16 _第十五話 蒼穹のフィールド
△△△△△タガキ・フミヤ視点
グラウンドに響くのは子供たちの騒がしい声。この一文だけならば、なんら違和感は存在しない。
しかし、それらは極めて緻密に計算された軍事的意図をもって行われている。
候補生である彼女らの即応性、戦術性の発育の為の疑似戦場プログラムだ。他の誰でもない、俺がもたらせた事象である。
俺は現在、最終試合となる〝理不尽サッカー〟を眺めつつ、不謹慎ながら感慨にふけっていた。
彼女ら——候補生達は試合を通じて、明らかに動きがよくなっていた。
自ら考えて戦術を練り、指示を出し、果てには各員が指揮者の意図を読んでアドリブ対応を見せたりもする。
お互いの弱点や長所などの特性を理解し、分析し、解析した結果。
正直、ここまで短期間で望み通りの結果をもたらせるとは思っていなかった。これも一重に、現場指揮者(リーダー)であるキノトイとベツガイの成長によるものだろう。お互い、複雑な心理的背景はあるようだが、良きライバルとして研鑽(けんさん)しあっている。
「ミシマ准尉」
シノザキが背後から声をかけてきた。
俺は視線をグラウンドに向けたまま応対した。
「なんだ?」
「この事態は……想定されていたのでしょうか?」
広い範囲の言葉だ。故に、聞き返すことにした。
「どれを指す?」
「……候補生達の、成長です」
成長、か。軍人である彼女と、一般人である俺の価値観には大きな壁が存在する。
そんな彼女にとって、候補生達のオーソドックスとは言い難い方式での成長の仕方はどう映っているのだろうか? 俺はそれを確かめておくことにした。
「お前の目に、彼女らの成長はどう映っている?」
「……良い傾向かと」
「そうか、それは良かった」
俺は内心、安心していた。尚も俺の訓練方針に異を唱えるなら、更迭もやむなしと思っていたからだ。
シノザキは候補生達と同性だし、信頼も厚い。なるべく重宝して登用することが最善だと思っていたからな。
ふと、胸元に仕込んでいた携帯が震えた。俺はディスプレイを確認し、ため息を吐いた。
「シノザキ、あとは任せた。ちょっと電話してくる」
「了解しました」
俺は後ろ髪をひかれながらも、速やかにグランドを離れることにした。
直後、歓声が響いてくる。
どちらかが勝利したのだろう。
△△△△
着信者は叔父だった。ディスプレイの着信履歴には、狸オヤジのくせにいつも通り〝ウサギさん〟と表示されていた。
リコールして数秒、叔父が電話に出た。
「もしも————」
『悪いが本題から入るぞ』
いちいち感情を逆なでしてくる奴だ。悪意を込めた呪詛を浮かべ、黙って話を聞くことにした。
『ちょっとゴタゴタしててな。暫く連絡はできんし、そちらからもしてくるな』
叔父の周辺では、恐らく慌ただしい雑多なオフィスであろう喧噪が響いていた。
俺はもちろん、それを聞いて一瞬で顔をしかめた。
「はあ? 何があったんだよ」
『悪いが答えている暇もないんだ。しばらくはそっちでなんとかやってくれ。ああ、予算は使い切る方向で頼むわ』
まずい状況——それに、予算を使いきれだと?
