第七話 キノトイ・アネ② 消えた候補生

△△△キノトイ・アネ視点  私、キノトイ・アネは真夜中の宿所で発狂しそうになっていた。暗闇の中、一つのベッドを前に冷や汗を流しながら狼狽えていた。  それもそのハズ、消灯前までそこにいた筈の少女——シトネがいなくなっていたのだ。  ——ことの発端は深夜、トイレで目が覚めた時だった。用を済ませてスッキリした私は部屋に帰ってくるなり、ふとシトネのベッドに目が向いた。  皆んな寝息を立てながらかけ布団を上下させているのに対し、彼女の布団だけ全く微動だにしていなかったのに気がついたのだ。  不審に思った私が布団を捲り上げると——彼女の布団の中には沢山の本が詰められ、人が寝ているように偽装されていた。  冷や汗が噴き出て心臓の鼓動が速度を増した。孤児院で蹴り飛ばされた時の事がフラッシュバックし、絶え間なく冷や汗が吹き出た。  私は暫くしてから、ようやくの思いで震える手を駆使し、部屋の中央にぶら下がっているランタンの灯りを灯した。 「皆んな起きて!」    眠っていた皆んなが目をこすりながら何事かと起き上がる。辺りを見渡して、舌打ちをしたくなった。  別の孤児院からの出自である——ベツガイ・サキとセノ・タネコだけがまだ寝入っていたのだ。 「二人を起こして」  私の指示に、二人の近くにいたユタ・ミアがビクッとした。彼女は私たちの中で一番臆病な性格をしている。  彼女に新参者二人を起こす度胸はない。ワタワタとしている彼女を見兼ねて、セレカが代わりに起こそうとすると。 「触らないで」  ベツガイ・サキは背を向けたまま、そう一言い放つ。 「起きてるなら起きてるって言いなさい」  寝たままの彼女に私はイラつきを隠せず、キツイ口調が出た。彼女は不遜なことに、背を向けたまま答えた。 「うるさいわね、何の騒ぎよ」 「シトネがいなくなったの」 「はあ、シトネ? ソイツなら帰ってくるわ」 「え?」 「ここにきてから毎日出歩いてるわよ、ソイツ。ほっといても二時間くらいで帰ってくるわ」  衝撃の事実だ。シトネは今日だけでなく、毎日のように抜け出していたのか。  しかし、ならなぜそれをずっと彼女は見逃していたのか?  これはシトネの問題であり、彼女の過失では無い。しかし、私たちは仲間であり運命共同体だ。このことがシノザキ班長に知られたらどうなるのかを分かっていないのだろうか? 「何で黙ってたの?」 「フッ……気づいてて見逃してるのかと思ったけど、アンタら相当鈍いわね」  気づいていると思っていた?  言い訳だとすると苦し紛れだが、彼女の性質を考えると私たちに皮肉を交えて貶しているように聞こえた。  私が一歩前に出ようとすると、セレカがそれを手で制する。 「連帯責任って知ってるか? ああ、知らんか。お前、このことがバレたらどうなるかとかそういう想像力も無いもんな」  セレカの物言いに、ようやく起き上がる彼女。その目は挑発めいたものではなく、明らかに憤怒の色があった。  そんな一触即発の状態の中——。 「うわあああッ!?」  とてつもない大きな叫び声をあげながら、セノ・タネコが勢いよく起き上がった。あまりにいきなりだったので、臆病なユタ・ミアは腰を抜かし、ベツガイですら顔を引き攣らせていた。  セノさんは起き上がるなり、緩慢な動作で周囲を伺い、涼しい顔で。   「おはようございます、点呼ですか?」  時が止まったように思えた。  前から思っていたが、彼女は度が過ぎるほどの天然で、マイペースだ。先程のような一触即発状態でも構わず自分のペースへと引き込んでしまう。  私は咳払いをした後、セノさんに向き直った。 「まだ二時だけど……」 「ええ!? 皆んな寝なくて大丈夫なんですか?」  抜けたような声でそんな事を言う彼女に、私たちは絶句する。暫くして、私達の中で一番温厚な性格のリタ・ヒルが、恐る恐ると言った風に口を開いた。 「シトネちゃんが居なくなってて」 「ああ、探しに行くんですか?」  そう結論づけるなり、服を着替え出す彼女。