第一話 叔父さんからのお誘い
△1985年4月3日 水曜日
場所:クラマ県某所
視点:タガキ・フミヤ
『臨時ニュースです。二月十六日未明、コレイア森林地区で消息を絶っていたとされていた――』
それは穏やかな昼下がりの事だった。普段は見もしないニュース番組が子守唄の様に流れるリビングで、スヤスヤと惰眠を貪る俺の優雅な時間を阻んだのは一本の電話だった。
『おい、久しぶりだな』
親族関係一同から蛇蝎の如く嫌われている叔父からの電話だった。叔父は、兄である親父からは辛うじて縁を切られていない存在だ。
俺の幼い頃。たまーに家に顔を出しては、二言三言交わしたらそそくさと退散しようとして、オヤジに引き留められる、というのを何度も目撃した。
そんな無害そうな叔父が何故親戚一同から縁を切られているのか気になり、思いつく限りの親戚に理由を聞いてみたが……恐ろしい事に誰も口を固く閉ざしたまま、何も答えることは無かった。
何やら闇深なコトに気づいた幼い俺はそれ以降、深く追求はしなくなっていったのを覚えている。
そんな淡い日のエピソードを脳裏に浮かべた俺はもちろん、警戒心マックスで返答した。
「……おじさん、何か用?」
『相変わらずなんだ、ニートやっとるのか?』
いきなりご挨拶だな。
違うぞ、俺はニートでは無い。確かに学校にも通わず、日がなゲームに精を出してはいるが……まだ十六歳と若さを売りに出来る年代なのでノーカンだ。
それに、俺はちゃんとゲーム代はなんとかして自分で稼いでいる。
おおよそまともな手段とは言えないが、自分で食い扶持を作っているのだから立派な社会の一員だろう。
この失礼な叔父に何と返答してやろうか暫く迷っていると、流れっぱなしだったテレビから、とある速報が飛び込んできた。
東欧の軍部隊が最近流行の〝宇宙勢力〟の兵器によって壊滅したという内容だ。軍服を着た男の遺影を持って泣き叫ぶ若い女性を、カメラが無常にもズームアップしていた。それを見て、思わずこんな言葉が口からこぼれる。
「……人類が滅びそうってのに、なんで働かにゃならんの?」
『滅びるかどうかは知らんが、働かにゃメシは食えんだろ?』
「そもそもまだ俺は十六だよ、扶養を受ける人間だよ?」
先ほどは自身で立派な社会人と浮かべていたが、前言撤回だ。よくよく考えてみれば、十六才は扶養対象である。
そんなプライドの欠片もない感想を浮かべていると、叔父はバカにしたように笑った。
『働ける年だろ? 男は十五を超えたら立派な大人だ』
コイツはいつの時代の話をしているのだよ……。
少子化の時代だぞ? 子供は世界の宝だ。つまり、俺は両親の宝物なのだ。
俺が呆れながらため息を吐いていると、叔父が続けた。
『まあ、滅亡前だと思うなら、最後くらい親孝行したらどうだ?』
「何が言いたいんだよ……」
『仕事をやるぞ』
暫く脳がフリーズする。常に無気力感を放出していた叔父からは想像もつかない発言だった。
ていうか待てよ、叔父って確か職業は……。
「もしかして軍じゃないよな?」
恐る恐る聞いてみると、叔父はなんとなしといった風に続けた。
『私が紹介するんだから、軍関係に決まってるだろ』
「絶対嫌だよ! ていうか何でまだ軍隊にいるんだよ、早く辞めろよ!」
『おお、私にもまだ辞めろと言ってくれる親族がいたか』
ノータイムで拒絶すると、叔父は呑気そうにそんな事を口にする始末だ。呆れ果てて何も言えないでいると、叔父が次なる言葉を吐いた。
『楽な仕事だ、前線にいく訳でも無い』
「絶対嘘だろ! 漏れなく皇国全土の基地が前線になるっちゅーの!」