着任時にもらった通帳には、偽装会社名義で三億程入っていたはず。
何だか不安になるワードばかり寄越してきやがるな、コイツは。三億を使いきれだって……何だか証拠隠滅しておけ、とも聞こえる。
コイツ……一人だけしっぽ巻いて高飛びとかしやがらないだろうな。
「あのなあ、こっちにだって都合が——」
「じゃ、まあうまく頼むわ」
ぷつっと電話が消える
校舎の薄暗い隅っこで、ちっぽけなCO2が漏れ出た。
それが世界に対して、どれほどの影響を及ぼすのだろうか。
考えるまでもなく、俺は自室へと向かっていた。
△△△
その日の深夜、子供たちも寝静まって静寂の訪れた校舎内。
俺はミシマ准尉の手記を最後まで読み終えていた。読了後の感想は、感嘆にまみれた息が漏れたと言えば、その内容が称賛に価するに足りるのはご想像頂けるだろう。
電光中隊を指揮するハズだった、〝ミシマ・アサヒ〟黒亜皇国軍准尉。
彼のFRC地域の視察は、途轍も無く有益な情報をもたらせていたことは明らかだ。宇宙人が活用するロボット兵器の特徴、その有用性、そして弱点と思しき情報まで、事詳細に書かれていた。
戦地で書いたにしては筆跡は単調で、抑揚は無く、分かりやすい。非常に冷静で知己に長け、意欲的な人物であったことがうかがえる。
この人物が尻尾を巻いて逃げ出したのは何かの間違いではないか、そうとまで言えるほどの代物だった。
俺が特に注目したのは、とある事例を示したものだった。欧州のとある地域、戦況が悪化して司令部が散った末期的状況での一幕だ。
ミシマ准尉はその激動の数週間を、淡々と、そして明確にとらえていた。
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【一九八五年 一月八日 火曜日】 快晴
宇宙人のロボット兵器——通称、〝エルフライド〟は、旧大戦で用いられた高射砲による直撃弾を偶然食らい、一機が墜落。
調査チームが現場に急行し、解析作業を行った。
しかし、外的損傷はなく、一見したら高射砲の直撃による墜落ではない可能性も浮上した。だが、弾痕を示す煤が付着していたことにより、その仮説がとりあえず立証された。
その後、一時間近く調査を行っている状況で、エルフライドは突如覚醒し、活動を再開。その場にいた軍服を着た軍人と義勇兵はエルフライドの手にもっていた熱線兵器によって死亡。
非武装の研究員らや武装解除した軍服を着ていない軍人には一瞥をくれた後、何もせず飛び立っていった。
その際——エルフライドが飛行を開始した直後、持ち合わせた電子機材は故障。記録は研究員と非武装の軍人の目撃情報のみで構成された。
この出来事は〝スリーピング・エルフ事件〟と名付けられ、その名の通り、エルフライドの搭乗者による気まぐれなお昼寝模様をとらえた事件と受け止められている。
しかし、この事件は今後の戦争で、エルフライドに対抗しうる大きな材料となる——そんな気がしてならないのは、軍人としての勘であろうか。
それとも希望を求める一人の人間としての傲慢な推察なのだろうか。その答えが分かるのが、人類から軍服を着た人間が消え去った後でないことを、今は祈ろうと思う。
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【一九八五年 一月十六日 水曜日】 小雨
滞在していたミレン共和国が降伏を宣言。
最大野党は即時停戦をして被害を最小限化できなかった与党を激しく追及。政権交代は秒読みと推察され、政権交代後は宇宙人の再襲撃を恐れた野党が各国の観戦武官の国外追放を行うのは明白であり、仲良くなった武官と共に大使館で撤収する準備を進めていた。
そんな情勢の最中、〝オーストン地方〟の、とある田舎村で複数のエルフライドが墜落しているのが現地民の通報によって確認された。
