第十二話 飲みニケーション・ヒルズ

△△△△タガキ・フミヤ視点  ショッピングモールの休憩スペース近辺。人通りのあまり無い通路。柱の隙間にデッドスペースを見つけた俺は、すっぽりとハマるようにしてその身を隠した。  ニシモトから渡された紙袋をあける。  察しの通り、中身は携帯で、ディスプレイを開けばご丁寧に〝ウサギさん〟とやら謎の人物に直通出来るようにセットされていた。コールをかけて数秒、直ぐに相手へと繋がる。 『よお、上手くやってるそうじゃないか』  案の定、相手は叔父だった。明るい声音の第一声に、俺の沸点は急激に上昇する。   コイツのせいで、俺の心労はマックスだ。 「……あんたは元気そうだな」   『元気なワケあるか、こちとら激務に追われてもう直ぐスキンヘッドになりそうだぞ』  そうかい、往生際の悪さがとれて見栄えが少しはよくなる事だろうよ。  嫌味を思い浮かべて溜飲を下げ、言葉を続ける事にした。 「おい、聞けばあのガラクタは武器も無いらしいじゃねぇか。こんなんでどうやって戦えってんだよ」  エンジニアから聞いたが、エルフライドは運用方もわからなければそもそも武器も無いという。  そんな状態では訓練も始めようが無い。というか戦いすら始められないだろう。 『なんだ、あんなにイヤイヤ言ってたのに随分やる気だな』  本当に、コイツは……。  俺がどんな思いで指揮官をやっているかわかっているのか?  怒りのあまり歯をギチギチ鳴らしていると、 『冗談だよ。どんな手段をとるにせよ、エルフライドの武器は必要になるだろう。手配はしている。しかしな、ちょっと問題が発生中だ。かなり時間を有するかもしれない』  時間だと?  エルフライドを使用した射撃訓練とかもしたいから、早く納品されなくては困るのだが。 「いつまでだよ、人類のためとか言って銃で脅してでも急がせろよ」 『まあ聞け。いくら工程を急がせて予定が繰り上がろうが関係ない。直接納品は出来ないからな』 「なに?」 『最悪、百日後の作戦時に納品場所まで取りに来てもらわないといけなくなる可能性が大だ』  怒鳴り散らかしたくなるのを抑えるのに必死だった。  百日後に取りに来いってことは。ぶっつけ本番で使えってのか?  そんなんでは武器の効果や特性も検証出来ない。軍を裏切るにせよ、何にせよ、エルフライドの武器が無ければなんの選択肢も生まれないのだ。  しかしまた、なんだってそんな時間がかかるのだ? 「持ってこれないってことか?」 『その通りだ。今の時代、我が国の業者は反戦派が圧倒的多数を秘めている。施工してくれている契約業者は一般にバレないように極秘裏に事を進めている兼ね合いもあり、納品には慎重にならざるを得ない——だ、そうだ』 「……そうだ?」 『いくら極秘裏と言っても、やり方なんざ腐るほどある。こちら側でも納品を円滑にするために軍の交渉担当に色々と提案したが、全て却下された。武器が遅れているのは何か裏があるような気がしてならん』  裏がある、か。何か別の力が働いているのなら、違う道も選択しなければならない。 「……そんで、武器は用意は出来ないってか?」 『期待はするな、それが一番だ』 「……そうか」 『お前の事だ。何か、別に考えがあるのだろう』  まあ、あるにはあるが——最悪の場合、DIY手作り兵器もやむなしと思っていた。  エンジニアは、聞くところによれば全員が鉄鋼や溶接、設計の有資格者らしい。超テクノロジーのエルフライドの整備はできなくとも、武器は作らせられるだろう。まあ……専門では無いので、火薬銃でなくかなり原始的な部類の武器になるだろうが。 「もういいよ、武器は。キャンセルだ、キャンセル。本番にしか使えない飛び道具なんかアテに出来るか。違約金は払わなくちゃダメだろうけど、リスクを背負ってまで業者に作らせる事もないよ、キャンセルしてくれ」 『おお、そう言うと思ってな。