第十三話 理不尽サッカー
△△△△タガキ・フミヤ視点
二日間の激動の休みも開け、憂鬱な月曜日がやってきた。
違いがあるとすれば、それは服装だ。俺は今日より、この訓練場で生活する全ての人間に私服を着用するように厳命してある。
以前は全員、野暮ったい軍服に身を包んでいた。だが、それもおかしな話だ。だって、民間人が間違えてこの施設に紛れ込んだら、新手のカルトだと思われてしまうからな。
私服が安全だという俺の強い主張が功を労した結果とも言えよう。
さて……エンジニア達は二日酔いの為か、渋い顔でグラウンド端に腰かけている。対するシノザキは、疲れを感じさせない雰囲気でシャキッと立っていた。
子供達も休み明けだというのに、異常に元気だ。集合時間に遅れる事なく髪までセットし、それぞれ街で買ったであろうカラフルなジャージに身を包んでいた。心なしか以前より血色が良い。休日が彼女らに良い影響を及ぼしたのなら、良しとしよう。
「今日はいよいよ訓練を開始する」
俺はそう口火を切る。候補生達は一様に緊張した面持ちで俺を捉えていた。
「このグラウンドが訓練場所だ。今からサッカーをしてもらう。サッカーを知っている者、挙手」
誰も手をあげない。孤児院組はともかく、ベツガイやセノは知っているだろうに……妙にしらーっとしているな。
「サッカーは十一対十一で行うゲームで、簡単に言えばあのゴールポストに玉を入れた方が勝ちだ。足だけ使ってな」
俺が説明しても少女達はあまりピンと来ていないようだ。
だが、それで全く問題にならない。何故なら、
「今回行うサッカーは、一味違う。〝理不尽サッカー〟だ、何でも使用していい」
その言葉に、子供達は眉をひそめた。
「何でも?」
「ああ、二チームに別れて戦う。それで、人間がボール役だ。チームの中で、誰か一人でも相手のゴールポストに侵入すれば勝ちだ」
要するに自陣のゴールポストを守りつつ、如何にして敵のゴールポストに侵入を試みるか、というゲームだ。
子供達は意味が分からん、といった具合に首を傾げていた。
「実演する。シノザキ、来てくれ」
シノザキは何とも言えない表情を浮かべながら近づいてくる。
彼女は私服着用を義務づけてから、パリパリにアイロンをかけた迷彩服では無く、地味ーな紺のジャージを好んで着ている。だが、その姿は男子校ならファンクラブが出来るであろう、真面目な美人研修生他ならない。
「シノザキはキーパーだ」
「キーパー……ですか?」
怪訝な表情で聞き返すシノザキ。サッカーという奇異な方式での訓練であると伝えてあるが、詳細はまだ伝えていない。
「俺とエンジニア達が連携をとりながらゴールポストに侵入を試みる。お前はそれを阻止しろ」
「……はあ? 注意は払いますが、怪我をするかもしれませんよ」
側から見たら、これはシノザキが自身の身を案じている様に聞こえるだろう。
しかし、これは全く別の意味で認識しなければならない。四対一、という圧倒的不利な状況で、彼女は勝利を確信しているのだ。
さすが格闘教官資格を持つ兵士である。といっても、資料で知っただけで実力の程は知らんが。
「手加減はしてやれ、エンジニアは貴重だ」
「承知しました」
ま、大口が叩ける程の実力があるのか……お手並み拝見といこうかね。シノザキはそのまま無表情で踵を返した。
△△△
「シノザキ伍長がキーパーで、サッカーをする」
「サッカーですか。この人数ならPKですね。ボールはどこです?」
「俺たちだ」
へっ? と呆気にとられるエマ一等軍曹。
そこで、察しのいいライアンが顎髭を撫でながら補足してくれた。
「俺たちの中の誰かが、あのゴールポストに入りさえすれば勝ち。そうでしょ准尉?」
「その通りだ」
「しかし有利過ぎませんか? こっちは四人、両側に一人ずつ突っ込めばそれで終わりですよ」
「あのエキゾチックな美女を怪我させたくない。抑え目に行こうぜ」
