第十九話 キノトイ・アネ⑤ 疾走

△△△キノトイ・アネ視点  強烈な雨が窓を叩きつける中、ベツガイ・サキの衝撃の過去は語られた。  彼女は宗教一家に生まれ、私達と同じ様に抑制され、挙句の果てには軍に——気丈な彼女が時折涙ぐみそうになる姿に、私達は放心していた。 「そして——私達にとって、過酷な訓練が始まりました。その中で、中心的リーダーだったのは……」 「かつてのセノか」  セノさんは……クロダとかいう指揮官と交渉し、月光部隊においての候補生たちの人権を獲得していたそうだ。  今はこんなにも呆けている彼女が、軍人——大人たちを相手取り、自分達に有利な条件を設けていたなんて、信じられない話だった。 「それで、セノ・タネコがこうなったのはエルフライドに乗ってすぐのことか?」 「……徐々に、でした。段々と物忘れが激しくなっていったんです。不思議とそれでも訓練には支障を支障をきたしませんでした。ですがある日——」    ベツガイはそこで言葉を区切り、血が出そうな程奥歯を噛み締め、言葉を吐き出す。 「タネコは、タネコは自分自身、誰かすらも分からなくなった!」    彼女は吠える様に言った。感情が噴出するように体を震わせながら——、 「ほかにも次々と——七名のパイロットが呆然自失状態となり、クロダは厄介者を扱うように基地の地下に軟禁状態にしました。適切な対処も施さず、放置です。私は堪らずクロダに直訴しました。国の為、命を捨てる覚悟をした私達に対して、あんまりな仕打ちではありませんか。私の言葉に対し、返ってきた返答は一つです。『お前はもういらないな』でした。軟禁状態だったセノ・タネコを除く七名は死亡、私とタネコは別部隊に送られる事になりました。それが、電光部隊です。配属前、私とタネコには月光から守秘義務が課せられました」 「守秘義務?」 「はい、残った者たちは人質だと言われました。タネコやほかの者がこうなった以上、月光部隊の教官たちも引くに引けない状況になったようです」  指揮官は暫く黙ったままだった。思案するように顎に手を当て、天井の簡易電灯へと視線をやっていた。  そして——、   「ベツガイ、よく話してくれた。良い事が聞けた」  そう言って、次の瞬間。指揮官は衝撃的な言葉を吐いた。 「作戦は中止だ。お前らはもうエルフライドに乗らなくていい」   △△  指揮官の言葉に、ベツガイや大人たちも暫く目を剥く中、   「指揮官!」  私は思わず叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。 「なんだ?」 「それは——どういう意味なんですか?」 「言葉通りだ。俺はもうお前らをエルフライドに乗せるつもりはない」  エルフライドに——乗らなくても……いい?  もしかしてそれは、その言葉が意味するのは——。  指揮官はそれから、シノザキ伍長たちに向き直った。 「お前らも聞いたな? 月光部隊だとか愉快な部隊があるんだそうだ」 「しかし、独断で作戦を中止するなど……」  シノザキ伍長達は複雑そうな表情で顔を見合わせていた。  指揮官は対照的に、飄々とした態度を崩さなかった。寧ろ、嬉々としているような——不思議な様子だった。 「ベツガイ、月光中隊のエルフライドは何機ある?」 「……三十機です」 「だ、そうだ。ウチはどうやら貧乏くじを引かされたようだな」 「貧乏くじ?」  指揮官はシノザキ伍長の問いには答えず、今度はシトネへと視線を向けた。 「シトネ、今から俺が話す内容は全てエンジニアに通訳しろ。エンジニアと俺との会話は、逆に皆に通訳してやれ」    シトネが——外国語を使えるのは隠していた筈だ。彼女はまだ指揮官には話せないのだと伝えていると聞いていた。  見抜かれていたのだ。その為か、シトネは珍しく目を見開いていた。諦めた様にシトネは返答した。   「はい……」  指揮官がエンジニアたちと会話を始める。  シトネは合衆国語の会話を即座に理解し、機械音声の案内の様に無機質に翻訳した内容を私達に聞かせてくれた。  