第一話 叔父さんからのお誘い

第一話 タガキフミヤ △△三人称視点  FRCエフアールシー地域南西部。ミレン共和国北東部。  古都と言えば聞こえの良い、前時代的な首都中心部から数百キロ離れた場所に位置する某山岳地帯。夏期には一面に青々としたカシやブナが生い茂しげる最古の森も、冬化粧を施したなら何処ぞの山と見分けがつかない。  しとしと降りしきる雪は周囲の標高をかさ増し、木は無くした葉の代わりか梢こずえに銀世界を構成する末端まったんを積もらせている。  ときおり重力を思い出したのかのように雪紐ゆきひもが解け、地面に落下する。それと連動するかのように、雪の声がした辺りの地面が脈動するかのように揺れ始めた。  その範囲は一メートル四方くらいで、畳より狭い。  ドンッ、ドンッとその場所だけ雪が振動し、上に飛び、飛沫をあげながら、やがてオーブンの扉かのようにバカッと地面が四十センチほど開放された。  僅かな開閉口から見えるのは真っ暗な空間。そして、すし詰め状態の兵士達。それを見れば、誰にだって理解出来るハズだ。  開閉口の先にあるのは、塹壕だった。   その狭い開閉口から無理矢理這い出るように外に出てきたのは周囲と同じく真っ白い服装、雪中用の山岳装備を身に纏った白人兵士二人だった。二人が這い出ると、雪の重みで再び扉は意志を持ったかのように閉じられた。  白人兵士二入は大きく伸びをした後、ライフルをスリングで背中側に回した。そして、二人して扉に乗る雪を面倒そうに足で散らした後、その場にしゃがみ、再び閉じられた開閉口へと手をかける。 「一、二の、三でいくぞ」 「三、二、一の方が良くないか?」 「……どっちでも良いよ」   結局、二人は互いに合図を出す事は無かった。降雪によって重さを増した開閉口を精一杯持ち上げ、内部からの支援もありつつ、つっかえ棒を使用して扉を開け放す。作業を行った兵士二人が塹壕の前の道を空けると、そこから兵士が二十数人、まるで手品のようにするすると穴蔵から這い出てきた。  周囲ではそんな光景が何カ所も展開されていた。オーブン型扉の穴蔵が数十。ひとたび、その周囲一帯には士気の低そうな兵士の集団が有に数百は現れた。  全員は疲れた表情を隠さないように虚ろな表情を浮かべていた。最後に穴から這い出てきた壮年の指揮官が、そんな怠そうな兵士達に檄を飛ばした。 「何やっとるか! 急げ、連中はいつ来るか分からんぞ!」  兵士達はその言葉を聞き、顔を見合わせてはうんざりしたように肩をすくめていた。  指揮官はそれを目の当たりにしたが、何も言わなかった。彼も疲れていたのだ。  怠そうな兵士達もやることはやるようだ。緩慢な動作ながらも、兵士達は穴蔵のような塹壕から資材をバケツリレーで取り出し、展開し始める。それはシャベルやスコップといった、旧時代の穴掘り道具だった。  これから行われるのは世界中の全兵士が愛して止まない行為、〝新たな塹壕堀〟だった。指揮官が提示した陣地はまるで第三次大戦を彷彿とさせるような広大な防御陣地。終わりの見えない作業の中、まるでシャベルが手に染みつく程に馴染んできたと思えば、寒さでかじかんだ手がズル剝けになっている。  そんな状況下に辟易していた兵士達諸君は今日も寒さと格闘しながら穴を掘っていた。   「今日って、何日目だ?」  ふと一人の兵士が隣の兵士に尋ねる。隣の兵士は視線を寄越すことも無く、億劫げにシャベルを振りながら答えていた。 「さあ……十日くらいなんじゃないか」 「重機が来るのっていつ頃になるんだっけ?」 「何言ってんだ……こんな山奥だぞ。俺たち欺されたんだぜ、きっとな」  そんな会話をしながら兵士達が穴を掘り進めていた時だった。 「重機はくる、必ずな」  会話を近くで聞いていたのか、壮年の指揮官が答えた。兵士二人は無気力な会話を聞かれたコトよりも、重機がくるというコトの方に反応を示していた。 