第十四話 キノトイ・アネ④ 指揮官の景色
△△△△キノトイ・アネ視点
この五日間。指揮官が私たちの前に現れてから、目まぐるしく環境は変わっていった。
点呼が無くなったり、必要だった敬礼や入室要領なんかの動作がなくなったり、果てには未知の領域であった外の世界へ初めて買い物に出たりした。
私たち、孤児院組は必死だった。この変化に耐え切らなければ私達に居場所なんか無い。
例え、百日で尽きてしまう様な未来でも、家族である七人と離れて暮らすなんて考えられない。
七人一緒に、同じ屋根の下で、同じご飯を囲む。同じ環境で育った家族と離れ離れになるのなんか、絶対に、絶対に嫌だ。
だから、だから私は——走る。
太陽は傾き、グラウンドは少し暗くなった。関係ない、走る。走る、走る、走る。
そうすれば次第に——右と左、どちらの足を前に進めたのかも分からなくなる。
意識がその場に置き去られたかの様に、私は前に進む。息が上がり、目の前が少し暗くなった。
酸素が欠乏し、飛び上がる砂埃でむせそうになった。
まだだ、まだ!
目の前に不安げな表情を浮かべたミアが守るゴールポストが見えた。
勝てる。今回は、絶対に勝てる!
あと、もう少しでポストに——ふと、視界が反転する。
体のバランスを崩したのだ。私は膝から倒れ、勢いよく地面に叩きつけられる。
何かが——何かが、足元に飛びこんで来た。
涙が溢れてきそうなのを何とか耐える。砂まみれになりながら、なんとか顔を上げると——そこには夕陽をバックに、能面の様な無表情を浮かべたベツガイの姿があった。
コイツが——私の足を引っ掛けたんだ。私の涙は直ぐに引っ込んだ。泣いてたまるか、コイツの前で。
「そこまで!! ベツガイチームの勝ちだ」
終了を告げる指揮官の声が響く。自分の陣地のポストを見れば、へたり込んだリタの横を通過したキョウコが、複雑そうな面持ちでこちらを見ていた。
「クソッ!!」
私は思い切り地面に拳を叩きつける。
これで六戦全敗、数的に勝る状況においての圧倒的敗北を喫した。
悔しい。ただ、ただ悔しい。
敵視していたベツガイに圧倒的な力量の差を見せつけられてしまった。恥ずかしい。
何がみんなの纏め役だ。何がリーダーだ。
私が俯いて歯を噛み締めていると、後方から何やら不穏な空気が流れていた。
「おい、お前!!」
振り返ると、セレカがベツガイに詰めより、胸辺りをドンっと強く押していた。
「アネに足かけたやろ! 何のつもりや!」
ベツガイは冷めた目で近づいてきた指揮官へと視線を向ける。
「指揮官」
「なんだ?」
「ルール上、問題ありますか?」
「無い」
その言葉に、セレカが指揮官を思い切り睨みつけた。
まずい——。
「セレカ!」
咄嗟に私は叫んでいた。
そんな事をしてはダメだ、大人に、指揮官にそんな態度をむけたら——恐る恐る、私は指揮官の表情を伺う。
何故か、その時私は——指揮官が少し嬉しそうにしている様に感じた。
「ヒノ、優先順位を間違えるな」
指揮官は言いながら、倒れ伏した私に近づき、目の前でしゃがむ。
「少し立ってみろ」
言われて、私は立ち上がる。
しかし、右足に激痛がはしり、直ぐにしゃがみ込んでしまった。
見ると、右足のジャージの膝部分が擦り切れ、血が滲んでいた。買ったばかりのジャージが傷つき、砂と血で汚れてしまった。
その事実が私をさらに悲しみへと引き込む。頬から少し垂れる水滴を私は急いで拭き取った。
「他に痛むところは?」
「ない、です」
「ほら来い」
指揮官は私の膝と背中を持って抱き抱える。絵本のお姫様を抱く様なやり方だ。
私は驚いたが、皆んなはもっと驚いていた。
指揮官の顔が近い。それを見て、気づけば私の痛みは吹き飛んでいた。
本当に、ただただ、若々しい。まるで——私たちの数個年上、それくらいの年齢にしか見えない。
「指揮官、私が運びます」
セレカが不機嫌そうにそう言うと、指揮官は柔らかな笑みを浮かべた。
「ん? お前も抱っこしてほしいか?」
「……」
「冗談だ。今日は解散、明日に備えてしっかり休め。キノトイはしっかり救護室に連れて行くから心配するな。シノザキ、あとは任せたぞ」