実はもうキャンセルの打診は独断で行った。公安に頼んでな』 「はあ!?」  人を驚かす趣味でもあるのか?  その後出しジャンケンみたいな喋り方は是非辞めて欲しいのだが……。  ていうか〝公安〟だと?  それって漫画やドラマでおなじみの〝公安警察〟の事だよな? 対テロや諜報活動を行うっていう……。  軍不要論が噴出する中、暴走しだす懸念のある軍と、それを警戒する警察機関は対立に近い関係にあると思っていたが——。  いや——公安は警察からは独立した特殊な組織だったか? もしかしたら公安はどちらかというと軍部寄りなのかもしれない。  しかし、それにしてもなんで軍に協力するような真似を——。  とりあえず気になったので、叔父に聞いてみることにした。 「なあ、公安と軍って協力関係にあるのか?」 「ん? 個人的な付き合いだが?」  個人的付き合いだって……?  それが本当なら、警察と軍の二重スパイみたいなもんではないのか? 「おい……危ない橋を渡ってるわけじゃないよな?」 『軍にいるのは危ない橋じゃないのか?』    禅問答のように平然と聞き返す叔父に絶句する。嫌な予感が的中することほど、最悪なことはない。  叔父は電光中隊の総司令的立場な筈……このことが露見すれば、部隊もどうなるか分かったもんではないぞ。  今の軍部に法を持ち出したところで、効力があるとは思えない。警察も結局は火力で勝る軍にビビっているのだ。最悪、怒った軍に私的に吊されるのじゃないか?  口をパクパクさせて何を言おうか考えていると、叔父は愉快げに話を続けた。 『まあ、聞けよ。公安を通じて業者に『キャンセル』だと伝えてみたらな、面白い返答が返ってきたんだ』 「……面白い返答?」 『〝五十丁、既に納品済みですけど?〟 だとよ。しまいには〝予備分九丁のキャンセルという事でよろしいですかね?〟 と、きたもんだ』  予備分、九丁? その前に五十丁納品?  まるで、ウチの前にどこかの部隊に納品したみたいなニュアンスではないか。  電光よりも優先されている——エルフライド部隊が存在する? 「……どういう、事だ?」 『さてな、それはこちらで調べる。とにかく、お前はコチラを期待せずにコトを進めろ。必要資金だけはニシモトを通じてたんまり送ってやる。その辺だけは頑張らせてもらってるからな』 「……軍は一体、何がしたいんだよ」 『まあ、わかる事は信用出来るのは自分だけ、という事だけだ』 「ほう、アンタは俺を信用してないってことか」  言ってやると、叔父の声音が少し変わった。 『お前は俺の半身だよ』  ハンシン? なんだ藪から棒に。 「気持ち悪いこと言うなよ」 『すまんな。それじゃあもう切るぞ。最後に質問あるか?』  そんな叔父の言葉に、俺の口から何故かこんな言葉が飛び出ていた。 「なあ……叔父さんは誰かを裏切った事はあるか?」  誰も裏切りたく無い、誠実でいたい。だが、そんな甘えた願いは現実では叶いそうにない。どちらかを選択しなければならない。  浅ましくも俺は自分の弱い心を守る為、自分と同罪、もしくはそれ以上の罪を犯した人間を求めていたのかもしれない。  自分の罪が薄まるわけでも無いのに、誰かの犯した大罪を聞いてみたくなったのだ。  叔父は暫く黙った後、ポツリと言った風に話し始めた。 『思い出せないが、多分ある。思い出せない、てのは思い出したくも無いんだろう。忘れる努力をしたって事だ。思い返せば、そんな努力に費やした人生を歩んできた。その中で——ふと、気づいた事がある』 「気づいたこと?」 『裏切らないよう、努力をした覚えは無かった』 「……努力、か」 『どちらにせよ覚悟を決めろ〝准尉〟まだ途上だが、俺ですら出来たんだ。お前に出来ない訳がない』  ブツッと電話が切れる。俺は耳元から携帯を力無く下げる。 