ベツガイとは真逆の反応だ。   「タネコ」  ベツガイが彼女の名を呼び、セノさんは振り返った。 「行かなくていいわ」  彼女がそう口にすると、セノさんは首を捻った。 「どうして?」 「シトネ候補生のお友だちが探しに行ってくれるってさ」  やはり——彼女は私たちを仲間とは一ミリたりとも思ってはいないらしい。まるで他人事のような言い草だ。 「私も友達だよ?」  しかし、セノさんはそうではないらしい。ベツガイはその返答に不快気に顔を歪める。  セノさんはベツガイに手を差し伸べながら、 「行こうよ、友達の友達は友達でしょ?」    そう口にした。何を考えているのか、ベツガイは虚空を見つめて何も答えなかった。 「曲がりなりにも私らは仲間よ、手伝ってくれたら助かるわ」  推し黙る彼女にダメ押しのように言うと、ベツガイは大きなため息を漏らした。   「ちょうど見回りの時間よ」 「シノザキ班長の?」 「見回り時間くらい把握しときなさいよ。少し時間を空けた方がいいわ」 「……そうね、ありが——」    彼女は言い終わる間にベッドに横になり、背を向ける。  私はため息を吐いた後、全員に向き直り、   「皆んな、一度ベッドにもど——」  ズッ——と。引き戸が開く音がして、私達は固まった。  心臓の鼓動が速くなる。血の気が引いて、耳鳴りがした。  勿論、一人で戸が開くはずもなく、現れたのは懐中電灯を持ったシノザキ伍長だった。彼女は無表情のまま、部屋を舐め回すように視線を上下左右させる。  私は我に返って、直ぐに敬礼をした。 「お、お、おぉぅあ、お疲れサマです!」  いつもは「お疲れ」と敬礼を返してくれるシノザキ伍長が、何も返事をしなかった。彼女は無言のままギョロリッと視線を一点にとどめた。シトネの膨らんだベッドだ。  コツ、コツ、コツ、と。シノザキ伍長は軍靴を鳴らしながらシトネのベッドを捲り上げる。そこに大量の本を見つけ、何を考えているのかジッとその場に静止していた。  私たちは内心、震え上がる。軍は私たちに見返りをくれた。安全な環境、食事、そして役目——。  それに対して私たちが返したのは規律違反だ。震える体を沈めるように、私は、声を絞り出す。 「あ、あの……」 「これを私は二週間も見逃していたのか——」 「え?」  呟くように言ったシノザキ伍長に、私は思わず聞き返す。すると、不意にシノザキ伍長に鋭い視線を向けられた。 「ところで——参考までに聞かせてもらおう、お前らは真夜中に立ち上がって何をしている?」 「し、シトネ、候補生が居ない事に気づいて、皆んなで探しに行こうと」 「ほう……お前らも今日まで気づかなかったのか?」 「は、はい」  シノザキ伍長はしばらく無表情のまま私らを見つめた後、踵を返した。背を向けながら班長は——。 「シトネ候補生は食堂で勉強中だ、ミシマ准尉が本日より許可した。お前らは……やる事が無いなら早く寝ろ、明日に響く」  言い終わるなり、扉が閉まる。ヘナヘナと力無く私たちはその場に腰を下ろした。 「あ、焦ったあ……てっきり怒られると思ったけど」 「な、なんで怒られなかったのかな?」 「シトネが食堂で勉強? でも、許可されたのは今日って……どういう——」  口々に色々と考察を始めた私たち。そこへ、 「指揮官の影響ね」  ベツガイが起き上がるなり、会話に参加してきた。  私たちの視線を浴びながら、彼女はいつもの飄々とした雰囲気で続けた。 「あの若い指揮官に変わってからシノザキ伍長はやりにくそうにしてるわ。更に大きな変化が起こるかもしれない」 「大きな変化?」 「あなた達も実感したでしょう? 上が変われば何もかもが変わるわ。消灯時間に起きててもお咎め無し、とかね」  私は孤児院から軍へと移った時の事を思い出した。確かに蹴り起こされる事もないし、食事を抜かれる事も無くなった。  そう考えると、天と地ほどの差がある変化だ。しかし、それが同じ軍内部で起きるものなのだろうか?  