気づけばシノザキ伍長が指揮官の背後で控えており、不満そうな顔つきで頷いていた。
「……了解しました」
シノザキ伍長は何とも言えない表情を浮かべたまま、踵を返して離れていく。
そこで私はハッとなった。私は指揮官に抱き抱えられている。
そのまま医務室に連れて行かれようとしている。
これはまずい、軍の人にこれ以上迷惑をかければ——見限られてしまう。
「あ、あの、指揮官」
「ん?」
「私、た、立てます」
「立つだけじゃいつまでたっても帰れないぞ?」
「あ、歩けます」
「いやか?」
「い、いえ、嫌とかではなくて。申し訳なくて」
「ほう申し訳ないか。謝るのはこっちのほうだ」
「え?」
「この事態はある程度予測していた。多分、ベツガイ辺りが何かをやらかすんじゃないかとな。予想通り、目の敵にしてるお前の足をひっかけた」
私は素直に驚いた。あまり関わりの少ない指揮官が、一歩引いた様な立ち位置を維持していた指揮官が、ベツガイの事を理解していたなんて。
もしかして、夜な夜な指揮官部屋に立ち入って本を読んでもらっているシトネが?
いや、それは万にひとつもない。シトネは孤児院時代、院長から想像も絶する様な仕打ちを受けていたのに、一度も仲間を売った事はないのだ。
「……指揮官、あの」
「ん?」
「ベツガイをどう思いますか?」
気づけば、私はそんな事を口に出していた。例え、ベツガイであろうとも、私は仲間を大人に売る様な真似はしない。
だけど、その時は足を引っかけられた恨みがあったのか、まるで告げ口をするかのような口調で私は聞いていた。
私たちを統率する絶対的な指揮官に、ベツガイに対して悪い印象を持っていて欲しい、そんな希望的観測があったのかもしれない。
それに対し、指揮官の回答は全く思いにもよらないものだった。
「ああ、カッコ悪いヤツだな」
「え?」
「最後の場面、キノトイのチームの勝利は目前だった。だからベツガイは焦って足をかけたんだ、負けると思ってな。奴は完全に判断を誤った」
ベツガイが焦っていた?
彼女の表情は冷徹な無表情だった筈だ。あの全てを見透かした様な、馬鹿にした様に飄々と構えているベツガイが焦った為に判断ミスを犯した?
そもそも判断ミスとは何を指すのだ?そう言えば——セノ・タネコもそんなことを言っていた。
『なるほど、サキも相当なーばすになってるみたいです』
『初めての環境でとても気が立ってるみたいです』
それが本当なら、まるで——私たちみたいではないか。
彼女も私たちと同じ様に不安を抱え、何かを思っていた。
私は彼女を少し……神聖視していたのかもしれない。
何事も動じなく、頭がキレ、私よりも相応しいリーダー。
その負い目が、私の思考がその様に至る様に働かせたのかもしれない。
「確かにルールは何でもアリと言った。しかし、ベツガイはあの場面になるまで実際に手を出してはいなかった。手を出すって事は、逆に相手からも手を出される様になると同義だ。戦略で勝てるなら戦略で勝つべきだが、それが通用しなくなったから思わず手を出したんだ。あの時のベツガイは明らかに余裕が無かった」
「……なる、ほど」
「今回の件でベツガイチームのメンバーはキノトイの件で負い目を感じ、ベツガイに非協力的になる。それを分かっていたのに、感情を制御出来なかった」
「そうなると——」
いの一番に動き出すのはヒノ・セレカだ。彼女は私たちの中では、一番負けん気が強く、闘争心が強い。
孤児院長に酷い目に合わせられた過去を恥じ、二度とあの様な屈辱を味わいたくないと強くあろうとしている。
それに、私とセレカは唯一無二の親友だ。仲間を傷つけられた事実は彼女にとって大きな反抗心を産むだろう。
ベツガイチームの、孤児院組の仲間に圧力をかけることも厭わない程に。
「このままだと、明日は全員傷だらけになるだろうな」
他人事の様に言う指揮官に少し、失望した。
別に大人に期待していたつもりは無いが、指揮官は私たちを尊重し、大切に扱ってくれていると思っていた。
バスに乗った時、シトネが膝に座っても咎めない様を見て、そんな期待を抱いてしまっていたのだ。