「参ったな……」    裏切りたくなければ努力しろ、か。叔父のアドバイスがこんなにも響くとは、余程指揮官業務が堪えているのだろう。  叔父の言葉がなければ、思考を放棄するところだった。  そうだ——何が危ない橋だよ。俺だって、軍部を裏切るような計画を画策していたじゃないか。  選択は視野を広げれば両極ではなく、無限に存在する。俺の歪んだ正義心を満たす以外に、全員がハッピーな結末。そんなものが果たして本当にあるのだろうか?   「俺、死んじゃうかも……」  最近、頭の使いすぎでオーバーヒートしそうだ。イマジナリー上で湯気立った頭のまま、ノロノロとシノザキたちの元へと戻ることにした。 △△△    意外と少女達の買い物に対しての抵抗感が減るのは早かったようだ。店を色々回ったが、全員商品を手に取り、何を買うべきか話し合っていた。予想に反して、金を使いすぎない様にセーブしている様も見てとれた。  これには驚きだ。欲に忠実な子供が自ら自制心を持って欲しいものの選別を行うのだ。  同じ年頃の俺だったら、ある分だけ使っただろう。彼女達は先を見据えている。それがどこまで先なのかは分からないが、俺はそれに対する——。   「ミシマさん」  振り返ると、シノザキが直立不動で立っていた。ご丁寧なことに腕時計を構えている。 「三時まで、残り十分です」  俺は頷き、全員に集合をかける。予想通り、荷物が多くなっていた。  一旦バスへと置きに行くよう伝え、先導する。バスの停車してある立体駐車場に行くと、先に集まっていたエンジニア達が、モールで購入したであろうグラサンをかけた状態でドヤ顔待機していた。 「コレ、どうですか。指揮官どの」  エマは誇らしげにサングラスをクイっとしていた。 「このバスはビーチには向かわないぞ?」  軽口を叩きながらバスに荷物を載せおわる。 「よし、お前ら輪になれ」    流石軍属の集団だ。直ぐに俺を中心とした円陣は完成した。ていうか俺の引率も板についてきたもんだな、全く。 「ここからは別行動だ」  予定では、ショッピング後は彼女らパイロット集団はシノザキアンドニシモトの引率で映画館へと行ってもらう事になっている。  三時間後にまた、彼女らとはここで待ち合わせをする段取りだ。その間は、俺とエンジニアは居酒屋で飲み会を開く。エンジニア達が潰れたら休ませるため、先にバスの鍵を拝借しておいた。 「大衆文化がどの様なものかしっかりと学んでこい」    俺の言葉を締めに、少女達とは別の道へと歩き出す。薄暗い立体駐車場を抜け、日が照らす大通りへと出た。デカい国道を挟んだ先にある繁華街へ向かえば、直ぐに飲み屋だ。   「准尉殿! 一体どんな店へと連れてって頂けるんですか?」  歩道橋を渡っている最中、酒を飲みたくてウズウズしているエマが明るげに発した。 「黒亜の雰囲気が漂う大衆居酒屋だ。個室を予約してあるから、思う存分飲んでくれ」 「皇国の飲み屋には興味があったんですよ。チップが要らないって本当なんですか?」  ライアンが興味津々と言った風に、身を乗り出して尋ねてきた。合衆国はファーストフードやチェーン店を除く、様々なサービス業の給仕サーブにはお小遣いチップをやらなければならない。その文化に留学生時代は辟易したもんだが、逆に黒亜にやってきたエンジニアからすれば、手間が省けて万々歳だろう。羨ましいことだ。 「ああ。この国にはそんな概念は無いな」  そんな会話をしながら、俺達は雑多な繁華街へと踏み込んだ。まだ昼下がりということもあり、人もまばらだ。鬱陶しいキャッチも店先に立っていることも無い。 「へぇ……飲み屋街なのに、何だか静かですね。それに道がすごくきれい」 「今はまだ明るいからな。夜になれば栄えてくるさ」 「黒亜は本当に治安が良いですよね。俺の地元じゃ、この時間帯でも飲み屋街はギャングやチンピラでいっぱいですよ」 「ウチの地元はバイカーだらけだったわ。