第六話 大改革

△△△△タガキ・フミヤ視点    全員の面談が終わり、レーションを茹でただけのクソマズイ夕食を済ませ、簡易シャワーで汗を流してから執務室へと戻ってきた。今はジャージ姿でソファに寝転がり、寛いでいる。  手元には、本日の面談。各人に対しての印象を書きまとめたノートがあった。  大人たちはまあ、置いておいて。子供達の印象について、感想は一言。個性が無い。  全員、同じ様な言動、同じ様な髪型(軍規則で女性兵士がするお団子)、同じ様な仕草をする。別にそれが駄目って訳ではないが、不気味だ。  面談特有のアンケートじみた質問に対し、彼女達はまるで示し合わせたかの様な回答をしたのだ。  恐らく、前いた場所での影響なのだろう。自称院長とやらの顔色を窺って生きてきたのだ。彼女達の所作は大人を怒らせない様に慎重に言葉や行動を選んできた結果の産物なのかもしれない。  しかし、困ったな。これでは彼女たちの得意、不得意を判別しにくい。  電磁波(エンジニアに聞いたが、本当に電磁波かは分からないがアルミで防御できるから電磁波と呼んでいるらしい)を放出するエルフライドの特性上、無線通信などによる交信が期待できない。何故なら、地球上の大抵の機械は電子制御によって動いているからだ。  電子製品は電磁波を受ければ過電流によってショートしてしまう。まったく、とことん宇宙兵器と人類は相性が悪いってワケだ。  よって、地上と連絡の取れないエルフライドは搭乗者達の自己による判断が出来なければ話にならないだろう。  エルフライド同士は通信ができるのかも分からない。できなければ手信号とかを覚えてもらう羽目になってしまう。  まあともあく、それらの状況下で突発的アクシデントに対応するには柔軟性が必要だ。   ……そもそも軍とは個性を排除する場所と聞いたことがある。求められるのは規律と忠誠心、国の手足となって働く事だけだ。  その点、マシーンの様な彼女達はまるで軍に仕える為に生まれてきたような存在である。この平和な世の中では異端と言わざるを得ない。 「はあ……ちょいと散歩でもするか」  そう独り言を吐いて、ジャージの上着を羽織った。自分でも何だか独り言が増えた気がする。  人は孤独を感じると独り言が増えるらしいが、自分がまさにそれだ。  こんなに周りに人がいる環境なのに、俺はかつてないほどの孤独を感じていた。  △△△    玄関を出て、校庭へと足を運んだ。夜風が頬を撫で、木々が主張するように揺れる。  暖かい季節だが、夜間の山間部は異常に冷える。薄いジャージ姿で外に出た事を後悔していた。 「帰るか……」    本当に少し散歩しただけだ。さして得るものがあるワケでもなく、あくびをしながら踵を返し、校舎へと戻ろうとして。ふと、三階の窓の黒いカーテンの隙間から漏れ出るオレンジの灯りに気がついた。 「シノザキ伍長かな?」  いや、違う。あれはまるで蝋燭の火の様な光だ。見回りをするシノザキ伍長は軍用の強力な白いライトを使っている筈。  気になった俺は廃校の三階まで足を運んでみることに決めた。        △△    三階に初めて登った。居住空間兼、活動スペースは校舎の二階までだ。  ギシギシと音を立てる廊下には埃が溜まっているので、生徒たちも足を踏み入れてはいない筈——いや。  そんな事は無いみたいだな。俺よりひとまわり小さい足跡が廊下にはついていた。  恐らく、候補生のものだろう。足跡はまっすぐ突き当たりの図書館へと伸びていた。  音を立てないようにゆっくりと前進し、引き戸の引き手に指をかける。開けると、パタンッと何かが倒れた。  ……箒ほうきだ。恐らく、侵入者を知らせるようのブービートラップ的扱いだろう。  しかし、正面の壁に見える、オレンジの光に照らされた大きな影は微動だにしなかった。  本棚の奥に人がいるようだ——こんなものを設置したくせに、どうやら侵入者には気づいてはいないらしい。  ゆっくりと奥の棚へと近づき、向こう側を覗きこむ。そこには——。  地べたに座り、本を広げ、自分の世界に入り込む少女の姿があった。傍には蝋燭があり、ゆらゆらと炎を灯していた。  彼女は、確か……シトネ・キリ。候補生の面談では一番落ちついた雰囲気だった印象がある。  近くに寄り、しゃがんで顔を見つめてみた。一向に気づく気配は無い、途轍もない集中力で本を読んでいた。 「なあ」    声をかけてみるがぴくりともしなかった。 「シトネ候補生」    今度は名前を呼ぶ。