これには電光中隊の大人達も眼を剥いていた。彼女が合衆国語を喋られることを知らなかったのだ。  シトネは驚愕する面々を前に、翻訳を続けていた。それによると、どうやらエンジニアたちも月光部隊の事は知らなかったそうだ。  合衆国が黒亜皇国に渡したのは九機のエルフライドのみ。規模の縮小している黒亜軍がどうやってエルフライドを入手したのかもわからない、と。  それを聞いた指揮官が、再びベツガイに質問する。 「ベツガイ、月光部隊で合衆国の——いや、他国のエンジニアと思しき奴らは見たことあるか?」 「……いえ、外国人は基地にいませんでした」 「だ、そうだ。現在、月光部隊——いや、軍上層部はおそらく俺たちの目を欺いている。引いては合衆国の目もな」  警備人員の兵士である、シミズ伍長が困惑した表情で尋ねた。 「どういうことでしょうか?」 「おそらく、我が軍の上層部は合衆国を出しぬいて世界の英雄になりたいんだろう。軍部にとって本命は月光部隊で、俺たち電光は何かあった時のトカゲのしっぽだ」  私は指揮官達が喋っていることはよく理解できなかった。それでも、何かとんでもない話が展開していっているのは分かった。  私たちに直接関わってくることだとも。私の理解が追いつかないまま、指揮官は話を続けた。 「ベツガイ、月光は訓練時に武器を使っていたか?」 「八十五式ライフル——エルフライド用の大型銃を使用していました」 「電光は武器の供与も後回しにされている。つまり、上は俺たちが真面目に訓練しようがしまいが、興味なんてないって事だ。最悪、軍部が子供を運用していると知られたとき、俺たちが警察に突き出される役目となるわけだ。いや、まいったな」  シノザキ伍長はそれを聞いて、ずっと表情を歪めていた。 「それは——タガキ中佐は知っているのでしょうか?」 「いや、知らない筈だ。タガキ中佐は俺たちの最高責任者の立場だから、一番に責任を取らされる。味方で間違いない。機密上の観点から軍部でも月光を知っているのは一握りだろうな。とりあえず、その一握りが何をしでかそうとしているのかしらないが、中佐以下、軍部には何人か俺たちの味方はいる筈だ。これからは慎重に動こう」  大人達が話している事はよく分からない、よく分からないが——このまま黙っていても、よく無い事だけは分かった。 「指揮官!」  私は指揮官の名を叫ぶ。指揮官は会話を中断し、私に視線を向けた。心なしか、瞳はいつもより澄んで見えた。 「私達は、どうなるんですか?」 「君らは暫くはここにいてもらうが……事態が安定したら民間に引き渡そうと思う」  そんな——そんなのって……約束と違うでは無いか。 「私達は——!」 「キノトイ」  指揮官は静かに、それでいて力強く、諭す様に今起こっている事象を話してくれた。  私たちは軍からすれば実はどうでもいい存在で、指揮官達もそれを知らされていなかった。  つまり——私達は最初から何の意味もない事をしていたのだ。  指揮官が噛み砕いて説明した内容で、私は、私達はようやく状況を理解した。 「ベツガイの話しでは、エルフライドに搭乗し、明確に死者が七名も出ているそうだ。軍部のお飾り部隊である俺たちは、危険なエルフライドに乗る必要は無い。お前らはもう、戦わなくていいんだ。キノトイ、お前はみんなが一緒なら死んでもいいって言ったな? 生きてさえいれば——いずれ、また会えるさ」  私はその言葉に、絶望していた。静かに世界が壊れていく音がした。   「ベツガイとユタ、シトネはここに残れ。後は部屋で待機しろ。俺たちが話し終わり、呼びに行くまで営内から出る事を許さない」  指揮官が手招きして、トドロキ上等兵を呼び寄せた。 「トドロキ、お前は部屋まで〝子供達〟を送って行ってやれ。あと、目を離すな」  私は視界が真っ暗になるような思いだった。  指揮官から私達に対する呼称から、候補生という文字が消えていた。軍に所属していた候補生であった私達を……〝子供達〟と呼んだのだ。  