アイツら直ぐに喧嘩するから鬱陶しいの。ていうかアイツら普段なんの仕事してんのかしらね」  エンジニア達の俺の地元はやんちゃでっせエピソードを聞いていると、いつの間にか目的地に到達していた。  五階建ての鉄筋ビル、ここの二階にお目当ての店がある。 「うわあ、異国っぽーい。素敵」  ガチガチの鉄筋ビルだが、エマは喜んでいた。ナスタディアではあまり鉄筋ビルのテナントは無いので、物珍しいのかもしれない。  階段を上がり、店に入る。店内はまだ客入りも少なく、落ち着いていた。ネットの前評判通り、良く清掃されていて綺麗だな。  ウッド調を基調とした、黒亜の文化的テイストが盛り込まれた居酒屋だ。カウンター席には提灯が立ち並び、エンジニア達は物珍しそうにそれを眺めていた。  スムーズな接客のおかげで早々と奥の個室へと足を運び、どっこらしょいと座席に腰を下ろす。 「さて、今回は国の奢りだ。好きに頼んでくれて良いぞ」    俺の言葉にイェーイッ! と無邪気に喜ぶエンジニア達。  メニュー表が黒亜語の文字だけだったのでどういった料理があるかを解説をしていると、店員がお盆に人数分の水と小鉢を運んできた。 「こちらお通しになります。お飲み物はお決まりですか?」 「とりあえず、ビール四つお願いします」 「かしこまりました。他に注文お決まりでしたらお呼びください」  お通しはどうやら、根菜の甘辛煮みたいな料理だった。箸を持ってパクついていると、エマが怪訝な表情を浮かべていた。   「これは、サラダですか? え、まだ頼んで無いですよね?」 「〝お通し〟と言ってな。皇国のこういう店は勝手にくるんだ」 「サービスですか?」 「サービスの店もあるが、有料の店もある。まあ、要らない場合は前もって言っとけば大丈夫だ。必須の場合もあるからそこら辺は諦めなければならない」 「へー変わってますねぇ」 「味は微妙だな。食った事ない感じがする」 「甘いな、と思ったら辛い。不思議な味だ」  エンジニア達が思い思いの感想を述べていると、ビールが運ばれてきた。  さて、とりあえず皇国流の乾杯の儀へと移ろう。そう思ってジョッキを掲げようとした矢先。 「あの、すいません」    ビールを運んできた店員が申し訳なさそうに口を挟んできた。 「あの、失礼ですがお客様がお若く見えまして……年齢確認をよろしいですか?」  俺は無言で叔父から貰っていたミシマ准尉の免許証を掲げる。証明写真なんかも俺の写真にすり替えられている代物だ。  エンジニア達がなんだなんだと、固唾を呑んで見守る中、律儀に全文チェックを済ました店員が頭を下げて去っていった。 「なにかあったんですか?」 「年齢確認だよ」    エンジニア達が笑い転げているのを見て、俺は神妙な面持ちでビールを口に含む。そうだ、迂闊だったな。  留学時代、合衆国ではビールは合法だったので、結構仲間と飲みまくっていた過去がある。  そのせいか抵抗なく頼んでしまった。というより、現在は特殊な環境なせいですっかり自分が未成年だという事を忘れていた。  店員に提示した免許証は偽造ではなく、公安を通じて裏技みたく法的に発行したと叔父は言っていた。  つまり、我が国で俺はミシマという三十五歳のオッサンとして登録されている。ならば今飲んでも法には接触していないはずだ……多分。 「笑いすぎだぞ」 「すいません。准尉が若く見えるのは私たちだけじゃ無くって、安心しました」 「シノザキに会った時には幽霊を見たみたいに反応されたぞ」 「確かに見た目が若すぎですよ。失礼を承知で言いますけど、ティーンエイジャーにしか見えませんもん」  俺はため息を吐きながらビールを机に置き、不敵な笑みを向けてやった。 