第八話 キノトイ・アネ③ 実験動物
△△△△キノトイ・アネ視点
いつも通り、起床ラッパで目が覚めた。
孤児院時代みたいに院長の気分で蹴り起こされることは無いので、私たちにとっては楽園のような朝だ。
しかし、寝不足の為か頭がズンッと重たく感じ、気怠い感覚が支配していた。
シノザキ伍長から受ける朝の点呼の位置までは、規則で三分以内に着替えて集合しなければならない。
わたしは気持ちを引き締めるため、自身の頬を叩いた。靴下を履き、戦闘服に袖を通す。
軍用ブーツの紐を結び、靴の口にズボンの裾と紐を押し込んで準備を完了させた。
周囲を見渡す。いつもと同じように、ミアとセノさんがブーツの紐を結ぶのに手間取っていた。
「急いで二人とも」
言いながら手助けをしてやろうとセノさんの方に近づこうとすると……。
「邪魔」
ベツガイが私を推し抜けてセノさんの手助けをしに行った。コイツは本当に……朝からむかっとさせてくれる人間だ。
「アネちゃん、先に行ってええで」
セレカがミアを指しながら言った。どうやらミアの方はセレカが対処してくれるようだ。
「頼むわ」
私は先に点呼位置へと向かう為、一番に廊下へと走り出た。
走りながら、窓の外の景色を眺める。まだ太陽は顔を覗かせておらず、仄暗い。グラウンドに薄霧が立ち込めている幻想的な風景は見ていて飽きることはない。
視線を点呼位置に向けると——先に待機しているシノザキ班長の姿が見えた。
そして——そこには指揮官の姿もあった。
鼓動が早くなり、脳裏に昨日の出来事がフラッシュバックする。点呼に指揮官が参加することは基本的には無いとシノザキ班長には聞かされていた。
それなのにわざわざ指揮官が足を運ぶなんて——もしかして、昨日私達が体育館に向かったことを気づかれたのだろうか?
きっと……そうに違いない。私達は処罰されてしまうのだ。
とにかく私は、平静を装って点呼位置に並んだ。続々と集まってきた仲間たちを整列させて「気をつけ」の号令をかけ、点呼を受ける。
その時は——私達全員が昨日の事を言及されるのだとてっきり思っていた。
しかし、予想外にもシノザキ班長の次に前に出た指揮官の話した内容は、昨日の出来事とは全く関係の無いものだった。
「今日から全員、大きな方針転換に困惑する事になる」
全く別方面の告知だった。私たちは安堵する間も無く、困惑する。指揮官は感情の読み取れない表情を浮かべながら、噛み締めるように言葉を吐いた。
「それは意味は教えない、お前達は自分で考えなければならない。でなければ望む結果は得られない。その為の手段は選ぶな、勝ちとれ、以上」
それだけ言って、去っていく指揮官。私たちが顔を見合わせていると、少し遅れてシノザキ班長が解散を指示し、私たちは朝食をとるために食堂へと向かった。
△△△
そして、午前八時十五分。
いつもなら課業開始の合図が高らかに吹かれ、シノザキ伍長から訓練についての説明が成される時間帯だ。
しかし、本日は指揮官から新たな訓練時程が発表される。私達はシノザキ班長と共に指揮官が待つ教室に赴き、筆記用具を手に席についた。
——それから小一時間ほど経っただろうか? 正直、私達は指揮官の言っていることがあまり理解出来ていなかった。
指揮官は私達パイロット候補生の自主性、創造性、採算性とやらを養う為に土日休みを活用して町にくりだし、各人の素養? の把握の為にゲーム形式の試合をするらしい。
その説明には、いつも飄々としたベツガイまでもが怪訝な表情を浮かべていた。
「指揮官、ちょっと宜しいですか?」
話が終わったタイミングでシノザキ班長がそう言いながら席を立つ。
チラリと横顔を伺うと——彼女は腰を抜かしてしまいそうになる程の憤怒のオーラを纏っていた。
「お前らは待機だ」
ピシャリと教室の扉が閉じられる。足音が遠のいたタイミングで、私は咳払いをしながら立ちあがった。
この状況を待っていた。
私たちだけになり、指揮官達の監視の目が無くなる状況を。
私の視線の先はもちろん、ベツガイ・サキだ。
「さて、貴女は昨晩一体何をしていたのか……聞かせてもらいましょうか?」
「私があのガラクタに乗ろうとしていた理由?」
ガラクタ。ロボットの事だろうか?