滞在していた各国の観戦武官と一緒に現場に急行。反軍勢力の少ない地域であった為、現場の保管は珍しく完璧な状態であった。
そのうち数機がハッチを開放しており、乗っていた宇宙人と思しき搭乗者の死亡が確認される。原因は不明とされたが、合衆国の観戦武官は当時の天候状況をしきりに確認していた。
エルフライドの影響で危機に不具合が多発し、天候予想が難しく、当時の記録も残っていなかったが、住民により、激しい雷雨が続いていたことが判明。合衆国観戦武官らは、エルフライドの弱点について、雷が影響したとされる仮説が取り沙汰されていた。
〝閃光〟や〝音〟、〝衝撃〟が関連している可能性について話していた。
〝スリーピング・エルフ事件〟も、高射砲による徹甲弾の直撃の際に発した音によって、パイロットである宇宙人が意識喪失していたとされるという結論だ。
他国の武官らは、未知の宇宙兵器がそんな欠陥を抱えているとは考えづらいとその仮説を一蹴していた。
しかし、今までの事例からして、その説は大いに議論の余地があると考えている。
それらが実証されれば、大きな対抗手段となり得るのは明白だ。我々は慎重にこの件を検討し、判断しなければならないだろう。
宇宙人を恐れた野党の妨害で、エルフライドの鹵獲は叶わなかったが、合衆国は別ルートから秘密裏にどこかでエルフライドを鹵獲したと噂されている。
もしそれが本当ならば、皇国軍人として考えるのならば脅威ととらえるべきであろう。
しかし〝人類〟として考えるのならば——合衆国人だろうが同じ人類が唯一の対抗手段を得た。
それを希望の光だろ思うことはおかしくないことだと、思う。
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その後は数ページにわたってエルフライドの弱点について考察されていた。
結論はやはり、エルフライドに対して有効なものは【音】【閃光】【衝撃】だと書かれている。
あくまで仮説、仮説だ。しかし、それを俺は検証出来る。
エルフライドは——俺の手札にあるのだ。キノトイらが乗って検証させることで、実証可能だ。
しかし、それに対する弊害——彼女らに後遺症等をもたらす可能性がある。
あまつさえショックによる死の危険だって——。
人の命の責任を負うのは嫌だ。
そんな陳腐な言葉が浮かんだ。俺の手の中には現在、他国の軍人含め十八名の命が握られている。
俺の決断が、彼ら、彼女らの生命に関わっている。予定通り裏切ることになれば、阻止しようとするシノザキらと拳を交えるかもしれない。
そうなれば何人かは確実に死ぬだろう。超兵器相手に屈しなかった奴らだ、死ぬまで戦うに違いない。
そんな彼らのことを——俺は以前は馬鹿にしていたし、軽蔑していた。
だが、今の印象は——印象、は……。
手記にある通り、ミレンでは最大野党が勝利した。 軍排斥派は世界中に勢力を拡大している。
勝てない戦争を戦うことは、悪だとされている。
俺もそう、思う。無駄に命を散らすだけだ。
なぜ、そんなことをしなければならない。
しかし——その意見には一つ重要なことが抜け落ちている。
宇宙人が軍を消し去った後、何を望むのか。それが分からないのだ。
もしかしたら家畜化され、奴隷とされるのかもしれない。
もしかしたらそのまま地球を去り、悠久の平和が訪れるのかもしれない。
もしかしたら全員殺され、新たな統治者が幅を利かせるのかもしれない。
もしかしたら————————。
もしかしたら————。
もしかしたらー。
考えれば考えるほど、可能性は浮上する。
しかし、それはあくまで可能性だ。宇宙人は語りかけてこないし、語りにも応じない。
何をなして、何をすればいいか。それが誰もわからない。