今現在、地球上で侵略されている国家はキレイに軍基地だけ破壊されている。軍に属せば安全な場所なんてのは皆無なのは全人類知っていることだろう。
『まあ、詳しいことは喫茶店で話そうか。お前の家から徒歩三分の……分かるだろ?』
「行かないよ。喫茶店でする話なんざ碌な事が無い」
怪しい儲け話とカップルの別れ話は喫茶店で行われるのが我が国、黒亜皇国のしきたりだ。これは行かない方が賢い選択だろう。
『話だけでも聞いていけ、奢るぞ』
その言葉には素直に驚いていた。叔父は無趣味、無感情、守銭奴という人間的に面白みのない特性を三つもコレクトする男だ。その中でも守銭奴という特性は群を抜いていた記憶があった。
「ケチなおじさんにしては羽振りが良いな」
『実際、そうだからな。ウハウハだ。十分以内に支度して来い、待ってるぞ』
「今からかよ!」
ブツッと切れる電話と共に、俺は何故叔父が親戚一同から縁を切られたのか腑に落ちそうになっていた。
とりあえず、日々のゲーム漬けで糖分が枯渇していた俺は、パフェだけでも摂取して逃げてやろうと誓い、準備する為に洗面台に向かった。
△1985年4月3日 水曜日
場所:クラマ県某所
視点:タガキ・フミヤ
カランカランッ。
最寄りの喫茶店。渋い外観にしては攻めた店名である〝パラダイム〟に入ると、よぼよぼのおじいちゃんマスターが聞こえるか聞こえないくらいの声で「いらっしゃい」と口にした。
手元には拭きすぎて光り輝いているグラスが積み重なっている。ていうことは、今日も客がいないらしい。
落ち着いた雰囲気のウッド調の店内。その最奥の席では、無表情の叔父がこっちゃ来い、と手を振っていた。
憂鬱な気持ちで近づいていく。久々の叔父は更に頭の髪の毛が後退していた。それに加え、冴えないスーツに身を通した叔父は、昔よりかなり老けてみえる。自分もそのDNAを受け継いでいるという残酷な事実に絶望しつつ、徐に席についた。
そのタイミングで、おじいちゃんマスターは伝票片手にぷるぷると近づいてきた。
「ご注文は?」
「パフェとコーヒー」
おじいちゃんマスターは結局伝票には何も書かずに去って行く。
俺はそれを見て、自分がここに来る度にいつも『ちゃんとマスターは注文を覚えているのだろうか?』と、心配していることに気がついた。
叔父さんはメニュー表から億劫げに顔を上げ、
「どうせいつものパフェだろ?」
そんなことを口にした。俺は得意の仏頂面を浮かべる。
「注文してから聞くのかよ……まあ、そうだけど」
「いいならいい。それにしても、今日は良い天気だな」
リラックスしたように窓の外を眺める叔父の動向を窺う。
穏やか、というより呑気そうな様相は相変わらずだ。
というか叔父が焦ったり、怒ったり、悩んだりしている姿を見た事が無い。常に落ち着いているというか、南国育ちの如く呑気そうにしているのだ。これが人類の終末感漂う今の時代で、なのだから若干の頼り甲斐というのはあるかもしれかい。
「はい、おまちどおさま」
おじいちゃんマスターは三滴ほどコーヒーをこぼしながら席までやってくる。叔父はそれを文句も言わずに受け取ると、緩慢な動作でコーヒーを啜り、砂糖を加え、コーヒーを啜り、を繰り返し。ようやく自分好みのテイスティングに落ち着いたのか、満足げな表情で今思い出したかのように「あ、そうだ」と口を開いた。
「百日後、我が国最後の反攻作戦が行われる」
俺は衝撃のあまり口をパクパクとさせていた。
叔父の職業は最近話題に事欠かない軍である。軍は、超兵器を有するとされている勝てもしないハズの宇宙人との戦争準備を進め、大きな批判を浴びていた。
何故、一介の引きこもりである俺にその様な事を告げるのか?