今まで何のために、何の為に私達は——。 「アネちゃん、いこ……」  消え入りそうなセレカの声が耳元でした。 △  警備人員の一人であるトドロキ上等兵に手を引かれ、私達はベッドのある部屋までやってきた。  トドロキ上等兵は気を使ったのか、部屋には入らず、扉のすぐそばで待機している。私達は部屋に戻るなり皆ベッドに腰掛け、俯いたままだった。  暫くして、リタが口を開く。 「私達、結局離れ離れになっちゃうんだね……」  その言葉に、セレカが反応を示した。 「よう、考えたら……まあ、うん。死んだら元も子もないしな。これでよかったんよ、これで……」  自身を納得させる様にそう呟くセレカの声は、とても弱々しかった。  みんな、自分の気持ちを整理しようと、必死にもがいているさまが伝わってきた。  諦めようとしている……いや、そんな生易しいものではない。諦めざるを得ない——そんな状況なのだ。  誰もが口を閉ざし、歯を食いしばって耐えている中——私は噴出する感情を抑えられないでいた。 「わた、わたし……」  ダメだ、言ってはならない。しかし、ポロポロと流れる涙と共に、私の噴出した感情が零れ落ちた。 「しにたくはない、しにたくはないんだけど……みんなとはなれたくないよぉ!」  絶叫の様にその言葉を吐くと、セレカが縋り付く様に走り寄り、抱き着いてきた。普段は気丈なセレカがうわーんと泣きじゃくっていた。  トキヨも、リタも、キョウコもそれを見て、耐えきれなくなったのか、ベッドに腰掛ける私にしがみつく様に泣き出した。  ひとしきり泣いて、泣いて。また、慰めあっても、まだ絶えず涙は溢れてくる。枯れない泉の様に噴出する涙と共に、私達は訪れるであろう別れの時を想像していた。  そんな時だった——。 「そんなに、はなれたくないんですか?」 「——え?」  窓枠に腰掛けていたセノさん……セノ・タネコが、そんなことを切り出したのだ。 「わたし、手伝いますよ」 「セノ——さん?」 「みなさん、ロボットにのりたいんですよね? のりかたならしってますよ?」  セレカは涙を拭い、驚いた様に口を開いた。 「お前——記憶が?」  そう——ベツガイの話では、セノ・タネコは一切の記憶を失っていたはずだ。それなのに、エルフライドの乗り方を教える?  彼女の謎の提案も相まって、上手く状況が呑み込めずにいた  セノ・タネコは人差し指でトントンとこめかみを指す。   「あいまいですけど、サキの話を聞いて、なんとなく」 「今更ロボットに乗ったところで——何になると言うの?」  私の問いに、セノ・タネコはニヤリと不適な笑みを浮かべた。   「指揮官達はごちゃごちゃ言ってるけど、結局物事って言うの突き詰めればシンプルなんだよ。誰もが納得する結論があるのに、人間てのは馬鹿だから回り道しちゃうんだ」 「何を——言ってるの?」  あんなにぼんやりとしていたセノ・タネコが端を発した様に喋りだした。そのことに、私の中では驚きよりも、恐怖心が勝っていた。  セノ・タネコは尚も続ける。 「覚悟はあるの?」 「かく、ご?」 「そう、覚悟。一緒に居られないなら死んでもいいんでしょ?」 「もう、どうしうようも無いのよ……」 「貴女達は道を示されたら進む決断は出来るけど、自分達では何も考えれないんだね? だって、離れたくないから死を覚悟してまで軍にいたのに、指揮官に言われたら簡単にあきらめるんだもん。軍が手段を選ばないなら、貴女達も手段を選ばなければいいんだよ」 「何よ、さっきから!? 私達に一体どうしろって言うのよ!」  リタの叫ぶような言葉に私達は驚いていた。彼女が感情を爆発させているのは初めての光景だったからだ。  私達は今にも掴みかかりそうなリタを宥め、セノ・タネコの次なる言葉を待った。  セノ・タネコは無表情のまま、 「月光部隊? 合衆国? 指揮官? 軍部? そんなものすっ飛ばして私達で先にエイリアンをぶっ殺せばいい。そしたら誰も文句は言わない。それをバスで言ってたのは——指揮官だよ?」  