「えと……指揮官殿。あの、一体どうやって? ここはオーストンでもかなり深い森ですよ」 「輸送機だ。上からパラシュートで下ろしてくれるらしい」 「パラシュート……」  その指揮官の言葉には兵士達は顔を見合わせていた。何故なら、こんな山岳地帯にパラシュートで重機を投下するなど、聞いたコトも無かったからだ。 「えっと……無事に届くんですかね?」 「投下された時、多少は手直しがいるかもしれんだろうが……まあ、そんなことはどうでもいい。希望が見えたところで、さっさと手を動かせ」  指揮官はそう口にするなり、横に連れた副官と共にザクッ、ザクッ、と足跡を残しながらその場から去って行った。  残された兵士達は顔を見合わせ、肩をすくめた。 「希望だとよ」 「神に感謝しなきゃな」 「必要ねえよ。こんな泥だらけの僻地へきちに神なんかいないさ」  兵士達は軒並みバカにしたような笑みを浮かべていたが、スコップを握る手には先ほどより少しばかり力がこもっていた。 「来たぞー!」  誰かが叫ぶように言った。兵士達はその言葉を聞いて、一斉に顔を上げる。そして、一様に驚愕したような表情を浮かべていた。 「やはり、神に感謝だ」  誰かが呟いた。それは掻き消された。山々の切れ間から低空を飛行する輸送機が、凄まじい轟音を鳴らしながらこちらに向かって飛行していたからだ。誰かが上げた歓声に、瞬く間にその場に居た兵士達が呼応した。  辺り各地で、口笛が鳴り響く。兵士達はまるでサッカースタジアムにいるような気分で雄叫びを上げていた。 「ミレン万歳! 皇帝陛下万歳!」 「シャベルなんか捨てろ、文明の到来だ!」  口々に兵士達がシャベルを捨て、喜びの雄叫びを上げていく中……とある兵士が、不都合な真実に気がついてしまった。 「低すぎる……低すぎるぞ!」 「え?」 「なんだ?」 「墜落だ! 機体から火の手が上がってる! コッチに来るぞおおおおおッ!!」  気づいた時にはもう遅かった。  遠巻きで無線機を握っていた指揮官は瞬時に状況を把握。地図を握りしめた状態で退避勧告を行ったが、その指示は墜落してくる輸送機の音で掻き消された。輸送機は狙い澄ましたかのように穴蔵の周囲にいた兵士達を巻き込み、凄まじい爆発と炎上をもたらした。 △  咄嗟に塹壕に飛び込んだ一人の兵士は、奇跡的に爆発から免れていた。彼は断続的に響く耳鳴りに顔をしかめながら、子鹿のように穴蔵から這い出てきた。 「ああ……そんな」   周囲の惨状を見れば、彼は絶望に表情を歪めるしか出来なかった。想像上の、地獄と呼ばれるであろう光景がそこにはあった。  雪山は漏れ出たオイルの影響か、雪面には容赦なく業火の炎がゆらゆらと存在を主張していた。  人の形をしたモノなら複数確認出来るが、人の気配は無い。彼は暫く呆然としたように歩いて、やがて屈するようにその場に跪く。 「……アレが?」  数百メートル先……彼は、蜃気楼ヘイズのように空間を歪曲させて空を飛行する数十機の真っ白な人型の兵器を視界に入れていた。  全長は三メートル程。プロペラもジェットエンジンも使用している節が見当たらない。ただ、反発する磁石のように不規則にその場で佇んでいた。  それは彼の目から見ても、明らかにこの世には存在しないハズのモノ存在してはいけないハズのモノであった。 「神様」  彼はそこでようやく自分の呟きが聞こえていないことに気づいた。破れたであろう自身の鼓膜に思いを馳せながら、スリングで背中に回していたライフルを無意識的に構えていた。サイトが純白のフォルムを捉える。すると……。まるでそれに反応したかのように、数百メートル先の空に浮かぶ真っ白い人型兵器がこちらへと視線を向けた。その人型兵器はのっぺらぼうのように顔がツルツルで、目と判断出来るものは何も存在しない。故に正しきは顔を向けた、だった。  