だから、それぞれが勝手に動いている。自身の可能性で導きだした結論を恐れている。
そうなれば軍排斥派も、徹底抗戦派も同じだ。
重要なのは——。
「俺が何を成すか」
気づけば立ち上がり、部屋の隅にある大きな鏡の前に立っていた。
その男は軍服ではなく、学生が好みそうなジャージを身に着けている。
「じゃあ、俺は誰だ?」
また、口から言葉が漏れ出ていた。
そう、俺は誰なのだ。電光中隊に求められているのは、ミシマ准尉だ。
タガキ・フミヤではない。
意識しているつもりはなかったが、俺は会ったこともないミシマを演じていたらしい。
いつの間に被っていた仮面は、軍が待つ運命に対する悲哀と、同情と、礼賛を含んでいた。
当初画策した裏切り——考えれば考えるほど粗が出てくる。
結局、エルフライドに乗ってしまえば、軍から逃げおおせたとして、宇宙人どもから攻撃を受けるかもしれない。
だが、逃げるとすればエルフライドは必須だ。ここにエルフライドを置いていけば、また新たな犠牲者が生まれる。
そして逃げるとして——一番の問題は別にある。
候補生達、彼女ら自身がそれを同意するのか。
「ああ……チクショウ……」
気づけば、その場に崩れ落ちていた。
「とにかく、とにかくだ……」
まずは、今やれることをやるしかない。みんな、みんなそれは同じなのだ。
自分の思う事をやるしか、それしか方法はないのだ。
俺は再び執務机に座る。ノートに書きだしていくのは、これからの訓練方針と——。
対、エルフライド用の戦術だった。
熱線銃を持つ敵に対し、こちらで用意できると言えば弓くらいだ。
しかし、ただの弓では無い。矢の先端には衝撃、閃光、音の発生する装置を付ける。
「閃光……。閃光弾(フラッシュバン)が望ましい……よ、な。やっぱり……」
マグネシウムを炸薬とすれば熱反応で強烈な閃光と音が発生する。
今から分量を考えて試行錯誤で作るのは不可能だな。これくらいは軍に協力させて用意させないといけない。
それらを装着すれば重量が出る。どでかい弓で引いても真っすぐは飛ばないことは明白だ。
ならば——。
「真上をとってからの垂直落下——」
ペンをおもちゃ遊びのように机上で操作する。
おおよそ、まともとは言えない戦術に、思わず自嘲気な笑みがこぼれる。
足りない。何もかもが足りない。軍からの協力も、手札も、時間も。
ふと、世界地図を取り出してみた。
伝令のニシモト経由で軍から提示された宇宙船との距離は、直線にして七千キロ程。
百日後、最後の反攻作戦とやらが行われるとして、飛んでいかなければならない距離だ。
〝エルフライド〟が時速何キロで飛べるのかも分からないが、時速五百キロで飛んだとしても相当時間がかかる。
航続距離的に、長距離フライトは免れないだろう。
「無茶だ、小学生だぞ……一昼夜休まず飛んで行けってか」
行くとするならば、海軍の協力が急務だ。エルフライドも、飛行行動さえしなければ電磁波が発生することは無い。
陸路で輸送、海軍の船に積み込んでそのまま海路で太平洋の宇宙船近くへ。
だが——中途で襲撃を受けたら?
船はぶっ壊れて太平洋上で幽霊船に早変わりだ。動かない的を敵がほっとくとは思わない。
何百人、下手したら何千人死ぬだろうな。
合衆国がそもそもどうするつもりなのかも不明だ。
上層部は話し合っているのか知らないが、現場が何も知らない、なんて論外だろう。
連携を実戦で取り合うことも不可能だ。奴らは奴らで独自に動くのかもしれない。
最悪、囮として使われる可能性もある。
だとしても——だとしてもだ。裏切るにしても、戦うにしても。
指揮官として、俺は全ての状況に対応できるように——。
「ふっ……指揮官か」
彼女ら、候補生達の主戦場となるのは蒼穹のフィールドだ。