そもそもバイトとは一体何なのだろうか?
様々な疑問符が飛び交ったが、とりあえず叔父の次なる言葉を待つ事にした。
「黒亜軍総司令部は宇宙人が攻め込んでくる前に手を打つ事にしたようだ。太平洋上の奴らの母船に強襲部隊が送られる事になる」
「おい、待てよ叔父さん……いま、国防軍はまともに戦える人材は居ないんだろ?」
軍は度重なる退職者により、十万人から三千人規模まで減少したと聞いた。これは他の国の軍隊よりも退職者が多いらしいし、定員十万人がいまや三千人。
組織には軍に限らず、定員に応じた稼働率というものが存在する。稼働率を十パーセント下回ればもうお手上げ状態。つまり、現在の黒亜軍はもう壊滅状態といっていい。
そんな軍が、宇宙人の母船に強襲部隊を送る?
俺が教習部隊を聞き違えたのだろうか?
「少なくとも総司令部は本気で勝つ気でいるみたいだぞ、新しいおもちゃが手に入ったからな」
「はあ? おもちゃ?」
「見ろ」
差し出された茶封筒の中身を見ると、そこには三枚の写真が同封されていた。
一枚は空を飛ぶ人型のロボットのような写真。もう一枚はそのロボットがトラックに積んである写真。最後はチェーンで吊り下げられ、中身を解体しようとしている写真だった。
「何これ?」
「宇宙人の兵器だ。陥落した国家は全部コイツにやられた。我が軍は合衆国が偶然、鹵獲したのを数機もらったのだ。上は大喜びだったが、合衆国からすれば自分たちが乗る前の実験のつもりだろうな」
「え? ……報道ではキモいエイリアンがニュルニュル侵略したみたいに言ってたけど?」
以前見た報道番組では触手を生やしたエイリアンみたいなのが侵攻したのだと主張していた。デフォルメされたイラストが頭に浮かぶ。
叔父はコーヒーを啜りながら、小馬鹿にしたように笑っていた。
「一般レベルではよく分かってないからな。なんせ、コイツが近づくと電磁波で地球の機械は全部ダメになっちまう。記録に残らないから、そんなデタラメな話がでてくるんだろうな」
「え? ちなみにそんな秘密っぽいこと俺に言っていいの?」
「ダメだよ」
ダメなんかい!
ひな壇芸人の様に転びそうになった。その様子を叔父は呑気そうに肩肘つきながら眺めていた。
「まあ、バイトの話を受けるなら別だがな。機密を話した俺の首の皮一枚つながる」
何を言っているんだ、この中年は?
「今の話を聞いて受けると思ってるなら、おじさんは早く人間ドックに行った方がいいよ」
この前、軍の健康診断には行ったぞ、と呑気に返す叔父。
と、ここでヨボヨボのマスターからパフェが届いた。俺はすかさずスプーンを取ってパクつく。
ここのパフェは四種の果物をふんだんに使ったフルーツパフェだ。三層のムースは日替わりで、外れた事は無い。今日みたいな平日ではなきゃ直ぐに売り切れてしまう超人気メニューだ。
とりあえずバイトの話は忘れて舌鼓を打っていると、頬杖をついた叔父が俺の食事を眺めながら話を切り出した。
「メリットの話からしようか。人類の存亡がかかってるにしては少ないが、月五十万の報酬だ。成功時には五百万円振り込まれる。雇用期間は百日間だから、単純計算で六百五十万か?」
「ろっぴゃ——」
大金ではないか。不景気なこの世の中、初任給では絶対もらえない額だ。それだけあれば新作ゲームがいくつ買えるか。
「しかもお前は准尉から大尉へと昇進だ。終身雇用だし、給料もそこはかとなく上がる」
「なんだソレ。そもそも俺は准尉? では無いんだけど……」
「まあ、その辺も順を追って話そうか」
叔父の話を纏めるとこうだ。