だが、彼にとってはその表現が正当だと感じていた。なめらかな顔面が自身を捉え、殺そうとしている。  そう感じた瞬間、彼はトリガーを引いていた。銃声は彼の耳に届かなかった。ただ、散発的で馴染み深い振動が彼の肩部を刺激する。  射出された弾丸が当たっているのか、当たっていないのか。  判断がつかない間にその人型兵器は彼に向かって、ライフルのような筒を向けていた。 「熱っ」  兵士はそんな言葉を最後に、人型兵器によって発された熱線によってその場から消え失せていた。真っ白い人型兵器はそれを確認すると、複数の仲間とともにどこへともなく飛び立っていく。  その場には煉獄のように揺らめく炎と、捨てられたマネキンのように倒れる複数の死体。輸送機の残骸だけが散らばっていた。   それは、FRC連帯加盟国であるミレン共和国首脳陣が、〝宇宙勢力〟に完全敗北を宣言して白旗を揚げてから、三十分後の出来事であった。  △△タガキフミヤ視点 『臨時ニュースです。二月十六日未明、コレイア森林地区で消息を絶っていたとされていた——』  それは穏やかな昼下がりの事だった。普段は見もしないニュース番組が子守唄の様に流れるリビングで、スヤスヤと惰眠を貪る俺の優雅な時間を阻んだのは一本の電話だった。 『おい、久しぶりだな』  親族関係一同から蛇蝎の如く嫌われている叔父からの電話だった。叔父は、兄である親父からは辛うじて縁を切られていない存在だ。  俺の幼い頃。たまーに家に顔を出しては、二言三言交わしたらそそくさと退散しようとして、オヤジに引き留められる、というのを何度も目撃した。  そんな無害そうな叔父が何故親戚一同から縁を切られているのか気になり、思いつく限りの親戚に理由を聞いてみたが……恐ろしい事に誰も口を固く閉ざしたまま、何も答えることは無かった。  何やら闇深なコトに気づいた幼い俺はそれ以降、深く追求はしなくなっていったのを覚えている。  そんな淡い日のエピソードを脳裏に浮かべた俺はもちろん、警戒心マックスで返答した。   「……おじさん、何か用?」 『相変わらずなんだ、ニートやっとるのか?』  いきなりご挨拶だな。  違うぞ、俺はニートでは無い。確かに学校にも通わず、日がなゲームに精を出してはいるが……まだ十六歳と若さを売りに出来る年代なのでノーカンだ。  それに、俺はちゃんとゲーム代はなんとかして自分で稼いでいる。  おおよそまともな手段とは言えないが、自分で食い扶持を作っているのだから立派な社会の一員だろう。  この失礼な叔父に何と返答してやろうか暫く迷っていると、流れっぱなしだったテレビから、とある速報が飛び込んできた。  東欧の軍部隊が最近流行の〝宇宙勢力〟の兵器によって壊滅したという内容だ。軍服を着た男の遺影を持って泣き叫ぶ若い女性を、カメラが無常にもズームアップしていた。それを見て、思わずこんな言葉が口からこぼれる。   「……人類が滅びそうってのに、なんで働かにゃならんの?」 『滅びるかどうかは知らんが、働かにゃメシは食えんだろ?』 「そもそもまだ俺は十六だよ、扶養を受ける人間だよ?」  先ほどは自身で立派な社会人と浮かべていたが、前言撤回だ。よくよく考えてみれば、十六才は扶養対象である。  そんなプライドの欠片もない感想を浮かべていると、叔父はバカにしたように笑った。 『働ける年だろ? 男は十五を超えたら立派な大人だ』  コイツはいつの時代の話をしているのだよ……。  少子化の時代だぞ? 子供は世界の宝だ。つまり、俺は両親の宝物なのだ。  俺が呆れながらため息を吐いていると、叔父が続けた。   『まあ、滅亡前だと思うなら、最後くらい親孝行したらどうだ?』 「何が言いたいんだよ……」 『仕事をやるぞ』  暫く脳がフリーズする。常に無気力感を放出していた叔父からは想像もつかない発言だった。  