逃げようにも、逃げ場はない。だが——それは、俺も同じだった。
△△
「お前らが生まれるより百年以上前の話だ」
何の因果か——とは、もう言うまい。
木造教室のくたびれた教壇に上がっていた。
目の前にはカラフルなジャージに身を包んだ九名の少女達。
彼女らは思い思いの表情を浮かべ、背もたれがひび割れた学校椅子に腰掛けていた。
今日は世の社会人達が浮かれる華の金曜日。
二回目の休日を迎える前に、候補生達に軽く座学の講義を施している。
俺はチョークを小気味良く鳴らしながら、黒板に二つの円を描く。
「とある国家と国家が対立し、戦争をした。血で血を洗う戦争だ。お互いに死力を尽くし、色々な勝ち筋を探る事になる」
赤と白のチョークを駆使し、東西に分かれた世界を表現した。
途端に、間抜けなアンケート回答を読んだ時の様な、何とも言えない気分になった。
いまや宇宙より来訪した侵略者達が地球上、全ての軍を滅さんと鋭意活躍中だ。
皮肉な事に、人類同士の争いの種は芽が生える前に、根本から摘まれていっている。
まあ、今は関係の無い話だ。
「そうなると、とんでもない人材が現れ、とんでもない兵器が生まれた。一瞬で何百人、何万人をも葬りさる、悪魔の兵器を作ってしまったんだ。互いの国はそれを敵陣に向け、暫く睨み合った後、戦うのを辞めた。お互いにその悪魔の兵器を使えば無傷では済まない。互いに納得出来うる範囲の落としどころを決めて、それで辞めにした。さて、今の話を聞いてお前ら、何か気づくところは無いか?」
キノトイに視線を向けると、彼女は唾を飲み込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「私達の————えっと、していた試合と、似ています」
「その通りだ」
孤児院で軟禁状態にあった彼女らは、世界史全般どころか、一般人が何をしているかすら知らなかった。
そんな状況にも関わらず、彼女らは〝理不尽サッカー〟を通して、世界史を再現するかの様な動きを見せたのだ。
策を巡らし、通用しなくなれば別の手を講じる。戦時国際法に抵触しないよう慎重に、時には大胆に行動する。
さながら戦争中に国家間が兵器の開発合戦をするかの如く、謀略を巡らした彼女らの試合は、非常に見応えがあった。
「結論、人は愚かだ。どうしようも無いほどに、失敗し、争い、深手を負ってなお、同じことを繰り返す。理由は簡単だ、誰もが同じ経験をする訳では無い。たとえ人類の歴史に刻まれようと、百年経てば誰にとっても初めての経験になる」
言いながら周囲を伺う。彼女らは一様に、複雑な面持ちへと表情筋をシフトさせていた。
別に少女達を使って、歴史再現の如く神様ごっこをしたかったわけではない。
味方の技能や能力を全力に引き出し、敵役の兆候や個癖に関してまで策定する状況を演出したかたっただけだ。
今回の擬似戦争はかなり彼女らに好影響を与えたと思う。
「つまり、君らは良い経験をしたという事だ。その経験はエルフライド搭乗時に活かされる事だろう」
なんとなしに言った俺の発言に、空気がピリリッと張り詰める感触があった。
俺は候補生達の表情を伺う。
その顔には緊張感が漂っていた。
未知なる兵器に搭乗する事への不安か、はたまた————。
「あの……」
珍しく手を上げて質問してきたのは候補生達の中でも臆病な印象のあるユタ・ミアだった。
彼女はおずおずといった様に手を振るわせながら高く上げていた。
「なんだユタ?」
「その、エルフライドには——いつ乗るんですか?」
「週明けだ。といっても本格的な訓練では無い。あくまで試験的な搭乗だ」
途端に影を落とした様に暗くなる候補生達。
……宇宙の超兵器だ。何が起こるか分からない。そりゃ、怖いよな。
そして、こんな士気でエルフライドなる未知の兵器に搭乗すれば怪我では済まないだろう。