そんなことを平然と言ってのけたのだ。  私達は衝撃を覚えていた。だって、私達はエルフライドに乗った事すらないのだ。  それなのに、彼女は私達に元凶であるエイリアンを倒せと言っている。   「それが出来たら苦労せんわ」  セレカが初めて口を挟んだが、その言葉をセノ・タネコは一蹴した。   「元々、武器も供与されてないこの部隊に勝算なんて無いんだよ。指揮官がやる気になろうがならまいが、今死ぬか、後に死ぬかの二択だよ」  その言葉に、私達は言い返せないでいた。  そうだ。そもそも私達は軍で共に死ぬことを誓い合い、選択していた。  それなのに、私たちは指揮官の命令でそのことを放棄しようとしている。 「なんにせよ、決めるのは貴女」 「あた、し?」 「ここでは、あなたがリーダーなんでしょ?」  ここでは——か。  セノ・タネコは月光の敏腕リーダーだったそうだ。その為か、電光のリーダーである私に何か含むところがある様だった。  正直言えば——今の彼女についていく方が勝算はあるだろう。  しかし、彼女は私を〝リーダー〟だと言った。それが何故か察せないほど、無能ではないつもりだ。 「みんな——」  気づけば振り返って、涙を浮かべる皆と対面していた。 「わたしは、死ぬまで……みんなと一緒に居たい」  嘘偽りの無い、自身の言葉だった。ここで嘘をつこうものなら、私は地獄でも自分を呪い続ける事になるだろう。   「もし私は死んでも、みんながそばにいるのなら、耐えられる。誰かがもし死んでだとしても、私がそばにいるから。忘れないから——だから——」  駄目だ、上手く気持ちを言葉にできなかった。そもそも、この感情を上手く言葉にできる自信なんかは微塵も無かった。  言い淀み、言葉に詰まる。みんなはそんな私を真剣な表情で捉えていてくれた。  私は意を決して、次なる言葉を——最大の感情を乗せて言った。 「わたしと一緒に死んでください」  頭を下げると同時に、涙が数滴、床に落ちた。私は——まだ泣いていたのか。  涙を拭おうと、右手を上げると——それを握られた感触があった。 「みんな。もう、ミアみたいに抱え込むのは無しにしようや」  手を握ったのはセレカだった。彼女の暖かな手は、両手でしっかりと私の手を包み込んでくれていた。 「私もずっとおんなじ気持ちよ?」  トキヨ、キョウコ、リタも私の手を握ってくれていた。  セレカはえくぼを作りながら、 「みんなでいこうや」    そう言った。生まれてきて、一番に満ち足りた感情を私は得ていた。 「きまったんだね」  その言葉が聞こえ、セノ・タネコを見ると——。  彼女の目は燃えるような真紅に染まり、ペタリとしていた髪の毛は僅かに逆立っていた。  そして——私たちの後方、体育館の方向へと片手を差し向ける。  ブゥーンッと。体の毛が逆立つ様な感覚がした。  それと同時に、建物の外から鳥達が騒ぎだすのを感じた。僅かに——口の中に鉄の味が広がった。  それと同時に、セノ・タネコはその場で膝をついた。彼女は顔面が蒼白で、耳からは血を垂れ流していた。  リタが慌てて駆けよったが、彼女はそれを手で制する。 「ロボットに入れる様にコックピットを開いておいたよ。乗れば自ずと行き先はわかるし、操縦法も理解する」  コックピットを開けた? 乗れば——わかる?   「おい、どういう——」  セノ・タネコの意味不明な発言に、慌てた様にセレカが更なる言葉を聞き出そうとしたが——。 「私に出来るのはここまで」    そう口にするなり、彼女は意識を失ってその場に倒れた。  様々な疑問が頭のなかで沸き起こった。彼女が一体何者で、何をしたのか——。  しかし、私はそれを振り払うようにして頭を振った。  今は——セノ・タネコの言うように、エルフライドに乗らなければ——。  私達の望みは一生敵わないだろう。言いようの知れない、根拠のない確信があった。  それはみんなも同じの様だった。顔を上げて、みんなエルフライドのある体育館へと、視点は向いていた。   「みんな——いこう」