宇宙から来た最新技術だと聞いていたが、ガラクタとは……良く見知っているような表現だ。私は表情を変えないように努めながら続けた。
「そうよ、納得出来る説明をしなさい」
「そもそも、アンタらのお仲間が出歩いていたのはオーケーなの? 私だけ駄目、なんて事はないでしょうね」
痛いところを突かれた。
そもそもの発端はシトネである。
しかも、本を読みに抜け出していただけかと思いきや、彼女は数回に渡り体育館へと足を運んでいた事が露呈した。
弾劾するならまずは身内から行わなければならないのは道理だ。示しがつかなくなる。
「シトネ」
私が名前を呼ぶと、彼女は静かに本を閉じた。流石に渦中の中心となってまで本を読みながら対応する真似はしないらしい。
「……合衆国の思惑を知り得る為にエンジニアと接触する必要があった」
思惑?
「思惑を知ってどうするの?」
「あのロボットがどういうものか知っておく必要があった。エンジニアと指揮官達は国が違う。知っている情報も異なるし、出し惜しみしている可能性がある」
「出し惜しみ?」
「搭乗者への危険性の情報。合衆国が隠してたら実害を被るのは私たち」
確かに、宇宙人のロボットに乗って身体に何も影響が起こらないとは考えづらい。
しかし、頼りになる軍の大人たちが揃いも揃って私たちにその事実を伏せたまま乗せるというのは思えない。何より……軍は私達を地獄のような環境からぬけださせてくれたのだ。
思案に耽っていると、パチパチと乾いた拍手が部屋に響き渡った。音の先は——ベツガイ・サキだ。彼女は嘲るような笑みを浮かべながらシトネに視線を向けていた。
「あーあー、そういう事? お仲間が乗って危険じゃないか心配になったんだ。優しいわねシトネちゃんは。ならイイコト教えたげる。その答えなら私が知ってるわ」
私が知っている?
何故と聞く間もなく、ベツガイは続けた。
「アンタらは皆んな、揃いも揃って騙されてるのよ。軍のクソ野郎共にね」
「……騙されている?」
私が聞くと。ベツガイは部屋の中央に移動し、演説するように両手を広げた。
「あと、ロボットじゃなくて〝エルフライド〟よ。覚えときなさい間抜け共。エルフライドは搭乗者の脳に絶大な負荷を与え、場合によっては再起不能にさせる。アンタらは知らされて無いんでしょ? それは指揮官からエンジニア達に至るまで、みーんな知ってるハズよ。私たちはただの実験動物ってワケ」
実験動物。あまりにも残酷な表現だ。
指揮官からエンジニアに至るまで、私たちが危険だと知り得ながらロボットに乗せようとしているからだそうだ。
しかし、この女は少し勘違いをしている。そんな事、私たちにとっては些細な問題でしか無い。
生存のための権利の主張をしたいのなら、軍など選んでいない。というか、そもそも——。
「なんであなたがそんな事知ってるの?」
「さて、なんででしょう? 信用するもしないも自由よ。アンタらが損害を受ける」
「それが本当だとして、なんで貴女はそんな他人事なの?」
途中まで静観していたリタが聞くと、ベツガイは肉食獣を彷彿とさせる獰猛な笑みを浮かべた。
「それを教えてやってもいいわ。ただし交換条件よ」
「交換条件?」
「今後、私の活動を邪魔せず従うこと。そうすれば全てを話してあげる」
「お話にならへんわ」
セレカが間に割って入る。ベツガイは面倒くさそうにセレカを睨みつけた。
「アンタのその話の根拠はなんやねん? 口からでまかせはいくらでも吐けるわ。いやなら指揮官に言うてこの教育から降りればええやん」
セレカの言う通りだ。
確証が無い状況下で、不安を煽るような発言は頂けない。仮に条件を呑んだとして、私達が証拠を見せろと言って彼女が何を見せられるというのだ。
「交渉決裂ね」
ベツガイは踵を返し、扉の方向に向かいながら——。
「どうなっても知らないから。ただ、一つだけ言わせて。アンタらは生き延びれるチャンスを逃したのよ。私の邪魔をしたことによってね」
「待ちなさい、どこへ行くの?」
「トイレよ。心配しないで、もう体育館には行かない。私がアンタらに情けをかけるような真似はもうしないわ」
「……情け?」