「君らに聞いておきたい事がある」
俺が切り出すと、彼女らは顔を上げた。
「君らは今現在、未だに搭乗する意志はあるか? 宇宙人の兵器をそのまま流用する訳だ、人体にどんな影響があるかは正直分からない。最悪、死に至る可能性も否定できない。エルフライドは分からない事だらけだ。乗りたくないならいつでも申し出ろ」
俺の発言に、候補生達は驚きを浮かべていた。
反抗的なベツガイ珍しく手を上げた。
「乗らないでいい……選択肢があるんですか?」
「ああ、別に乗りたく無いなら乗らなくていい。咎める事もしない。君らが嫌なら無理に乗らせない」
「そうしたら——私たちはどうなるんですか?」
今度はキノトイが質問する。
「一般に養子として出される事になるだろう。心配するな、孤児院長の様な人間に君らを渡す事は絶対にしない。責任をもって、良識ある家庭に君達を保護する様に動く。万が一何かあっても、手段を講じる手筈は整えるのは約束しよう」
「私たちは——ッ」
キノトイが勢いよく立ち上がる。
「一緒に、いられますか?」
暫く、静寂が支配した。このまま黙っていれば何時間でも時は止まったままだっただろう。
俺はムカムカとしだした胃をおさながら返答をした。
「それは難しいだろう。仮に——」
「私たちは、一緒に居たいんです」
そうだろうな——面談の時からそれは分かり切っていた事だ。
彼女らにとって、家族である孤児院組は離れ離れになるという選択肢をとらない。
たとえ、命尽きる軍に身を置こうと——。
「もしこんなご時世じゃなきゃ俺が面倒見てやりたいが……俺たち軍は最悪無くなるかもしれん。後のことは後任に任せるが————保証はしかねる」
言うと、一層候補生達に影が差した様に感じた。
「全員、良く考えろ。明日、明後日は休みだ。体を休めつつ、しっかり自分たちの将来を決めろ。どんな結果になろうが、それはそれで良いんだ。それが人生ってものだからな」
候補生達には本日は解散だと告げて、俺は教室を後にした。
△
気づけば陽は傾き、夕暮れ時の淡い光が窓から差し込んでいた。
三時間、いや、四時間以上か? その間、俺は執務室に篭もってミシマの手記を広げ、新たな訓練計画を練っていた。
各人の個癖を考慮したエルフライドの隊形(フォーメーション)の立案。
こんなもの、彼女らが軍を拒否すれば無用の長物だ。だが、俺はひたすらにペンを走らせていた。
彼女らが軍を辞めると言えば全て丸く治る? 俺は晴れて任務を終了し、子供達を戦場に送る事はなくなる。
いや、そんな甘くは無い。分かっている。分かっているのだ。
『乗りたくないなら、乗らなくていい』
ああは言ってみたものの、それを軍が許すとは思えない。
後任が送られてくる、もしくは任務を強制されると考えるのがベターだ。
そうなれば俺は指揮官として不適格のレッテルを貼られて更迭されるか、秘密保持の為に拘束される運命になるだろう。
そうすれば被害者が、すり変わるだけだ。
場合によっては現在の候補生達も割を食う羽目になる。
軍による制裁——それが実行されれば、現状戦力では対抗できない。味方も少ない。
軍と対立してまで、電光中隊の大人組が俺に付き従うとも思えない。敵側に回ると考えて、妥当だろう。
頼りになるのは——現状では司令官である叔父だけだ。
叔父が公安警察と何か繋がりがあるのは前回の電話で確認している。
公安は国家犯罪に携わる人間の捜査を行う、警察の秘蔵っ子機関だ。現在の情勢化において、軍と警察は対立構造がある筈。
なのに繋がりがある。これは、叔父が公安と軍部をつなぐパイプライン役を担っている可能性が大だ。それも、相当危ない橋を渡っているに違いない。
最悪の場合、エルフライドと一緒に警察機関に亡命出来ないだろうか?