「そのティーンエイジャーから良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」  エンジニア達はその言葉を受け、シンクロしたかの様に一気にビールを飲み干して、俺を見据えた。  その顔は嫌半分、興味半分と言ったところか。なんにせよ仕事の話になると真剣だ。好感が持てる。 「良い知らせから聞きたいですね」 「現在、エルフライドの武器を製作中だ」  「悪い知らせは?」 「納品は期待出来ない、もうこちらから作ってしまおうと思っている」  トビーが頭を抱えた。  ライアンは信じられないと言った様に口をあんぐりさせ、エマは真顔だった。暫くして、エマが口火を切る。 「そもそも資材が無いです。現実的ではありません」 「お前らには設計を頼みたい。恐らく、反戦派であろう街の業者とは複数契約して、武器だと分からない様にできるだけ分散させて部品を製造させる。後は出来上がった部品を持ってきてお前らが組みたてて溶接するだけ。簡単だろ?」 「……私たちに火薬銃みたいな精度の高い武器を設計するノウハウは無いですよ?」  そんな事、百も承知だ。軍関係者が全員、銃を作れると思っているようなら大間抜けだ。  合衆国時代に銃のことはある程度学んだが、銃というのは単なる鉄パイプから鉛が発射される物では無い。ライフリングというスプリング型の溝が掘られた精度の高い筒から、火薬の力で押し出された鉛の弾が回転しながら射出される。撃ち続ければガスの煤が溜まり、動作不良や暴発の危険もある繊細な代物なのだ。各国はその問題を解決するため、ガスを調整するようレギュレーターを搭載し、涙ぐましい努力をしてきたのだ。歴史再現の如く一からの努力を、たった百日で俺はやるつもりは無い。 「誰が銃と言った?」  言いながら俺は店員を呼び、ビールのおかわりを注文する。店員が去ると、エマは身を乗り出す様な姿勢で口を開いた。 「准尉は一体、何を作るつもりですか?」  俺は箸立てから一本箸を取り出し、ポケットから輪ゴムを取り出して箸の両端にくくりつける。  爪楊枝を取り出して、それを飛ばす様なマネをすると、察しの良いエマは気づいた様だ。 「まさか、弓。ですか?」 「試案段階だ。候補生達を使って色々試してみない事には始まらないがな」 「弓の様な古代兵器が……エルフライドに通用するとでも?」 「矢の先端に色々つけてみるのも面白いかもしれない。ボカンっていうやつとかをな」  俺の言葉に、三人は苦笑というよりかは嘲笑の様な笑みを浮かべる。 「准尉殿、エルフライドってのは空をピュンピュン飛び回るんですよ。飛び回る相手に矢を当てれるのはコミックのスーパーヒーローだけなんです」      ライアンがシラフの顔でそんな説教じみた事を言い出した。  まあ、最もではある。しかし、エルフライドは常識の外側にあるという事を忘れている。ミシマ准尉の手記で様々な事を学んだが、あの兵器は我々の尺度で測る事は出来ない。   「エルフライドはスーパーヒーローに最も近い存在だろ? 乗れば世界制覇すら可能なんだ。それくらいやってもらわなきゃ困る」  俺の口ぶりにエンジニア達は神妙な面持ちのままだった。まだ乗り気では無いな。  仕事をしたくない訳ではない、そんな事に貴重な時間を割くのか? といった雰囲気だ。 「やってやろうじゃないか。まさかエイリアンも弓で撃たれるとは思って無いだろう」       俺のジョークじみた言葉に、ただ肩をすくめる三人。 「とにかく、俺達は最善を尽くさなきゃならん。状況は刻一刻と変わるだろうし、その都度変えていけばいいさ。とりあえず、今から俺たちが目指すべき道筋は決まっただろう? それで良しとしようじゃないか」  ダメ押しのように俺がそう言うと、暫く三人は無言のままだった。気まずい空気感のまま、エマが不意に口を開いた。 「……准尉」 「なんだ?」 「おかわり良いですか?」    エマがジョッキを掲げてそんな事を言う。