でならなかった。