彼女はゆっくりと顔をあげて、こちらを見た。  もっと驚くかと思ったが、彼女は表情を変える事なかった。逆にこちらが驚きだ。彼女は本を閉じ、立ち上がって、 「消灯時間に出歩いてすみません。すぐにベッドに戻ります」  早口でそう言った。そそくさとその場から立ち去ろうとする。それを見て、俺は呆れていた。  元引きニートの俺だが、軍という環境化、こんな夜中に出歩いて〝すみません〟ですむとは思えない。悪びれる様子もない彼女はとんでもないマイペースに違いないな。  まあ、俺は軍の人間ではない。それなりに寛容さがあるつもりだ。本を抱えて立ちさる彼女の背中に、優しい声音で問いかける。 「何を読んでいたんだ?」 「……」 「貸してくれ」  彼女が本を差し出してくる。表紙を見れば、カイル・クーパー著の"立体構造と物理"と書かれており、難しい内容もさることながら、驚くべき事に外国語で書かれた本だったのだ。 「外国語が読めるのか?」 「……はい」 「どこで習った?」 「軍基地で……辞典を暗記したので」  軍基地……? ということは彼女は孤児院から連れ出されて、僅かな日数で外国語を覚えたということになる。 「独学か?」 「はい」  なるほど、天才だ。候補生達の資料を読んだ時、IQが異常に高かったのが彼女だ。それに、学校に通えない環境ながら文字を独学で習得し、院内の全員に教育していたという。  正直言って、情報の乏しい環境で、独学で文字を習得するなんて不可能だ。半ば、懐疑的に思っていたが……こんな光景を目の当たりにしたら信じざるを得ないな。 「発音は出来るのか?」 「いえ……文字として読めるだけです」    つまり、彼女は文字なら合衆国語をほとんど理解できるという事だ。ならば、エンジニア達と合わせてコミュニケーションを取らせれば会話も直ぐに習得できそうだな。  俺だけ通訳みたいなことをするのは面倒だとは思っていた所だ。彼女はエンジニアと候補生達とを繋ぐ、ご意見板みたく立ち回らせようか。  色々と皮算用をしていると、気づけば彼女は背中を見せていた。   「……それでは」 「待て」  俺が更に呼び止めると、一瞬面倒くさそうな顔をした。コイツはクールな割に顔によく出るな。まあ、いい。   「本を読むなら食堂で読め」  俺の言葉を意外に思ったのか、シトネは目を丸くして驚いていた。   「目が悪くなるからな。本も食堂に棚を設けさせるからそこに入れときなさい、こんな埃っぽい場所でコソコソ読むな」 「……良いんですか? 何時まで?」 「自分で判断しろ、好きに読め」  俺は近々、この電光中隊に大改革を押し進める予定だ。その中に〝消灯時間は自分で決める〟というものがある。  軍の環境下では個性を伸ばし、醸成させる事が難しい。だが、電磁波を飛ばすエルフライドに乗れば地上とは連絡を取れない為に、自分たちで判断する能力は必須だ。 「あと、発音もキッチリ覚えておけ。そうすれば会話が出来るようになる。俺か合衆国のエンジニアに本でも渡して音読させろ、良い勉強になるぞ」 「……いつすれば良いですか?」 「それも自分で判断しろ、暇そうなヤツは有効活用しないとな」  俺のダメ押しにシトネはコクリと頷いた。心なしか嬉しそうにしていたのが印象的だった。   △ 「シノザキ伍長」  旧保健室、もとい現当直室をノックすると、直ぐにシノザキ伍長が姿を現した。人が去って久しいこんな廃校だが、不思議なことに旧保健室は薬品の匂いがするような気がした。彼女はこの部屋を根城に活動している。 「どうされました?」 「悪いな、こんな時間に」 「いえ、見回り時間がもうすぐでしたので大丈夫です」  面談時に聞いたが、彼女はこの二週間ずっと当直勤務に就き、夜一時、二時、四時と校内の見回りを続けていたらしい。  理由は自分しか教官がいなかった為だそうだ。体を壊すぞ、辞めろ、と言ってみたものの。   『訓練所の警戒規則に則っている為、必要事項です。それに、軍に入ってからはこの習慣を自主的に続けている為に問題ありません』  の一点張り。まあ、それは置いておこう。  大改革は近い、覚悟しておけよシノザキ。 「自習時間を設けよう」 「自習時間ですか?」  俺の言葉を復唱しながら怪訝な表情を浮かべるシノザキ伍長。彼女は何だか俺のことを嫌っている気がする。 「ああ、シトネ・キリが三階の図書室でこっそり本を読んでいた。聞けばここに来てからは毎日やってたそうだぞ」  それを聞いたシノザキは苦虫を噛み潰したような顔をする。  