それを見た二人も同様に、 「あ、俺も」 「俺も欲しいです」 「ビールだけじゃ無く、他にもある。色々試してみるといい。あと、料理も適当に頼もう、どうせ食うだろ」    その後は仕事の話は忘れ、ただひたすら飲んで食ってを繰り返した。三人の故郷の話や、トビーがシノザキを見てかなりタイプだった、みたいなくだらない話をして時間は更けていく。  気づけば二時間半は経過しただろうという時、ふと真っ赤な顔のライアンがこんな事を口に出した。 「クロスボウタイプが良いかもしれませんね。照準がつけやすい」  なんの脈略もなく、いきなり武器の話に戻ったのだ。エマとトビーがすかさずそれに反応する。 「私もそれは思ったけど、次弾を発射するまで時間がかかるわ」 「マガジンタイプにして……いや、それだと先端に炸薬を詰んだら暴発しかねないな」 「いや、それは弓でも変わらんだろう。矢は矢筒に保管するんだろう? 振動で爆発するタイプの爆弾なら揺らせば危険だろう」 「炸薬に安全装置をつけるのは? グレネードみたく点火式にして紐を引けば解除される」 「戦闘中に手間だろう、振動式のが効率的だ」 「矢筒じゃなく、レール式にしたらどうだ?」 「どういうこと?」 「いいか、よく見てろよ」  卓上のナプキンを手に取り、胸元に挿していたペンで設計図の様なモノを書き出したトビー。それに釘付けになるように見入るエマとライアン。  あーでもない、こーでもないと話し合う彼女らを見て、暫く呆気にとられていたが。  ずっと見ているとなるほど、と合点がいった。奴らは根っからのエンジニアなのだな。中身の無い話をしながら、ずっと俺のアイディアが気になって頭の中でひたすら精査していたに違いない。  俺が思わず笑ってしまうと、怪訝な表情を浮かべた三人が見つめてきた。   「准尉?」 「頼もしいよ、お前らは」  俺の言葉に、訳もわからず顔を見合わせる三人が愛らしくなったのは言うまでもない。 △△  その後、俺はべろべろになったエンジニア達をなんとかバスに押し込み、映画を見終わった候補生達と合流した。  現在時十八時。慌ただしくバスに飛び乗って移動し、予約していた飯屋に何とか滑り込みセーフを果たした。 「お前らはどうする?」  エンジニアに聞けば、かろうじてエマが起き上がって返答していた。 「……パスで」  だろうな。というわけでエンジニアは置いてレストランに入った。  レストランは黒亜の伝統料理を扱った店だ。初めて食べる海鮮系の食事に、候補生達は大いに感動していた。  全員、かなりの満腹になってから再びバスに乗り込み、まっすぐ廃校まで帰還した。途中、哨所の警備人員に差し入れを渡したりして、到着したのは二十一時をゆうに超えていた。  バスから降りた彼女らは子どもたちは、明らかに疲労の色が濃かった。 「だいぶ疲れている様だな」    整列した少女達に言ってやると、柔らかな笑みを浮かべる。どうやら楽しめた様でなによりである。   「明日もバスは出発するが、自由参加方式にしようと思う」 「自由参加、ですか?」  キノトイが暗闇の中、首を傾げる。 「ああ、行きたければ行ってもいいし、残りたければ残れ。それも自由だ。更に明日以降は外出先での自由行動も許可しようと思う」 「分かりました……」  何故かベツガイを注視しながら返答するキノトイ。まるで彼女が何かお痛をやらかさないか心配しているかのような所作だ。  候補生達の間で溝が存在するのは今回の外出で知れた。  映画組だったシノザキからも少し聞いてみよう。 「疲れたろう? とりあえず今日はシャワーを浴びて休め。点呼は無いので好きにしろ、解散」  少女達が背を向け、ワラワラと解散していく中。離れた位置でベツガイがユタ・ミアに何か耳打ちをする。  ハッとした顔を浮かべたユタが俺に対し、嫌悪をはらんだ一瞥(いちべつ)をしてきたのが確認出来た。  