叔父は上司から嫌われている窓際軍曹だった。だが、叔父は軍に残り続けていた。直前まで給料を貰ってから辞めてやろうと思っていたらしい。
……どんだけ守銭奴なのだ。
まあ、とにかく、人が消えていく軍に在籍を続けていると、妙に上に気に入られたらしく、なんと中佐まで昇任したのだと。
「……え、軍ってそんな簡単に出世できんの?」
「普通はありえん。まあ、今は普通じゃないしな」
それに加え、叔父の所属する中隊が特別任務に抜擢された。
その時のトップは中佐である叔父だ。もちろんその秘密部隊の司令官としてその敏腕(笑)を振るわなければならない。
更にそこに、宇宙人との交戦を現地で見てきた准尉? が、現場指揮官として加わる事になったらしいのだが……。
「辞表を置いて、高飛びした」
「は?」
「説得しようと思ったんだがな。気づいた時には煙のように消えていた」
その准尉は帰ってくるなり部隊長である叔父に退職願を突きつけて高飛びしたらしい。准尉は合衆国語も堪能で、高スペックだったから替えの効かない人材だった。
本部にも人材は足りて居ないし、作戦前に部隊の指揮官が高飛びしたと知られたら部下達の士気が下がる。
そこで叔父は、甥っ子である俺に白羽の矢を立てたのだと。
「何で俺なんだよ! アンタ頭がおかしいのか!?」
「お前、確か合衆国語が喋れたよな? 理由の一つとしてはそれがある」
俺は親父の仕事の都合で四年ほど合衆国で留学していた事がある。それが皇国での引きこもり生活に直結する出来事となるのだが、それはまあ、今は置いておこう。問題なのは今だ。
「他にも合衆国語くらい喋れる人がいるだろ!?」
俺が問うと、叔父はうざったらしく肩をすくめた。
「私の部下には居ないんだ。合衆国のエンジニアも作戦に加わるから、コミュニケーション取れるやつがいないと困るんだよ」
「それが引きこもりの甥っ子に頼む事かよ!」
「自己肯定感の低い奴だな、それじゃモテんぞ」
ハゲの中年に言われ、むかっ腹にきたがなんとか堪えた。一々腹を立てていたらキリがない。
「……理由の一つとか言ってたな? 他にもあるの?」
あるぞ、と叔父は更にとんでも無い事を口にした。
「子供のあやし方が上手い」
「は? いつから国防軍は保育所になったんだよ」
「さあな……まあ、受けるなら話を聞かせてやる。また、連絡してこい。ああ、今夜中にな」
「おい、急だな」
「いつだって人生は急なものだ。動き出したら一瞬で何もかも変わっていく」
叔父は席を立ち、背を向けた。頼りない足取りで歩き出すなり、何かを思い出したように振り返る。
「あと一つ」
首だけ振り向いた叔父は、いつもの感情の読み取れない表情で口を開いた。
「人情だ、お前にはそれがある」
それだけ言って、叔父は会計を済ませてさっさと店を後にした。
俺は暫くパフェの残骸を貪りながら、一人考えた。
合衆国語が喋れて、子供のあやし方が上手くて、人情があれば適性のある職業ってなんだ?
インターナショナルスクールの教師か外国人のベビーシッターしか思い浮かばないのだが?
いや、生憎教員免許も持ってい無いし教えられる事なんて一つもない。
……あ、あれかな? 通訳的な仕事かな?
色々考えつつ、とりあえずパフェは無事に食い終わった。
常連の俺はヨボヨボのマスターに取りに来させるのは忍びないので、いつもカウンターまで皿を持って行ってやる。
「ごっそさん」
「はい、タケちゃん。お粗末さま」
「……マスター、おれタケちゃんじゃなくてフミヤなんだけど」
「え? あー、ごめんごめんフミちゃんか。昔のタケちゃんに似てたもんでねぇ」
ハゲ確定演出はよしてくれ。肩をすくめた俺は早々に店を後にした。