ベツガイは扉の前で立ち止まり、振り返った。その時の彼女は——あまりにも激情的な怒りに満ちた表情を浮かべていた。
「アンタらは揃いも揃って馬鹿みたいなツラ浮かべて——皆んな死んでいくのよ!!」
彼女はそう吐き捨て、ピシャリと扉を閉めた。
「なんやねんアイツ……頭おかしいんちゃうか?」
そう吐き捨てるように口にするセレカ。しかし、私たちの大半が同意見であった。
彼女の口ぶりは自分本位で、私たちを軽視しているようにも思える。
そんな中、ポツリといった風に口を開く人物がいた。
「みなさん」
会話中、ボーっと天井を眺めていたセノさんだった。一応、話は聞いていたようだ。
見れば、彼女は今までに無い悲痛な面持ちをしていた。
「ごめんなさいです、サキが。でも、あの子が——」
「謝らんでいいよ、どうせハナからアイツの事は無理やから」
セノさんが言い切る前に、遮るようにそう口にするセレカ。
セノさんは一拍呼吸を置いて話を続けた。
「あの子はみんなを守ろうとしたんだと思います。そして、私のことも」
「ねぇ、それって——」
セノさんはベツガイと同郷である。逆に言えば同郷である以外は、私たちは一切他の事は知らない。
「あなた達が来た場所が関係してる?」
ベツガイは軍の事情を深く知っているような言動をみせていた。
もしそれが本当なら……ベツガイやセノさんは本当は孤児院ではなく、軍と関係する場所からやってきたのかもしれない。
緊張しながらセノさんの答えを待っていると、
「それがですね……」
てへへと照れるように、彼女は衝撃的な発言をした。
「正直、あんまり覚えてないのです」
「覚えて、ない?」
「はい、私の一番の古い記憶は、知らないおじさんに連れられて、ここに来るところからなんです」
それは、ここに来る直前の話だ。彼女はそれまでの記憶を一切持ち合わせていないという事になる。
「……記憶喪失って事?」
「それってロボットに乗ったから——とか?」
口々に私たちが尋ねると、彼女は胸元を握りしめなていた。
「分かんないです。ただ……サキは毎朝、時間が空いたら私に自己紹介してくるんです。まるで初めて会った時みたいに」
「ど、どうして?」
「私はすぐ忘れちゃうみたいです。自分のことも、サキの事も」
私たちは互いに顔を見合わせる。
もしかして、ベツガイやセノさんは既にロボット——エルフライドに乗っているのだろうか?
その結果がセノさんの現状なら——。
「少し、怖いね」
リタが気持ちを代弁するようにそう呟いた。
「怖いのはエイリアンの方や」
強がるようにそう口にするセレカもまた、不安そうに唇を噛み締めていた。
△△
結局、その日は夜まで待機となった。
途中、部屋の近くまで偵察に行ったトキヨの話では、指揮官達が会議をしている教室からシノザキ伍長の怒号が聞こえてきたという。
あの厳格で軍人のお手本のようなシノザキ伍長が、上官相手に怒声をあげたという事実は私達に不安をもたらした。
悶々とした状況下で会話も無いまま、じっと部屋で待機していた。ねじ巻き式時計のコッチ、コッチという音と、シトネの本をめくる音だけ部屋に響いていた。重苦しい雰囲気の中、何時間過ぎたのかも時間感覚が失われ始めた頃。無表情を浮かべたシノザキ伍長が部屋にやってきた。
「明日は七時に玄関前集合、点呼は無い。食事は時間通りだが、また変更があるのでそのつもりで。以上、解散」
それだけ言って去っていくシノザキ伍長。それを見て、呆然と立ち尽くす私達。今後点呼が無いという言葉には、本当に驚いていた。
とにかく、二週間の間にようやくルーチン化してきた生活が終わりを告げるのだろうというのは理解した。
環境の変化が怖いのは私だけでは無いはずだ。このまま何かの拍子で心変わりした軍に見捨てられてしまうのではないのだろうか。そんな根拠もない、言いようのしれない不安が胸中を支配する。
その為か、その日の夜は寝不足にも関わらず、中々寝付けないでいた。普段は気にも留めなかったホーホー鳥の鳴き声や皆んなの吐息が妙に耳に残る。
そして、極め付きは脳内を幾度も反芻するベツガイサキの言葉だ。
『アンタ達は騙されている』
一体、彼女は何を知っているのだろうか?