ていうか待てよ、叔父って確か職業は……。 「もしかして軍じゃないよな?」  恐る恐る聞いてみると、叔父はなんとなしといった風に続けた。   『私が紹介するんだから、軍関係に決まってるだろ』 「絶対嫌だよ! ていうか何でまだ軍隊にいるんだよ、早く辞めろよ!」 『おお、私にもまだ辞めろと言ってくれる親族がいたか』  ノータイムで拒絶すると、叔父は呑気そうにそんな事を口にする始末だ。呆れ果てて何も言えないでいると、叔父が次なる言葉を吐いた。 『楽な仕事だ、前線にいく訳でも無い』 「絶対嘘だろ! 漏れなく皇国全土の基地が前線になるっちゅーの!」  今現在、地球上で侵略されている国家はキレイに軍基地だけ破壊されている。軍に属せば安全な場所なんてのは皆無なのは全人類知っていることだろう。 『まあ、詳しいことは喫茶店で話そうか。お前の家から徒歩三分の……分かるだろ?』 「行かないよ。喫茶店でする話なんざ碌な事が無い」  怪しい儲け話とカップルの別れ話は喫茶店で行われるのが我が国、黒亜皇国のしきたりだ。これは行かない方が賢い選択だろう。 『話だけでも聞いていけ、奢るぞ』  その言葉には素直に驚いていた。叔父は無趣味、無感情、守銭奴という人間的に面白みのない特性を三つもコレクトする男だ。その中でも守銭奴という特性は群を抜いていた記憶があった。  「ケチなおじさんにしては羽振りが良いな」 『実際、そうだからな。ウハウハだ。十分以内に支度して来い、待ってるぞ』 「今からかよ!」  ブツッと切れる電話と共に、俺は何故叔父が親戚一同から縁を切られたのか腑に落ちそうになっていた。  とりあえず、日々のゲーム漬けで糖分が枯渇していた俺は、パフェだけでも摂取して逃げてやろうと誓い、準備する為に洗面台に向かった。   △  カランカランッ。  最寄りの喫茶店。渋い外観にしては攻めた店名である〝パラダイム〟に入ると、よぼよぼのおじいちゃんマスターが聞こえるか聞こえないくらいの声で「いらっしゃい」と口にした。  手元には拭きすぎて光り輝いているグラスが積み重なっている。ていうことは、今日も客がいないらしい。  落ち着いた雰囲気のウッド調の店内。その最奥の席では、無表情の叔父がこっちゃ来い、と手を振っていた。  憂鬱な気持ちで近づいていく。久々の叔父は更に頭の髪の毛が後退していた。それに加え、冴えないスーツに身を通した叔父は、昔よりかなり老けてみえる。自分もそのDNAを受け継いでいるという残酷な事実に絶望しつつ、徐に席についた。  そのタイミングで、おじいちゃんマスターは伝票片手にぷるぷると近づいてきた。 「ご注文は?」 「パフェとコーヒー」  おじいちゃんマスターは結局伝票には何も書かずに去って行く。  俺はそれを見て、自分がここに来る度にいつも『ちゃんとマスターは注文を覚えているのだろうか?』と、心配していることに気がついた。  叔父さんはメニュー表から億劫げに顔を上げ、 「どうせいつものパフェだろ?」  そんなことを口にした。俺は得意の仏頂面を浮かべる。 「注文してから聞くのかよ……まあ、そうだけど」 「いいならいい。それにしても、今日は良い天気だな」  リラックスしたように窓の外を眺める叔父の動向を窺う。  穏やか、というより呑気そうな様相は相変わらずだ。  というか叔父が焦ったり、怒ったり、悩んだりしている姿を見た事が無い。常に落ち着いているというか、南国育ちの如く呑気そうにしているのだ。これが人類の終末感漂う今の時代で、なのだから若干の頼り甲斐というのはあるかもしれかい。   「はい、おまちどおさま」  おじいちゃんマスターは三滴ほどコーヒーをこぼしながら席までやってくる。叔父はそれを文句も言わずに受け取ると、緩慢な動作でコーヒーを啜り、砂糖を加え、コーヒーを啜り、を繰り返し。