『私たちはただの実験動物ってワケ』
思い出したく無い、脳の隅に追いやっていたベツガイの言葉が蘇る。
思わず、指揮官から顔を逸らした。
私は——私たちは、
「このままで良いのか?」
まるで、私の心中とリンクするかのように、指揮官が言葉を吐き出す。
「非協力的な部下を携え、キノトイ派からリンチにあうベツガイに勝利を得て、お前は満足か?」
満足な、筈が無い。私は、私自身の力で————。
「勝ちたいです」
「そうだ、それがかっこいいんだよ。ベツガイにも教えてやらないとな」
指揮官がふわりと笑う。思わず、私にも笑みが溢れた。
まるで、ずっと解けなかった問題が分かった時の様に、私の心は晴れていた。
やることが決まったのだ。大人が——いや、指揮官が教えてくれた。
「私、セレカを止めます。そして、キョウコ達にも私たちと本気で戦う様に伝えます」
「ああ。だが、それじゃ最初に戻っただけだ」
確かに——そうだ。
ベツガイと対等に戦う事は決めた。
しかし、別にだからといって状況が変わった訳ではない。ベツガイが私より優れた指揮能力を発揮している事実は変わらないのだ。
「指揮官、私はどうするべきでしょうか?」
「それを教えてしまったらお前の勝利とは言えない。だが、一つ……良いことを教えてやる」
そこで、会話が途切れる。班長室の隣に位置する、医務室の前に辿り着いた。
指揮官は私を抱えたまま扉を開ける。そこには、椅子に座りながら本を読む、無精髭を生やした白衣の中年男性。サエキ上級軍曹いた。彼はこの施設における、唯一のお医者さんだ。指揮官と私を一瞥するなり本を閉じ、ポケットに手を突っ込んだままゆっくりと近づいてきて私のジャージの裾をめくる。
粗雑な為、血が張り付いてベリベリとめくれ、かなり痛かった。
「ただの擦り傷ですね、あとはやっておきますよ」
指揮官は頷いて、私を丸椅子に座らせる。サエキ上級軍曹が救急箱を漁っている間に、指揮官は私の頭をポンポンと叩き、
「お前が勝つことと、良いリーダーである事は別だ。そうすれば、勝利なんてのは勝手に近づいてくるぞ」
それだけ言って、指揮官は部屋を後にした。
私が勝つ事と、良いリーダーは別……。
リーダー、良いリーダー……。
私の脳裏に、リーダーという単語と共に指揮官とベツガイの姿が頭に浮かんだ。二人とも私が瞬時に思い浮かべる、リーダーだ。
指揮官は大胆で奇抜なリーダーで、ベツガイは細かい指示と、カリスマ感を発している。
その二人を比較し、私は指揮官の言葉をひたすら考えていた。
「沁みるぞ」
「ひゃいっ!?」
サエキ上級軍曹に傷口にアルコールをかけられ、私は出した事のないような声が出ていた。
△△△
私は、医務室での手当てを終え、候補生達が根城とする営内の前に立っていた。
どうやら皆んなは訓練終了後、直ぐに営内に戻ってきた様だ。ベツガイに詰めかかるかのような怒声が聞こえてくる。
私は息を吸った後、扉へと手をかけた。
ガラリと音を立てながら中に入ると、予想通りの光景がそこにはあった。無表情でベッドに腰掛けるベツガイを囲む、苛立った様子の皆んなの姿だ。
「何をやってるの?」
私が近づくと、皆んなが気まずそうに顔を伏せる。セレカだけは、ベツガイから視線を外さずに敵意を剥き出しにしていた。
「明日は覚えとれよ、全員で狙いうちにするからな」
ガンッと、ベッドの鉄部分を蹴りながら物騒な事を言うセレカ。私はそんな彼女の正面に向かい合った。
「ダメよ、セレカ。そんな事はさせない」
それを聞いたセレカは、分かりやすく失望した表情を浮かべた。
「なんで? 私らも手を出さんかったらやられっぱなしやん。指揮官もアリやって言うてたやん! そんなんじゃ、勝てるもんも勝てんよ?」
「大丈夫よ、彼女はもう手は出さないわ。いや、出せないのよ。そうでしょ?」
言いながらベツガイに視線を送る。彼女は怪訝そうに、探る様な眼差しで私を見ていた。
気にせず私は周囲を見渡し、ニコリと笑みを浮かべる。
まるで、指揮官の様に。
「キョウコ」
「な、なに?」
ハブ・キョウコ。ベツガイチームの先鋒として、最も勝利に貢献していたのは彼女だ。