「あら、私のこと?」
勝利を確信してか、軽口を叩き合う三人。
盛大な前振りの様で思わず笑いそうになってしまったが、何とか堪えた。少しは危機感を持たせないと実演、とは言い難いな。
俺は煽る様にシノザキのスペックを口にした。
「シノザキ伍長はそこらの兵士とは毛色が違う。実際、彼女は所属していた中隊では指折りだぞ?」
その言葉に、三人はギョッとしたようにゴールポスト前で待機するシノザキに目を向ける。
しかし、三人はシノザキよりも体格的に上だ。恐るるに足りないと判断したのか、ほっと息を吐く。
「確かに彼女、戦士の目をしてるけど……戦場の法則、物量には敵いませんよ?」
「ほう、そうか。ならまずは指示は出さないから好きにやってみろ」
「そんなの、三人同時突撃で決まりですよ! ライアンは左、トビーは右、私は正面を攻めるわ! いくわよ!」
言い切るなり、勢いよく全力で疾走し始めたエマ。
ま、普通はそうだよな。
「いきなりかよ!」
「最近走ってねえのに……」
ライアンとトビーもエマを追って駆け出し、三人は一挙にゴールポストに向かう。
そんな中、不気味なほどシノザキはゴール前でジッとしていた。
どんどん三人は距離を詰めていたが、シノザキの目線はエマだけを捉えていた。
……何やってんだシノザキの奴。手を打たないと三方向からの攻撃を防げないだろ?
俺がそう思っていた、その時——僅かにシノザキの手がブレた様に見えた。
「うわっ!?」
ライアンの顔面にいきなり砂埃が舞った。どうやら目に大量の砂が入った様だった。ライアンは視界を奪われ、その場で亀の様にうずくまる。
一体何が起こったのか? その答えはシノザキの手元にあった。
シノザキの両手にはいつの間にか砂が握られていて、それをライアンの目元に投げつけたのだ。シノザキはポロポロと指の隙間から溢れ落ちる砂を、見せつける様にエマに向ける。
「ちょ! それは反則でしょ!?」
エマはその様子を見て、慌てて顔を隠しながらシノザキの横を通り過ぎようとして——腕を掴まれた。
そして、あまりにも綺麗に宙を舞った。シノザキがエマを腰払いで投げ飛ばしたのだ。
彼女は地面に転がり、トビーの足元へスライドする様に迫る。颯爽と走っていたトビーはエマに躓いて盛大に頭からコケそうになり——危うく大怪我しそうな所をシノザキに首根っこを掴まれて急死に一生を得た。
「ど、どう——」
トビーがお礼を言い終える前に、シノザキは背負い投げで彼を地面に叩きつける。
そして、倒れ伏した二人をスムーズにポケットから取り出した紐で拘束し、動けなくした。
あっという間に体格に勝る二人を無力化してしまった。
これには俺も驚きだ。え? 軍人ってこんなに凄いの?
そこで、ようやく砂を払って視界を確保したライアンが戦力復帰する。
しかし、時すでに遅し。すぐさま困惑した表情を浮かべた。
「なんだってんだ!?」
自分以外の人間が地に伏せ、拘束され、呻き声を上げているではないか。
状況が掴めず、周囲を確認するが、シノザキの姿は無い。当然だ——シノザキはすでにライアンの背後に立っているからな。
「ぐあ!?」
ライアンは首根っこを掴まれ、そのまま後ろにはっ倒される。
そして、流れるような動作で関節を極められ、エマとトビー同様、紐で拘束された。
気づけば一瞬だ。決着は、ものの数十秒でついた。
「お見事」
俺は拍手していた。そして、拍手しながら、シノザキには絶対逆らわないようにしよう。そう思っていた。
俺が拍手をしながらシノザキに近づくと、彼女は無表情でライアンから離れる。
「お前ら見たか? これが本物の兵士だ」
候補生達に促すと、殆どの者がポカーンッと口を開けて呆気に取られていた。
当然だろう、自分より体格も大きい者を圧倒的な内容で組み伏せたのだ。
ハブ・キョウコに至っては崇拝する様に目を輝かせ、シトネやベツガイは興味なさそうに無表情だった。