この部隊に配属前、何をしていたのか?
恐怖している自分に嫌悪が湧く。私は、覚悟は出来ていた筈だ。
仮にあの孤児院で暮らし続けていれば、私たちはエイリアンに危害を与えられる間もなく餓死していただろう。
それなら助けてくれた軍のために戦場に出て死のうと構わない、そう、決心した筈だった。
しかし——ここにきて、彼女の言葉が妙に引っかかっていた。
『皆んな死んでいくのよ!!』
私は孤児院のみんなの顔が浮かんだ。
自分が死ぬのは構わない。しかし、仲間達が苦悶の表情で死んでいくのだけは——。
頬を一筋垂れる何かを感じながら、私は眠りについた。
その夜、私は夢を見ることは無かった。
△
「おはよう、アネちゃん」
目を覚ますと、笑みを浮かべた親友の顔が近くにあった。窓の外に目をやると、もう既に外は薄明るくなりつつあった。
「いま何時!?」
飛び起きながらそう聞くと、セレカはふっと微笑んだ。
「六時ちょっと過ぎや。点呼ないって言ってたし、こんなもんでええんちゃうんかな?」
「そう……」
「ラッパ、鳴らへんかったね」
少し寂しそうに呟いたセレカは、気を取り直すように私の腕を引っ張った。
「ご飯の時間は変わらへんらしいし、いこうや」
「うん」
ベッドから抜け出て、戦闘服に袖を通す。他の全員も起こして、私達は全員で食堂へと向かう。
食いしん坊のトキヨがスキップで先陣を切り、食堂に入ろうとして——扉の前で固まっていた。
「お前、なにしてん?」
押しのけて入ろうとしたセレカも固まる。私は怪訝に思いながらも二人の隙間から食堂内の様子を窺うと——。
「おはよう」
なんと、其処には先に食堂の席に着いた指揮官とシノザキ伍長の姿があったのだ。二人はいつも私達とは別で食事をとっていたハズなのに。
傍らには、両手を後ろ手に組み、居心地悪そうに立っている糧食係のフキタ上級軍曹が居た。
フキタ上級軍曹は食事を担当する中年の兵士で、挨拶も笑顔で返してくれる感じの良い人だった。そんな彼が今まで見たことないくらい緊張した面持ちを浮かべ、対照的に指揮官は涼しい顔をして座っているのは異様な光景に映った。
食事はいつも通り先にテーブルに並べられており、湯気を立たせて私たちの鼻孔をくすぐる。
「席に着きなさい、食べよう」
私達は黙って各々の席に着いた。バレないように、指揮官の横顔を伺う。
指揮官は飄々とした面持ちで湯気のたったコーヒーをすすっている……どこからどう見ても三十五歳を超えた人物とは思えない。
前孤児院長と同年齢くらいだとは、とても信じられなかった。この戦争とは無縁そうな穏やかな人物が私達を使って実験しようとしているとも——。
「アネちゃん……いただきますは?」
隣に座るセレカの囁きで私は我に返る。
「合掌、いただきます」
いただきますの号令と同時にみんながカチャカチャと旋律を鳴らした。
指揮官やシノザキ伍長も私の号令に従った。私の合図で指揮官やシノザキ伍長までもが手を合わせるのはなんだがむずがゆいような、妙な気持ちになる。
それから三分経過。しばらく沈黙していた食卓で、指揮官が唐突に口火を切った。
「急遽で申し訳ないが、俺の方針で休みの日を設ける事にしてな。今日と明日は休みだ。外に出かけるぞ」
私達は手を止め、固まった。一瞬、口に入ったものが何なのかが分からなかった。
それほど迄に衝撃を受けていた。
「外、とは……グラウンドですか?」
私の問いに、指揮官は穏やかな笑みを浮かべた。
「町だ。お前らはあまり町で過ごしたことがないだろう? それぞれ口座からおろした給料を渡すから、買い物なんかもして一般人の立ち振る舞いなんかも見ておけ」
町に……買い物?