仲間意識の強い彼女はベツガイに加担したと思われたくないのか、彼女は私から目線を逸らす。
「アナタ、大活躍だったわね。ああいう競技はかなりアナタ向きだと思う」
私の思いがけない言葉に、キョウコだけでなく、皆んなが目を見開いた。
まさか、負かした敗軍の大将から褒められるとは思って無かったかのような反応だ。
私は構わずミアへと視線をやる。
「ミア」
「え、え?」
「アナタもキーパーとして、良く頑張っていたわ」
今度はトキヨに目を向ける。二人とは対照的に、彼女は褒めてもらうのを待つような期待の表情を浮かべていた。
「トキヨ」
「なに?」
「アンタは……もっと頑張りなさい」
「なんでアタシだけそんな感じ!?」
皆んな、そのやり取りに思わず吹き出した。
よし——私はいま、この場の空気を完璧に支配する事に成功した。
まるで、自身が何か別のモノに生まれ変わったかのような、そんな不思議な万能感に満ち溢れている。
言い過ぎかも、いや、そうに違いない。和やかなムードになった所で、私はベツガイへ向き直った。
「ベツガイ、アンタやるわね。明日は絶対に負けないわ」
「……なるほど、ね」
ベツガイは怪訝な表情からいつもの飄々とした表情を浮かべた。
「指揮官に何を吹き込まれたかは知らないけれど、あんまり忠実にしすぎても向こうが調子に乗るだけよ?」
「忠実? それは違うわ。正直、私はこの訓練が何を意味するのかは分からないし、アナタと同じで、私は軍にも指揮官にも少なからず不信感を持っている」
その言葉に、全員驚きを隠せていなかった。
私は今までリーダーとして、軍の命令を確実に遂行し、規律を維持させる方向へ全員を導いてきた。そんな私が、一番の問題児であるベツガイと同じ様な事を言うのだから、尚更驚きだろう。
不安そうにする者、何とも言えない表情を浮かべる者、そして——探る様に思考を張り巡らせる者、様々な感情が入り乱れて交錯している。
なるほど、私は今までこの景色を見ようとしていなかった。
軍の規律の前では個々人の感情など、不要な物だと吐き捨ててきた。
それが一度、全員を注視して見れば——これが、指揮官の見ている景色なのだ。
「でもそれとコレとは別よ。負けっぱなしじゃいられないから」
私の言葉に、ベツガイは目を見開く。その様子に私は笑みを浮かべ、踵を返して出口へと向かう。
「Aチームは集まって作戦会議しましょ、二階の部屋を借りましょうか」
言いながら部屋を出ると、直ぐにパタパタとAチームの人員が追いかけてきた。
暫く歩いていると、
「アネちゃん。あのベツガイじゃないけど、指揮官からなんか言われたん?」
セレカは私よりもリーダーの素養がある。
しかし、彼女は私を信頼し、表立ってリーダーをする様な出しゃばる真似はせず、一歩引いて意見をくれる。頼れる相棒だ。
それが、今や憎きベツガイに敗北を重ね、私にもチームにも苛立ちを見せ始めていた。
「私はリーダーとして、ベツガイに負けるわけにはいかない。正々堂々、戦略で打ちまかしてやりたいのよ。それをやってこそ————アイツにギャフンと言わせれるでしょう?」
色々言ったが、私の意見は結局、状況をゼロに戻すという事だ。
セレカは暫く黙っていたが、諦めた様に息を吐いたあと苦笑する。
「まあ……その方が気分が良さそうやな」
セレカの言葉に、私は安堵した。
正直、彼女に尚も反対されればかなり面倒な事態になっていただろう。
教室に辿り着き、席を移動させて私達は円を作る。
さあ、会議が始まるという段階で、クスクスと笑い出す者が居た。
「何笑ろてんねん」
セレカが不快げに笑い出した人物を睨みつける。
対して、笑い出した張本人であるセノ・タネコは、呆けた顔でセレカを見つめ返していた。
正直不気味だ。何故このタイミングで彼女は笑い出したのか。
私は冷静さを保つ様に心がけたまま、セノさんに向き直った。
「セレカ、待って。セノさん?」
「何です?」
「何か面白い事でもあったの?」
私の問いに、彼女は思わずといった様に笑みを浮かべた。
「実はですね、試合中に面白い事をいっぱい考えてたのです」
面白い、こと?