皆でなんとも言えない表情を浮かべていると、ブーツを履いて、上着を羽織ったベツガイ・サキが出口方向へと向かう。 「何処に行くの?」 「誰かさんのせいで目が冴えたから散歩よ。起きててもお咎めなしと分かったしね。行くわよタネコ」  振り返ると、セノさんはすでにベッドで盛大に寝息を立てていた。ベツガイはなんとも言えない表情でセノさんを見つめる。  私達の中で一番のお調子者であるセンザキ・トキヨがクスリと笑い、ベツガイに睨まれてリタの背後に隠れていた。  セノさんが絡むとベツガイの嫌味ったらしいキャラもかたなしだ。少々、いい気味だと思う。 「……ミア」 「ひっ……な、なに?」 「着いてきなさい」  何故ミアを……最近よくベツガイはセノさんと絡めない時にミアを引っ張り回す。  ミアは私達孤児院組の仲間の一人だ。外様のベツガイにまるで旧来の友達のように振る舞われるのは不快だった。  早々に部屋から出て行った彼女を、慌てて追いかけようとするミア。そんなミアを私達は制止した。 「嫌なら断りなさい。私からも言うわ」 「う、うん。ま、まあでも大丈夫だよ……多分」  煮え切らない態度でそう口にするミア。 「早くきなさい!」  急かすような廊下からの声で、ミアがビクリとして飛び出て行った。心配そうなリタが、私の袖を摘んだ。 「ちょっと、心配……大丈夫かな?」 「ほっとこ、断れないミアも悪いし」  軍……特にシノザキ伍長を信奉するハブ・キョウコが、冷たくそう言い放った。私はその言葉に分かりやすくため息を吐いた。 「私ら孤児院組は約束したでしょ、何があっても手を取り合って助け合うって」 「ミアはそうは思ってないみたいよ」 「何でそうなるの? もういいわ、早く寝たいならあなたは来なくていい」 「……」 「まあまあ、とりあえず皆んなでちょっと見て大丈夫そうなら帰ればええやん」  セレカが折衝案せっしょうあんを出し、私達は頷く。  雰囲気の悪いまま、私たちはミア達を追おうと歩き出した。  そんな中で——キョウコは尚も不機嫌そうに口を開いた。 「……でも、私はミアが気に入らない」 「まだ言うの?」  苛だちを隠せない私の言葉に、キョウコは涙混じりに答えた。 「アネが行かなくて良いっていってるのに、あんな奴に着いていくんだもん」  その言葉を聞いて、私も思わず涙が出そうになった。  キョウコは長い付き合いの私たちよりも、ベツガイの言葉を優先したミアが許せないのだろう。  彼女の仲間意識が人一倍強いのを私は知っていたはずなのに、先程私が差し向けたのは「早く寝たいなら来なくていい」なんて短絡的な言葉だ。  私は涙を流すキョウコと額を合わせ、目を瞑る。私たちは孤児院での暗くて長い夜を過ごす時、おまじないのようにこうやって勇気づけあっていた。 「ごめんね、キョウコ。ちょっと苛々してて」 「……うん」 「一緒に行こう、皆んなで——」 「ねーねー」    シチュエーションの割に、間の抜けた声がした。  私たちは声のした方向を向く。そこには——何故か所々泥まみれになった、トキヨの姿があった。 「トキヨ——アンタ、何その格好」 「え? ミアとベツガイに着いて行くって言って話してたから、行くのかと思ってたら皆んなが話をしだしたから、先に見てきたんだよ」 「は?」  いまいち要領を得ない説明だ。頭を捻っていると、内容を理解したセレカが解説してくれた。 「つまり、私達が話をしてて二人を見失いそうだったから、先に尾行してきたんやろ?」 「そーそー」  それにしても——トキヨの戦闘作業服には胸や肘、膝に無視できない量の土汚れがついていた。   「何でそんな汚れてるの?」 「シノザキ班長が言ってたじゃん。見つからないように着いていく時は匍匐前進ほふくぜんしんなんだよ」 「あ、ああ……そう。まあいいわ、とりあえず二人はどこに向かったの?」 「体育館だよ」 「え?」  体育館——確か、合衆国のエンジニアとかいう人達が住んでいる場所だ。  そして、そこには私たちが乗るというロボット兵器も存在している。 