ようやく自分好みのテイスティングに落ち着いたのか、満足げな表情で今思い出したかのように「あ、そうだ」と口を開いた。 「百日後、我が国最後の反攻作戦が行われる」  俺は衝撃のあまり口をパクパクとさせていた。  叔父の職業は最近話題に事欠かない軍である。軍は、超兵器を有するとされている勝てもしないハズの宇宙人との戦争準備を進め、大きな批判を浴びていた。  何故、一介の引きこもりである俺にその様な事を告げるのか?  そもそもバイトとは一体何なのだろうか?  様々な疑問符が飛び交ったが、とりあえず叔父の次なる言葉を待つ事にした。 「黒亜軍総司令部は宇宙人が攻め込んでくる前に手を打つ事にしたようだ。太平洋上の奴らの母船に強襲部隊が送られる事になる」 「おい、待てよ叔父さん……いま、国防軍はまともに戦える人材は居ないんだろ?」  軍は度重なる退職者により、十万人から三千人規模まで減少したと聞いた。これは他の国の軍隊よりも退職者が多いらしいし、定員十万人がいまや三千人。  組織には軍に限らず、定員に応じた稼働率というものが存在する。稼働率を十パーセント下回ればもうお手上げ状態。つまり、現在の黒亜軍はもう壊滅状態といっていい。  そんな軍が、宇宙人の母船に強襲部隊を送る?  俺が教習部隊を聞き違えたのだろうか? 「少なくとも総司令部は本気で勝つ気でいるみたいだぞ、新しいおもちゃが手に入ったからな」 「はあ? おもちゃ?」 「見ろ」  差し出された茶封筒の中身を見ると、そこには三枚の写真が同封されていた。  一枚は空を飛ぶ人型のロボットのような写真。もう一枚はそのロボットがトラックに積んである写真。最後はチェーンで吊り下げられ、中身を解体しようとしている写真だった。 「何これ?」 「宇宙人の兵器だ。陥落した国家は全部コイツにやられた。我が軍は合衆国が偶然、鹵獲ろかくしたのを数機もらったのだ。上は大喜びだったが、合衆国からすれば自分たちが乗る前の実験のつもりだろうな」 「え? ……報道ではキモいエイリアンがニュルニュル侵略したみたいに言ってたけど?」  以前見た報道番組では触手を生やしたエイリアンみたいなのが侵攻したのだと主張していた。デフォルメされたイラストが頭に浮かぶ。  叔父はコーヒーを啜りながら、小馬鹿にしたように笑っていた。 「一般レベルではよく分かってないからな。なんせ、コイツが近づくと電磁波で地球の機械は全部ダメになっちまう。記録に残らないから、そんなデタラメな話がでてくるんだろうな」 「え? ちなみにそんな秘密っぽいこと俺に言っていいの?」 「ダメだよ」  ダメなんかい!  ひな壇芸人の様に転びそうになった。その様子を叔父は呑気そうに肩肘つきながら眺めていた。 「まあ、バイトの話を受けるなら別だがな。機密を話した俺の首の皮一枚つながる」  何言っているのだこの中年は? 「今の話を聞いて受けると思ってるなら、おじさんは早く人間ドックに行った方がいいよ」  この前、軍の健康診断には行ったぞ、と呑気に返す叔父。  と、ここでヨボヨボのマスターからパフェが届いた。俺はすかさずスプーンを取ってパクつく。  ここのパフェは四種の果物をふんだんに使ったフルーツパフェだ。三層のムースは日替わりで、外れた事は無い。今日みたいな平日ではなきゃ直ぐに売り切れてしまう超人気メニューだ。  とりあえずバイトの話は忘れて舌鼓を打っていると、頬杖をついた叔父が俺の食事を眺めながら話を切り出した。 「メリットの話からしようか。人類の存亡がかかってるにしては少ないが、月五十万の報酬だ。成功時には五百万円振り込まれる。雇用期間は百日間だから、単純計算で六百五十万か?」 「ろっぴゃ——」  大金ではないか。不景気なこの世の中、初任給では絶対もらえない額だ。それだけあれば新作ゲームがいくつ買えるか。 「しかもお前は准尉から大尉へと昇進だ。