「いいか、ポイントを交えて説明するぞ」
俺はそんな事を言いながらゴールに近づいていく。
その様子を見て、シノザキはもうゲームは終了したと判断し、拘束されて芋虫のように動くライアンの拘束を解こうとしていた。
格闘技術は凄まじいが、やれやれ——詰めが甘いな。
「今回のゲームは——俺の勝ちだ」
俺のとある一言に、シノザキは耳を疑うように勢いよく振り向いた。
「……はい?」
「このゲームは俺の勝ちだ。ほら、ポスト内にいるぞ?」
ゴールポストに入り、ほらね、と手を広げながら言ってやると。
候補生達の大半が流石にそれは反則じゃないのか——みたいな表情を浮かべていた。
おいおい、言ったろ。なんでもありだって。それに俺は、最初に四体一だと説明していた。
「騙し討ちもその一つだ」
「ミシマ准尉……お言葉ですが、宇宙人にその様な言葉は通じないと思われますが?」
「ほう、それは宇宙人に聞いたのか?」
俺の言葉に諦めた様にため息を吐いたシノザキ。ベツガイがクスリと笑うのが視界の端に映った。
△△
簡単なスポーツテストなら軍で受けてた様だし、全員の運動能力は確認済みだ。
今回知りたいのはゲームを行った上での個々人の応用力。よって、それを見極める為に大人組にはよく候補生達を観察するように指示を出してある。
シノザキにやられてダウンしているエンジニア達は戦力になるのか疑問だが、その分は俺が補填しよう。
Aチーム。
リーダー、キノトイ・アネ
シトネ・キリ
リタ・ヒル
ヒノ・セレカ
セノ・タネコ
Bチーム。
リーダーはベツガイ・サキ
ユタ・ミア
ハブ・キョウコ
センザキ・トキヨ
班分けは、とりあえずいつも固まっている仲良し組で割り振ってある。
と言っても、ちょっとした化学変化が見たいのでセノはベツガイチームとは別に割り振ってあるが。
Aチームのが数的優位性はあるが、差は一人分。それを上手く活かし切るかがポイントになってくるな。
逆にBチームは劣勢をどう覆すか。
各チームが何やら話し合いを始めようとしているので、シノザキに目配せする。
シノザキは頷いてBチームの方に、俺はAチームの話し合いを覗く事にした。
「こっちは……人数が多いから、相手も迂闊には近づいてこれないよね?」
ヒノに意見を仰ぐキノトイ。
「まずは様子見やねぇ。と言っても攻めないわけにもいかんし」
なるほど、リーダーシップはキノトイが発揮し、意見を出す。
それをヒノが精査し、作戦を立てるわけか。リーダーと参謀の構図が板についている。良いチームだ。
しかし、他のヤツは受身型が多い。
沈黙のシトネに、友愛のリタ、遠い目でボーッとしているセノまでいる。
対するBチームはユタを除き、攻撃型だ。
勝ち気なハブ・キョウコに突撃マンのセンザキ・トキヨ。未知数なリーダーのベツガイがいる。
それを見越してか、Aチームはバランス的に配置を整える様に話し合っていた。
アタックと防御に人員を割きつつ、遊撃位置に立つ予備人員も残しておく。
悪くない案だ。しかし、無難過ぎる節もあるな。このゲームの真髄ってのはもっと別にあるのだ。
「ミシマ准尉、こちらは話し合いが終わりました」
「よし、こっちもだ。ならそろそろ始めるか。シノザキ、因みにお前はどっちが勝つと思う?」
「……初戦(・・)はBチームが勝ちます」
運動能力は拮抗してる筈だが、初戦(・・)は勝ちと言い切ったか。
シノザキにそこまで言わしめるとは、一体どんな作戦なのやら。俺はグラウンドの中央に立ち、手を上げる。
「それでは始める……状況開始!」
振りあげると同時に、両者が勢いよくグラウンド中央に躍り出た。
△
ゲームは一方的な展開で終わった。
結果はベツガイチームの圧倒的勝利。完膚なきまでにキノトイチームは敗れた。
俺が手を振り下ろした瞬間、ベツガイチームは防御力を無視し、キーパーも含めた全兵力をポストに向けた。