「なんでそんな所に——私たちはまだ近づくなってシノザキ班長に言われている筈よ」 「なんか……よお分からんけど、はよ行ったほうがいい気がするね」  セレカの言葉を皮切りに、私たちは動き出した。宿舎の電気を消し、盛大に寝息をたてるセノさんだけ残し、トキヨの誘導で暗い廊下へと飛び出す。 「出るなら正面玄関からやなくて裏口の方が良さそうやね、当直室の前通らんで済むし」 「そうね」    会話を交わしながら廊下を進む。直ぐに目が慣れて月明かりが窓から差し込んでいるのが感じ取れた。懐中電灯がなくても、これなら大丈夫そうだ。   △△  体育館前に近づくと、二人の姿はどこにも無かった。ガラス張りの玄関まで辿りつき、扉を開けようとしたが、鍵がかかっている。  ……彼女らが入ってから閉めたのだろうか?  それなら、私たちは体育館には入りようが無い。 「……トキヨ、アイツらここから入ってた?」   「いやあ、そこまでは見てないなー」 「は? 匍匐前進してまで尾行したんでしょ?」 「そーそー。それやってる内にアイツらどんどん進んでいくもんだから追いつかなくって」  能天気なトキヨにセレカは肩をすくめる。もう戻ろうかと話をしているとき、不意に背後から声をかけられた。 「なに、やってんの?」    聞き慣れた無機質な声に振り向くと、そこには本を抱きしめたシトネの姿があった。  何故、彼女が突然ここに現れたのかが気になる所ではあったが、私はとりあえず無言で彼女のほっぺたをつねる。  元はと言えばコイツが発端だ。いつもより強めにつねっておいた。 「いひゃい」    ちっとも痛そうではないシトネに私はため息を吐きつつ、ほっぺから手を離した。 「とりあえず、今はこれくらいにしとくわ」  私の言葉にシトネはほっぺをさすりながら頷く。彼女は私たちの中で一番頭が良い、なんでつねられたくらいは分かっているはずだ。  ベツガイもかなり賢いらしいが、シトネが一番だと私たちは確信していた。独学で文字も覚えるような規格外で、孤児院長が気味悪がる程の天才だからだ。  彼女は自身の罪を理解しているのか、こころなしかバツが悪そうに口を開いた。 「なかに、入りたいの?」 「ええ……でも、鍵をかけられてて」 「そこはずっと鍵かかってるよ。たまにかけ忘れてるけど」 「流石、抜け出しの常習犯ね。よく知ってるじゃない」  私の皮肉には耳も貸さず、シトネは背中を見せた。 「こっち」  そう言って歩き出すシトネを見て、私たちは顔を見合わせる。シトネは振り返り、体育館の北側を指差した。 「抜け道がある」  着いていくと、少し高い位置に人が一人通れそうなくらいの小窓があった。そして、その下にはおあつらえ向きに段差代わりにダンボールが置いてある。早速ダンボールに乗って中を覗いてみると、小窓は体育館のトイレに通じていた。 「アイツら、ここから入ったのね」  私が腕組みしながら言うと、シトネが反応を示した。   「……誰か入ったの?」 「ベツガイとミアよ」 「ふーん」    シトネは他人事のようにしている。この子は大人しそうに見えて大胆な行動ばかりする人間だ。  入り方を知っているし、彼女自身は入った事があるのだろうか?  気になったので聞いてみることにした。 「もしかしてシトネ、アナタは体育館に入ったことあるの?」 「三回くらい」    平然とそう口にする彼女に呆れてしまった。 「……どうして入ったの?」 「ロボットを見に」 「えっ、ロボット見たん!? ロボットどないやった?」  セレカが興味を示すと、シトネは親指で小窓を指しながら、 「見ればわかる」  そう口にした。私は思わず盛大にため息を吐いた。 「そうは言うけど……中の住人に気づかれない? 合衆国の軍人が住んでるんでしょ?」 「大丈夫。合衆国のエンジニアは西側の倉庫を部屋にしていて、この時間はいびきかいて寝てる」  ……ふむ。ならばバレるリスクは低いということか?  全員の表情を伺えば、覚悟を決めたように真剣な面持ちを浮かべていた。 「とにかく行きましょうか。