意味が分からない。私達は宇宙人と戦う為にここにいるのだ。それがなぜ買い物をして、一般人の立ち振る舞いを見る必要があるのか。
「七時集合と達したが、八時に玄関集合で良いぞ。お前らは八時まで自由時間だ」
それ以上の追求は許さないような雰囲気を醸し出した指揮官がコーヒーをすする。
「足りないか? センザキ」
トキヨは突然名指しされ、周囲に助けを求めるようにキョロキョロとしていた。
早食いの彼女のプレートに目をやると、既に食事を食べ終えたようで空になっていた。
「まだ食べれるか?」
指揮官の問いに、トキヨはオドオドしながらコクリと頷く。
「皿を持って来なさい」
トキヨは言われた通り、ビクビクしながら皿を持って指揮官の横に立つ。
見ると、指揮官は一切料理に口を付けていなかった。指揮官が徐に自身の皿に盛られている料理を指さした。
「どれが好きだ?」
「さ、さかなが好きです」
「やる。ほかは?」
「ぜ、全部好きです」
「そうか、この皿のもの、全部食えるか?」
「食べれます」
「ご飯は?」
「いります」
そんなやり取りの後、トキヨは指揮官の皿から料理を全て奪い去ってしまった。
ホクホクと指揮官から貰った料理を持って席に戻るトキヨ。呆然とその様子を見る私達を尻目に、指揮官がフキタ上級軍曹に視線を送る。
「おかわりは用意してないのか?」
「……一応、定められた分量になりますので。カロリー計算上は問題ありません」
指揮官はコーヒーカップを片手に少し思案したのち、口を開いた。
「備蓄の問題か?」
「そうです。本部から渡された糧食はちょうど訓練期間で使い切る分量でした。普通は予備分含めて余剰に計上するのですが……担当者の手が足りて無い上に未経験者だったようで受け入れられませんでした」
「町で買い出しに行くようにするか。今日カタログを持ってくるから調理器具も新しいのを揃えよう。献立も一新したい。悪いが君の仕事が増えるぞフキタ上級軍曹」
「こ、献立を一新ですか? 訓練終了時までメニューは決まっておりますが……」
「軍の堅苦しい給食規則は私の権限で無いものとする。好きにやればいい。出来るか?」
その言葉を聞いたフキタ上級軍曹は顔を輝かせた。
「それって……私が作ってもいいんですか? 調理師免許も失効しているのでありませんよ?」
「飲食経験者なら大歓迎だ。彼女らに本物の飯を食わせてやってくれ。面倒なら別に構わないが」
「いえ……私もレーションの湯煎だけじゃ物足りなかったので僥倖です。腕を振るわせて頂きます」
「ふっ、そうか。今から夕食が楽しみだよ」
そんな会話を聞きながらの食事は、なんの味もしなかった。
指揮官が色々と環境を変える人物だというのは分かっていたが、目の前でこうも色々と展開されると少し不安になってくる。
私たちは指揮官が提示する新たな環境に適応出来るのだろうか? それが怖かった。
ふと、指揮官の胸元の携帯が鳴った。指揮官はコーヒーを傍に置き、携帯のディスプレイを確認する。
「ニシモト伍長か。さてと、いろいろと段取りがある。先に失礼するよ。お前らはゆっくり食べろ」
そう言いながら席を立ち上がり、食堂を去ろうとする指揮官。
ホッとするのも束の間、野菜を隅に寄せ、いじりながら食べるフリをするベツガイ・サキの背後で立ち止まる。
ベツガイは気配を感じ、珍しく慌てたのか涼しい顔で野菜を一切れソッと口に運んだ。少し涙目になったが、虚勢を張っているのかそれを感じさせないように必死に表情を保たせているのがシュールだった。
いつもなら憎きベツガイのそんな情けない様子に思わず笑ってしまっていたかもしれないが、指揮官の放つただならぬオーラに当てられた私たちは、固唾を飲んでその光景を見守っていた。
指揮官はベツガイを一瞥することもなく、口を開いた。
「ベツガイ、野菜は苦手か?」
「……はい」
「嫌いなモノを食う道理は無い。嫌なら残せ」
ベツガイが驚いたように顔を上げた。私達ももちろん、驚いていた。シノザキ伍長から二週間前より、食事は残さず必ず食べるように厳命されていたからだ。
指揮官はなおもベツガイを一瞥することもなく話を続ける。
「お前らも苦手なモノは無理して食うな。食いたいやつに渡すか、捨てるかしろ。食事は楽しく、待ち遠しいものだ」
指揮官が去ったあと、私たちは黙々と食事をとるシノザキ伍長へと恐る恐る視線を向ける。
「聞いた通りだ、上官の命令は遂行しろ。私とは方針が異なる」
不機嫌そうにそう口にしたシノザキ伍長は、水を一気に飲み干して食事を終了させていた。