当然、人員を分散していたキノトイチームは対処できず、瓦解。防御に集中するよう指示を出したが間に合わず、ポストへの侵入を許した。
何にせよ、キノトイチームは一発かまされたな。これで次戦において、ベツガイチームは精神的に優位性を保持するようになるだろう。
ベツガイは中々豪胆性があるようだ、初戦から戦略性を無視した指示を出すとは。
が——それだけだ。
候補生内でベツガイは独自性が高く策士だと思っていたが、まあ想像の範囲内だったな。地獄の様な環境化で育ったキノトイらとは違い、別の地域の出自で独自性があるとは思っていたが、突出はしていない。
逆に、独自性が無いと思っていたキノトイらの評価は覆してもいい。大人達のマリオネットだと思っていたが、現場においての自己判断と戦略内容は悪くない。寧ろ、良い線いっているな。
彼女らは彼女らなりの生きる術を磨いてきた結果なのだろう。生まれた時から日々暴力を振るう大人に脅かされる環境……想像を絶するが、危機回避能力が発達したのであれば候補生としては大いなる素材足りうる可能性がある。
「やられた……いきなり全員で攻め込むなんて」
キノトイが悔しそうに唇を噛み締めている。ヒノがそれをフォローしつつ、新たな作戦構築に話を移行する。
敵がどの様に攻撃するか仮定し、どう動くかの想定を行っていた。
うん、教えても無いのにセオリー通りのいい会議だ。しかし、子供が立てる作戦にしてはまだ手堅い。
これは、一皮剥けるにはまだまだかかるな。
そこでふと、こちらに視線を向けたシノザキが視界に入った。
ちょうどいい。俺は手招きして呼び寄せた。
「後のジャッジは俺がやる、エンジニアの横で候補生を観察しといてくれ」
そう告げると、シノザキは暫く黙り込む。どうやらいつもの提言モードのスイッチがオンになったようだ。
「……ミシマ准尉」
「なんだ?」
「この訓練は候補生の暴力性を引き出すものでしょうか?」
「いや、あくまで自主性だよ」
「そうですか。ですが、何でもアリ、というルール下でこれを繰り返せば、候補生の攻防はエスカレートします。それに——」
俺は思わず笑ってしまっていた。シノザキが一瞬、動揺した様に目を見開く。
だめだ——悪い癖が出たな。
エスカレート、誰がものを言っているのかと思ってしまった。最初に見本としてキーパーをやり、敵を対処する手段として〝武力を行使〟したのはシノザキだ。
その圧倒的武力に対し、全く別のアプローチを行って勝利したのは誰か?
それを問いたい所ではあるが、口にした所で何も変わらない。俺は咳払いを一つ、とりあえず表向きの説明を続けた。
「俺たちが戦場で一番知りたいのは何の情報だ?」
シノザキは何か言いかけて、口をつぐんだ。理解したのだろう、俺の言った意味が。
戦場において最も知りたい情報は敵についてだ。
戦略、戦力、兵站、個々の能力、指揮官の癖や民族的特徴に至るまで、それはそれは綿密に細部まで知ろうとする。
仲間よりも、家族よりも、友人よりも深く、深く知ろうとする。それは最早、愛に近い感情だと俺は思っている。
そういったモノは、特殊環境下にさらされなければ得る事は出来ない。敵よりも仲間を知る。唯一の機会を人工的に生み出すわけだ。
「お前は敵より明日の飯が気になるのか? そうは見えないが」
エンジニア達とよく会話しているせいか、合衆国風の言い回しが出てしまった。
彼らとなら笑い合う所だが、我が国の言語では少々キツめの皮肉に聞こえてしまう。案の定、シノザキは不満気に目線を逸らした。
「失礼しました」
「構わん、思った事は今みたいに提言しろ。戦場で二番目に知りたいのは味方の不満だ。さて——第二戦が始まるぞ、お前ら集まれ」
集まってきた少女達の目には確かな闘争の色が宿っていた。
なるほど——暴力性か。それもあるかもな。
俺が声の合図と共に手を振り下ろすと、再び少女達が駆け出した。