ベツガイが何かやらかさないように監視しないとね」 「全員で行くん?」  セレカに言われ、思案する。少ない人数の方がリスクは低いということか。   「ここに残ってもいい人はいる?」  誰も手を上げないのを見て、私は頷いた。   「もう、皆んなで行きましょ。音をたてたり、喋ったらだめよ。特にトキヨ」 「なんで!?」  名指しで言うと、トキヨは心外だ、とでも言いたげに目を剥いた。  彼女は何時如何なる時でも元気なのが取り柄だが、今はそれを発揮すべき時ではない。 「アンタは顔からしてうるさいんよ」 「かおが!?」  セレカに言われ、うるさそうな顔でショックを受けているトキヨ。私はとりあえず彼女は放っておいて、皆んなに指示を飛ばす。 「とにかく行くわよ。先頭は中に入った事のあるシトネね。ベツガイ達を見つけたら陰で観察したいから、隠れられる場所がいいわね」 「わかった」  私たちはシトネの言葉を皮切りに、窓枠をよじ登り、月明かりの乏しい闇の中と足を踏み入れた。   △  中はひんやりとした空気感が漂っていた。僅かな月明かりから、一体どうやって使うのか用途不明な便器が立ち並んでいるのが伺える。  ということは、どうやらここは男子トイレというやつなのだろう。私たちは手探り状態で低い姿勢のまま、一列となって出口を目指していた。 「男子トイレはじめてはいったー」  トキヨの呑気な言葉に、セレカがフッと笑いながら振り向く。 「アネちゃんが静かにせぇって言うたやろ。次喋ったらしばくで?」    ひいっとトキヨが怯える声が聞こえてきて、私は呆れた。緊張感が無い。  と、感じたのも束の間。私達は唐突に飛び込んできた光を目の当たりにした。  シトネが出口となる扉を開けたのだ。扉の先に進んでみて、腑に落ちた。体育館内部は灯りで保たれていたのだ。  といっても、薄暗いオレンジ色の明かりが点々としてかろうじて視界が保たれている程度だ。 「いつもこんなに暗いの?」 「これは常夜灯、夜間にエンジニアが寝る時はずっとこの明かり」  床を見ると、校舎と同じく木材が使われているようだった。  といっても頑丈さが違う。ギシギシ音を立てて沈み込んだりしないし、色も鮮やかだった。そして目の前には——。   「……何これ?」 <i907202|17570>  銀色の壁が広がっていた。体育館内部は大きな部屋だと思っていたが、通路となる僅かなスペースを残して一面の壁が立ち塞がっていた。 「これはアルミ合板の壁。ロボットを収容する建物の中のもう一つの建物。私も今日知った」 「妙に詳しいわね……って、今日? どういうこと?」 「前忍び込んだ時に合衆国の軍人が喋ってるのを聞いた。その時は分からなかった。この国の言葉じゃないから」 「……この国の言葉じゃないのに、何で今日分かったの?」 「今日、指揮官の部屋で合衆国語を教えてもらった。それで、前話してた内容と結びついただけ」  つまり、前聞いた別の国の言葉を音だけ覚えていて、今日指揮官から勉強した分で補填したから理解したと?  前聞いた言語を別の日に翻訳……そんなの覚えていられるものなのか?  規格外過ぎて、言葉も出ない。  「シトネお前……軍人やるよりなんかの博士になった方がいいんちゃうん?」  セレカの感心するような言葉には返答せず、シトネはトコトコと壁際に歩いていった。  そして、ハシゴを指差して、 「登れる」  そう口にするなり、言葉を体現するようにハシゴを登り出したシトネ。  私たちも慌てて後を追う。昇った先で、シトネは手すりにもたれかかりながら体育館内を見下ろしていた。  なるほど……ハシゴを登った先は館内を見下ろせるベランダのテラスのようになっているのか。  このテラスは、体育館内の左右を囲むような形となっていた。私はシトネの横で手すりを握り、階下を眺めてみる。  シトネの先ほどの説明では理解し難かったが、上から見下ろす事でようやく理解した。  あの銀色の壁は、体育館の中央部に存在する大きな箱の一部なのだ。  