終身雇用だし、給料もそこはかとなく上がる」 「なんだソレ。そもそも俺は准尉? では無いんだけど……」 「まあ、その辺も順を追って話そうか」  叔父の話を纏めるとこうだ。  叔父は上司から嫌われている窓際軍曹だった。だが、叔父は軍に残り続けていた。直前まで給料を貰ってから辞めてやろうと思っていたらしい。  ……どんだけ守銭奴なのだ。  まあ、とにかく、人が消えていく軍に在籍を続けていると、妙に上に気に入られたらしく、なんと中佐まで昇任したのだと。 「……え、軍ってそんな簡単に出世できんの?」 「普通はありえん。まあ、今は普通じゃないしな」  それに加え、叔父の所属する中隊が特別任務に抜擢された。  その時のトップは中佐である叔父だ。もちろんその秘密部隊の司令官としてその敏腕(笑)を振るわなければならない。  更にそこに、宇宙人との交戦を現地で見てきた准尉? が、現場指揮官として加わる事になったらしいのだが……。 「辞表を置いて、高飛びした」 「は?」 「説得しようと思ったんだがな。気づいた時には煙のように消えていた」   その准尉は帰ってくるなり部隊長である叔父に退職願を突きつけて高飛びしたらしい。准尉は合衆国語も堪能で、高スペックだったから替えの効かない人材だった。  本部にも人材は足りて居ないし、作戦前に部隊の指揮官が高飛びしたと知られたら部下達の士気が下がる。  そこで叔父は、甥っ子である俺に白羽の矢を立てたのだと。 「何で俺なんだよ! アンタ頭がおかしいのか!?」 「お前、確か合衆国語が喋れたよな? 理由の一つとしてはそれがある」  俺は親父の仕事の都合で四年ほど合衆国で留学していた事がある。それが皇国での引きこもり生活に直結する出来事となるのだが、それはまあ、今は置いておこう。問題なのは今だ。   「他にも合衆国語くらい喋れる人がいるだろ!?」    俺が問うと、叔父はうざったらしく肩をすくめた。 「私の部下には居ないんだ。合衆国のエンジニアも作戦に加わるから、コミュニケーション取れるやつがいないと困るんだよ」 「それが引きこもりの甥っ子に頼む事かよ!」 「自己肯定感の低い奴だな、それじゃモテんぞ」  ハゲの中年に言われ、むかっ腹にきたがなんとか堪えた。一々腹を立てていたらキリがない。 「……理由の一つとか言ってたな? 他にもあるの?」  あるぞ、と叔父は更にとんでも無い事を口にした。 「子供のあやし方が上手い」 「は? いつから国防軍は保育所になったんだよ」 「さあな……まあ、受けるなら話を聞かせてやる。また、連絡してこい。ああ、今夜中にな」   「おい、急だな」 「いつだって人生は急なものだ。動き出したら一瞬で何もかも変わっていく」  叔父は席を立ち、背を向けた。頼りない足取りで歩き出すなり、何かを思い出したように振り返る。 「あと一つ」  首だけ振り向いた叔父は、いつもの感情の読み取れない表情で口を開いた。 「人情だ、お前にはそれがある」  それだけ言って、叔父は会計を済ませてさっさと店を後にした。  俺は暫くパフェの残骸を貪りながら、一人考えた。  合衆国語が喋れて、子供のあやし方が上手くて、人情があれば適性のある職業ってなんだ?   インターナショナルスクールの教師か外国人のベビーシッターしか思い浮かばないのだが?  いや、生憎教員免許も持ってい無いし教えられる事なんて一つもない。   とりあえずパフェは無事に食い終わった。常連の俺はヨボヨボのマスターに取りに来させるのは忍びないので、いつもカウンターまで皿を持って行ってやる。 「ごっそさん」 「はい、タケちゃん。お粗末さま」 「……マスター、おれタケちゃんじゃなくてフミヤなんだけど」 「え? あー、ごめんごめんフミちゃんか。昔のタケちゃんに似てたもんでねぇ」    ハゲ確定演出はよしてくれ。肩をすくめた俺は早々に店を後にした。