それは作戦で、という事だろうか。
正直試合中でも呆けた時間が多すぎる戦力外な彼女が、一体何を考えていたのかは純粋に興味がある。
「聞かせて」
私が問うと、セノさんは考えていたという〝面白い事〟の全容を語り出す。
彼女の言葉を受け、暫く私たちは全員呆気にとられていた。
「それって……アリなん?」
「怒られるかも」
皆んなが口々に否定的な意見を口にした。私はその最中、一人思考を巡らす。
「いや……面白いわ。他にもっとない?セノさんだけでなくシトネとリタもアイディアがあれば」
「それを本当に実行するなら——」
シトネもそこで口を挟み出した。
正直、シトネやリタは積極性に欠け、競技には不向きだとさえ思っていた。
しかし——口には出さないだけで、ゲームに対しては非常に緻密で繊細な世界観を持っている。
そうだ、私は知っていたじゃないか。シトネはベツガイより天才で、リタは誰よりも私達を見ている。
セレカは私よりも豪胆で、リーダーに相応しいが私を慕い、有能なブレーンとして機能している。
セノさんは未知数だが、誰もが思い付かない作戦を発案した。
『お前が勝つことと、良いリーダーである事は別だ。そうすれば、勝利なんてのは勝手に近づいてくるぞ』
指揮官の言葉が脳裏に浮かんだ。良いリーダー、それが何を為すのかは結局分からなかった。
だが、その言葉で私の道筋は見えた気がした。
ベツガイは自身の知力と戦略をもって、強烈なワンマンを発揮するが、チームの個性を理解し、その有用性を高められるとは思えない。
私はその逆を行き——皆と導き出した戦略、各人の個性を最大発揮して、このゲームの勝利を掴む。
結局会議は白熱し、私達が部屋を出たのは消灯が少し過ぎた辺りだった。
△△
次の日。
昨日と同じ様に八時にジャージ姿でグラウンドに集合した私達は、整列して試合が始まるのを、今か今かと待ち侘びていた。
ダウンしたエンジニアさん達、呑気そうな指揮官、ピリピリした表情を浮かべるシノザキ伍長。
一つ違う事と言えば——この場所に集まったのが、私たちAチームだけという事だけか。
時計を見ながらイライラした様子のシノザキ伍長が、痺れを切らした様に口を開いた。
「キノトイ、Bチームはどうした?」
「営内にいます」
私の返答にシノザキ伍長は眉根を上げた。
「なに? 取締り役のお前が何故——」
「シノザキ」
咎める様なシノザキ伍長の次なる言葉を封じたのは、笑みを浮かべた指揮官だった。
「開始しろ」
その言葉に私達Aチームはさぞかしほくそ笑んでいた事だろう。
やはり——指揮官はよく分かっている。
「指揮官、まだBチームが……」
「全く、大した奴らだ。説明してやれ、キノトイ」
私は一歩前に出て、シノザキ伍長に説明を開始した。
「はい。Bチームは早朝、起床前にベッドに縛りつけました」
戦略的に優れているのはBチームである事は明白である。
まともにカチあっても勝てない。ならば、そもそもグラウンドに足を運ばせなければいい。
そんなセノさんのぶっ飛んだアイディアを採用したのだ。
ベツガイだけでなく、Bチームの面々は朝起きて、縛り付けられているさまを見て、カンカンに怒っていた。
流石に食事が食べれないのは可哀想だったから、部屋まで持っていって食べさせてはあげたが。
「素晴らしい、ナイスな作戦だ。よく気づいたな、このゲームの本質ってヤツを」
指揮官がパチパチと拍手をし、私達を称賛する。
対照的に、シノザキ伍長は驚きを隠せない様に目を見開いていた。
セレカも、昨日は指揮官を睨んでいたが、褒められたのが嬉しかったのかニヤリと笑みを浮かべていた。
「だがまあ、落とし所は必要だな。昨日の六敗はチャラだ。今からBチームを解放してゼロの状態で戦う、なんてのはどうだ?」