いや、箱、というよりかは部屋か。扉や中を覗き見る小窓がいくつもついている。  ただ、滑らかな壁質に四角形の形が箱という表現にピッタリだった。 「あの銀色の箱。ほぼほぼ、この建物の中を侵食しているような感じやね」  セレカがそんな感想を漏らす中、シトネは通路をトテテッと走り出す。 「シトネ、どこに行くの?」 「こっち」    シトネが誘導した先には、ベランダから伸びるように箱の天井部分へと通ずる橋がかかっていた。  橋、といっても、手すりの上に粗雑に置いてある鉄板だ。細い鉄のワイヤーで固定はしてあるが、あまりにも頼りない。  だが、シトネは臆する事なく上に乗り、橋を渡って箱の屋根部分へと到達した。  私たちは暫く顔を見合わせたが、意を決して鉄板に乗り、渡る事にした。  箱とテラスの間の空間は何も無いため、階下に落下すれば骨折くらいはするだろう。  緊張しながらも歩みを進め、何とか屋根部分へと辿り着いた。  シトネを見ると、屋根の中央にある丸い小窓を覗きこみながら、手招きしている。  近づいて私も横から覗くと、ハッキリと内部の様子が見てとれた。  そこには——真っ白な巨体を持つロボットの前に立った、二人の姿があった。  何やらベツガイがロボットの胸の辺りを触り、ミアがオドオドとしている。 「あれがロボット……意外とちっさいなあ」 「白くてかっけぇね」 「あんなの……本当に空を飛ぶのかな?」  セレカ達は初めて見るロボットに、口々に何か感想を言っていた。  私も何か思うところはあったが……それとは別に、ツガイとミアがコソコソ何をしているのかが気になった。 「アイツら……何する気?」 「止めた方が良い」  シトネの顔を見ると、珍しく表情を歪ませていた。 「多分、ロボットに乗る気」 「……乗って、どうするの?」  その質問には答えず、シトネは立ち上がって屋根の端まで行く。そこには複雑に線が絡まった操作盤のようなものがあった。  シトネは何やら蓋を開けて、ボタンを露出させる。 「さあ?」  シトネは言いながらボタンを押す。すると、ドゴォッン! という、巨大な落下物が地面に叩きつけられた音が響き渡った。  私たちは半分パニックになりながら、シトネに詰め寄る。 「何したの!?」 「ロボットの一つを落とした。チェーンでぶら下がってるだけだから、ボタンを押したら落ちる」 「何で落としたん!?」  セレカが涙目になりながら聞くと、彼女は私たちが通ってきた階下を指差した。 「ほら」  バタバタと、慌てて銀色の部屋から抜け出てきたベツガイと、ミアが見えた。ベツガイは脱出路である奥のトイレに駆け込む寸前——何かを察して立ち止まる。彼女はゆっくりと振り返って顔を上げ——銀色の箱の屋根上で無表情に見つめているシトネと視線を交錯させた。  シトネは無言のまま、屋根から配管を伝って、するすると階下に降りる。 「アンタ……何のつもり?」  人を殺しそうな目を浮かべながら、ベツガイがシトネに近づいた。私たちはそれを見て、慌ててシトネと同じように配管を伝って階下に降りる。   「それはこっちのセリフよ。こんな所にミアを連れ出して……何をするつもりだったの?」  私が間に入ってベツガイを睨みつける。しかし、ベツガイは眼中に無いとでも言うようにシトネに歩み寄って——。 『なんだ、何の音だ!?』 『待てトビー! ライフルを持っていけ!』  体育館の奥から聞いた事のない言語が叫ぶように聞こえてきた。  恐らく、噂の合衆国の軍人だろう。ベツガイはそれを聞くなり、舌打ちをしてからトイレの奥へと消えた。 「アネちゃん、私らも早く行かんと見つかるで」  セレカに言われ、私は我に返った。 「そうね……とりあえず、宿舎に急いで帰りましょう」  結局、そのあと私たちは慌てて体育館から抜け出し、先に寝入っていたベツガイとミアを問い詰めることも無く、ベッドに入って眠りについた。  鼓動が絶え間なく騒ぎ立て、中々寝付けなかった。ここに来てから二週間。初めての夜ふかしだった。