ベツガイの野郎、大人しいユタになーんか吹き込んでやがるな。  今日の外出を経て、候補生達が時折俺に対して警戒心を浮かべている様な所作をしていたのは理解しているつもりだが。  まだまだ壁があるのか、はたまた——。 「ん? どうしたシトネ」    気づけば隣に本を抱いたシトネが立っていた。シトネは俯いたまま恥ずかしそうにしている。 「本か?」 「……はい」 「シャワーを浴びてからだな、今日はまだ時間があるから二十ページは読んでやる」 「ありがとうございます」  シトネの頭をポンポンと叩いてやり、俺はエンジニア達に向き直る。 「お前ら明日はどうするんだ?」  三人は顔を見合わせ、暫く相談した後、 「明日も飲みたいですね、その前に工具屋か何かに行ってみたいです」 「なるほど、了解した。モールの近くにデカい店があった筈だ、案内してやる」  エンジニア達が頷いて解散していく中、再びシトネに向き直る。 「さっきのエンジニア達と俺の会話は理解できたか?」  シトネの外国語の本で読み進めたページは二百四十七ページ。  日常会話的に使用する発音はほぼ全て登場した筈だ。普通ならそれで完璧な理解に至ることはない。  しかし、独学で二カ国語を習得した彼女なら或いは——。 「いえ……」  シトネは俺を射抜く様に見据えながら、ゆっくりとした口調で、 「まだです」  そう言った。  人間、嘘をつく時には二種類の挙動をする。目を左右させるか、嘘をついていないと主張する為にあえて強固に目を見据えるか。恐らく、シトネの場合は後者だろう。  今回の外出中、彼女はエンジニア達の会話に聞き耳を立てる様な挙動をしていた。  勉強の為のリスニングというよりかは、盗み聞いている様な感じだ。  彼女、いや、彼女ら候補生達が一体どういう心象で俺達に接しているかは不明だ。  しかし、今取るべき方策は——。 「そうか。まあ、時間はまだある。焦らず励め」  俺たちに付き従うメリットを与える事、これにつきる。  今はか弱い子猫でも、一度(ひとたび)エルフライドに乗れば猛獣だ。 接し方を間違え、反逆されれば俺達に対抗手段は無い。  切れ目の入ったロープで綱渡りを行う様なモノだ。ただでさえ、彼女らは普通の子供達で無いという認識を強めなければならない。  俺は見つめてくるシトネに背を向け、その場を後にした。 △ 「報告は以上です」 「おう」  シトネが来る前にシノザキから候補生達の今日一日の所見を聴取した。  概ね予想通り、現在候補生達はキノトイ派とベツガイ派を筆頭に分かれているようだ。まあベツガイ派、と言っても名ばかりで、構成員は中立派の温厚なセノのみ。  ベツガイは生意気で、空気を乱す問題児だ。大人に恐怖心を抱くキノトイらかすれば、目の上のたんこぶの様な存在だろう。  まあ、とりあえずは様子見だ。問題発生時にその都度対処すれば良いだけの話だからな。   「ご苦労、お前も慣れない外出に疲れただろう。しっかり休め。月曜日からはいよいよ訓練だ。頼りにしているぞ」  俺の頼りにしている、という言葉にシノザキは虚をつかれたようだったが、直ぐにキリリとした表情を浮かべ、 「はい、失礼します」  シノザキは踵を返して執務室から去ろうとした————が、ドアノブを手に取ろうとした態勢で固まる。  まだ何やら言いたいことが残っているようだな。 「……あの」 「なんだ?」 「指揮官が見せた映画……」  映画か。確か〝ベントリー・ハウス〟とかいう心温まるナスタディア産のアニメーションだったはずだ。  「ああ、子供たちの反応はどうだった?」 「……意図は分かりました。しかし——あれはあまりにも、酷だと思います」  それだけ言ってシノザキは去っていった。  俺は机上でしばらく固まる。意図は分かった? 酷?   そんなひどい映画では無いはずなのだが……先行上映した合衆国のネタバレサイトも見たし。  