見回りをしていたのに候補生の夜更かしを見抜けなかったのが悔しいのだろう。まあ、シトネは布団に本を詰め込んで寝ている様に偽装する脱獄囚スタイルでシノザキをやり過ごしていたそうだし、仕方ないだろう。布団をめくってまで確認まではしないだろうし。 「大変申し訳ありません、私の失態です。今後は見回りを強化して——」 「まあ、聞け。そこで自習時間を設ける事にした」 「……自習時間ですか? 彼女らはまだ幼いです、睡眠時間は重要だと思いますが」 「今後は自己判断させる。エルフライド候補生は自己管理くらい出来なければ話にならない」 「候補生に、消灯時間を自己判断させるんですか?」  信じられないと言った風に目を剥くシノザキ。これは、大改革時には相当揉めるだろうな。  憂鬱になりながらも、とりあえず今は話を切り上げる事にした。 「まあ、詳しいことは明日だ。とりあえず今からシトネを食堂で本を読ませるから、見回り時は目くじらを立てないでやってくれ」 「……承知しました」 「それじゃあおやすみ」  俺が去り際にそう言うとシノザキは面食らったように、目ぱちくりとしていた。 「はい、失礼します」  当直室の扉が閉じられる。さて、俺も寝るとするかね。そう思って暗い廊下を暫く歩いていると——小さな影のようなシルエットが一つ。   「……シトネ?」  シトネ・キリが、指揮官室の前で本を抱きしめながら立っていた。 「ん? どうした?」 「……この本を音読してもらおうと思いまして」  昨日の今日かよ! いや、それよりも早い。先ほどの今じゃないか。  俺は呆れながらも指揮官室の扉を開け、簡易照明をつけた。 「入りなさい」    先に入ると、シトネは暫く部屋の前で立ち止まっていた。  何をしているのだろう。そう思って声をかけようとすると——。 「シトネ候補生は、ミシマ准尉に要件あり、入ります」  そう覇気の無い号令を呟きながら、カクカクとロボット人形の様な動作で部屋に入ってきた。  そうか、入室要領か……俺はため息を吐きたくなった。 「イチニ、イチニ」 「なあ、シトネ」 「イチニ、イチニ」 「シトネ、それ、どう思う?」  シトネは途中で立ち止まり、本を抱きしめながら不思議そうな顔をした。 「どう、とは?」 「入室要領だよ、どう思う?」 「無駄だと思います」  意外とハッキリ言う子だ。しかし、好感が持てる。自由主義的なナスタディア合衆国の思想に侵された俺は、リアリストを評価している。 「そう、無駄なんだよ」 「……ミシマ准尉にとっても無駄なんですか?」 「ああ、無駄なものはシトネ、君ならどうする?」 「捨てます」  即答だ。  彼女は合理主義的思考を持ち合わせているに違いない。しかし、俺は感情論すらも併用する。  結局、人を煽動するのは感情だ。全員が全員、利己的判断を出来るわけではないからな。 「そうだな、それも一つの選択肢だ」 「一つ?」 「取って置くのも手だ」 「……」 「無駄だからと言って捨てるのも勿体ないしな」 「もう、やらなくて良いんですか?」 「今はな。この訓練期間中は俺の権限でこの動作はしなくて良い様にする。ただ、君らが任務が終わっても軍に残留した時——」  任務が終わって——か。 とことん、自分のクズさに嫌気が差す。  詭弁だ。軍に明るい未来は無いし、残留すれば待つのは死、のみだ。だから俺は彼女らをこの場から遠ざけようと画策している。  だから、この場をやり過ごす嘘の釈明をする自分を恥じていた。   「指揮官?」 「軍に残留した時、シノザキ伍長から教えられた動作は絶対に役に立つ。分かるだろ?」 「はい、取って置きます」  彼女は頷いた。  悩んでいる場合ではない。今更クズを恥じてどうする?  命をかけ、本気で取り組もうとしているシノザキ伍長や軍人達を騙そうとしているのだ。あまつさえ、目の前の少女達でさえも——。  頭を振る。自己否定したって結果は変わらない。とりあえず、今を全力で乗り切ろう。   「良い判断だ。それじゃあそこのソファに座りなさい、読んで欲しい所は?」 「全部です」    OH……意外と図々しい子だな。候補生達は個性が無いと思っていたが、関わってみれば結構個性的じゃないか。  百聞は一見に如かずとはよく言ったものだな。内心反省しつつ、ページをペラペラ捲る。   「全部で六百ページか。毎日、十五ページずつ読んでやるから、気が向いたら来なさい」 「はい」  こうして俺は、難しい合衆国語の本を毎日数ページずつ音読する謎の習慣が出来たのだった。