「構いません」
この展開をあらかじめ予想していた私達は素直に頷く。
ゼロ対ゼロ、これで点数的にはイーブンに持ち込めた。
後は——ここからが本番だ。
△
「アンタら絶対に許さない」
解放されたベツガイは屈辱と怒りを交えた様な真っ赤な顔を浮かべていた。
それもそのはずだ。人間、朝には必ず尿意を覚える。
しかし、私たちがベッドに括り付けていたため、Bチームはトイレに行けなかった。
しかもベツガイはBチームで唯一、トイレにかけこむ前に間に合わずにお漏らしをしてしまったのだ。
昨日はベツガイに若干反抗的だったBチームの面々も、ベツガイに哀れみを含んだ視線を送っていた。
今にも人を殺しそうなベツガイに私は少し怯えつつ、親指でセノさんを指す。
「アンタの友達の発案よ」
「タネコ!」
「やーい、サキちゃんのおもらし〜」
セノさんの言葉を受け、ベツガイはワナワナと肩を震わせていた。彼女はセノさんには何故か強く当たることが出来ない。
初めて見るベツガイの間抜けな表情に、私が思わず笑い出すと……殺気を帯びた目つきで睨み返してきた。
キョウコやミア、トキヨもベツガイ程では無いが、不満げな表情にAチームに対する戦意が募っていた。
「アンタら、覚悟は出来てるんでしょうね?」
「御託はいいわ。作戦で見せてよね」
「言ってなさい。直ぐに吠え面かかせてやるわ」
ベツガイが踵を返すと、Bチームの面々は戦意に満ちた表情で追従した。
どうやら、この一件で団結力を深めた様だ。
次戦からはもっと手強くなるだろう。
望むところだ——団結力を深めたのはBチームだけではない。
「皆んな、〝鳥籠〟作戦よ」
視線を向けずに私が告げると、全員が頷く気配があった。
私はそのまま審判役である指揮官の位置まで赴く。
「もう作戦会議は終わりか」
「はい」
「キノトイ」
呼び止められ、振り返ると——指揮官は少年のような無邪気な笑みを浮かべていた。
「何を見せてくれるかは知らないが、期待しているぞ」
「はい!」
期待している。その言葉を聞いた私は、思わず元気よく返事を返していた。
その時私は、この不思議な指揮官に初めて認められた。そんな気がしたのだ。
「それでは今から第七戦目に移行する。全員、自身の用いる全てを使用して勝利を掴め」
Bチームはどうやら防御に特化した陣形にシフトしたようだ。
ベツガイも大胆な事をした私達に少し警戒している様だった。
私はそれを見て……余りにも予想通りすぎて、思わず武者震いを起こしていた。
相手の主力を今までと違い、防御に徹する。コレは通常ならかなり手強い陣形だ、通常なら、だが——ああ、そうか。
これが戦略か、これが勝利か。
いや、まだ勝負は始まっていない。だが、私は勝利を予感した気配に快感を覚えていた。
コレは——癖になりそうだ。
「状況開始!」
指揮官が手を振り下ろすと同時に、私達はBチームのポストと反対方向へと体を向けた。
グラウンド中から、驚愕を意味するどよめきが聞こえてきた。
まだ驚いてもらっては困る。
「鳥籠陣形!」
私の言葉にAチームはポストの両側に立ち、力を合わせてグラウンド方向へと押し出す。
「キョウコ! トキヨ! 前進しなさい!」
察したベツガイが指示を飛ばすが、間に合わない。
そして——砂埃を上げながらポストは侵入路を塞ぐ様に、大きな音を立てて倒れた。
「入り口が——無くなっちゃった」
近くまで来たトキヨが足を止め、目を丸めながらそう呟いた。
私達は振り返る。驚愕に顔を引き攣らせたベツガイの姿がそこにはあった。
「まずは、一点ね」
私達Aチームの初めての勝利は、ゆっくりと歩みを進めて掴んだ。