うーん、なんだろう。わからない。  まあ……シノザキってちょっと変わってるしなあ。気にするだけ無駄か。  気を取り直してシトネが来る前に日課を始めることにした。  俺は引き出しから取り出したノートをパラパラと広げ、シャーペンを取り出す。  そこには色々なアイディアを書きこんである。もちろん、エルフライドの運用についてだ。  ミシマ准尉の手記はすでに開いた時間を利用して半分以上は読み進めてある。  当初はただの海外視察をした軍人の日記帳かと思ったが、なんのことは無い。  エルフライドに関する情報が憶測から事実に基づいた検証まで、事細かに記載されてあり、現段階ではエンジニアよりも十倍は有益な情報は得ている。  ふらっと立ち寄って買った書店の参考書が意外と当たりだったような感動を覚えた程だ。  しかも興味深い事に、ミシマ准尉は——。 「失礼します」  ノックと共に、本を抱きしめたシトネが部屋へと入ってきた。  俺はノートをしまい、ソファへと誘導する。彼女は俺の隣へと腰を下ろした。 「おや、いつものと違うな」 「……はぃ」  シトネが手にしていた本は、小難しいボロボロの科学本では無かった。  今日買ったのだろう、外国文字で書かれた童話の本だった。外国の童話が纏まった合本みたいなヤツか。子供の英語習得に使われるような簡単なワードが多い。  しかしまた……科学本に手を出すようなシトネが何でこのチョイスなのだ? 「あとコレ……」    シトネは机にボイスレコーダーを置く。 「ほう、ボイスレコーダーか。録音した発音をリスニングして習得するためか」  そう聞くと、何故か彼女は消えいりそうな声で、 「はぃ……」  と、だけ答えた。俯いて物凄く恥ずかしそうにする。  まあ……羞恥を感じる幅は人それぞれである。俺は気を取り直して本を開く。 「電子機器だから、エルフライドの訓練が始まったらアルミの保管庫に忘れずに仕舞うように——」 「あの、指揮官」 「なんだ?」 「私も本を見たいので……もっと近くによって良いですか?」  なるほど、そりゃそうだ。最初に買った本だからな、中身も見える様にしてやるか。  俺は肩を回して彼女を引き寄せ、本を開く。 「これならどうだ?」  シトネは一瞬目を剥いたたが、直ぐにこちらに身を委ねる様に脱力した。 「よく……見えます」  うーむ、俺にも子供が出来たらこんな感じなのだろうか?  凄く愛情というか、尽くしてやりたくなる父性が溢れ出てくる。  何より、子供達は可愛い。反抗されたり、何かを画策していたりする様も愛らしく感じるザマだ。  この子達は俺が必ず守る。もしそれが自身の生命を脅かす結果になろうとも、俺は——ちゃんとしよう。  神様なんて正直信じていないが、これが俺の与えられた役割、使命なのだと実感していた。  そこでふと、俺はシノザキから聞かされた、「映画が彼女らにとって酷だった」という内容を思いだした。 「そうだシトネ」 「はぃ」  「映画はどうだった」 「……みんな、それぞれ感じ取ったものがあるようでした」  含みのある言い方だ。少し不安になった。 「それは悪い影響かな?」 「いえ、いい影響です」 「どうしてそう思う?」   彼女はほんのり微笑んだように見えた。 「帰り道……みんなで、夢についてはなしていました」  夢……そうか、夢か。なんだろう、凄くうれしい気持ちになった。  明日の事さえ恐怖していた彼女らが、自分の将来の夢についいて語ってくれたのだ。  それも、彼女らが映画を見てからだという。  なるほど、それは良い影響に違いない。映画を見せて本当に良かった、そう心から感じた。  「ちなみにシトネ、君の夢は?」    尋ねると、今度は彼女が顔をあげた。  今までに無気力感とは違い、決意に満ち溢れた目を浮かべていた。 「世界平和です」