軍のエルフライドは人地を超えた、世界のパワーバランスさえ変えうる圧倒的な兵器だ。叔父と公安が通じているのならば、警察機関はエルフライド部隊の存在を認知している筈。
軍が宇宙人との戦争に勝利を収めれば、目の敵にしていた警察機関や国民達に矛先を向け、軍政を敷く事を恐怖するのは当然だろう。
エルフライド部隊ごと警察機関に亡命を考えていると打診すれば、警察は飛びつく——かもしれない。
分からない、実際は宇宙人の反感を買うことを恐れて見捨てられる可能性だって——。
それに、それをするにしても、候補生達のエルフライド操縦技術がある程度の練度は必要になってくる。
結局彼女達にエルフライドに乗ってもらわなければ困るのは、俺だ。
俺はあんな事を言っておいて、彼女達にエルフライドに乗る選択をする事を期待している。だから今になってあんな事を言い出したのだ。
懐柔するために休日を設け、指揮官らしく振る舞い、彼女達にとって俺がプラスに働く様に演出して、誘導してきた。
全ては身体にどんな影響を及ぼすかもしれないエルフライドに乗らせるために——。
気づけば、握りしめていたボールペンは半分に折れてプラスチック部分が紙面に砕け散っていた。
コンコンッと。不意に扉をノックする音が鳴った。
元はペンだったプラスチックの残骸をゴミ箱に放り捨て、どうぞ、と促すと。
シノザキが湯気だったコーヒーを片手に部屋へと入ってきた。コトリッと、置かれたカップをすかさず口元に運ぶ。
恥ずかしくなるほどに馬鹿らしいが、この苦い液体を飲むことすら俺にとっては罰に感じていた。
「いつもすまんな。ありがとう」
「……いえ、失礼します」
俺はそのまま退室しようとするシノザキを呼び止めた。
「まて、何か言いたい事は無いのか?」
あの時、一番に異を唱えるのはシノザキだと思っていたが……彼女は何も言わなかった。
俺はてっきり、胸ぐらを掴まれて糾弾されるのとばかり思っていた。
しかし、彼女の返答は——。
「……特にはありません」
「候補生達への発言は不適切だったとは考えないのか?」
「乗りたくない者を無理やり乗せても作戦に影響しますからそれに——」
シノザキが最後まで言いかけた時。またもやノックの音が響いた。
「入れ」
言うと、キノトイがぞろぞろと候補生達を引き連れ、部屋へと入ってきた。ベツガイやセノの姿は見えない。
シノザキは一歩下がり、俺の背後に控える。
先頭にいたキノトイは、俺の目をまっすぐ見ながら口を開いた。
「指揮官……私たちの話を聞いてくれますか?」
「なんだ?」
「私たちはエルフライドに搭乗し、宇宙人と戦いたいです」
俺は内心安堵した自分を恥じていた。同時に、自身が演じる指揮官としての仮面の影響か、喜ばしくも思っていた。
死地に赴く兵士の勇猛さを讃える様な、歪んだ高揚感を覚えた事に吐き気すらする。
「生きてさえいればお前らはいずれ再開出来る。だとしても、か?」
「はい、私たちはずっと一緒に居ると誓ったんです」
彼女達は知らない。
一般家庭に孤児院長の様な人間が少数派である事を。
彼女達は知らない。
普通の子供達がどんな生活をして、どんな夢を見ているかを。
彼女達は知らない。
俺という人間が何者で、何を成そうとしているかを。
「分かった、きみらの覚悟をしかと受け取った。喜ばしく思う。とにかく、戦いはまだ先だ。今は明日の休日の事を考えておけ」
だが、それを俺は教えない。都合が悪いからだ。外出時に俺は、一般人をよく見ておけと口が酸っぱくなるくらい伝えている。
しかし、それでは分からない、分かるわけがない。彼女達にとって、外の世界なんざ虚構に等しい。
安堵した顔で頷いた候補生達が、ゾロゾロ部屋から出ていく。すると、それを静かに見送っていたシノザキがポツリと口を開いた。
「候補生達ならば、その選択をとると思っていました。私が着任した時と比べ、彼女らは着実に成長しています。軍人としても、人間としても。眩しいですよ、アイツらの事が」
シノザキは背を見せたまま、ドアノブに手をかけた。
「私は……何も変われていません」
扉がパタリと閉まる。部屋で一人、机に顔を伏せる。
変われていない、か。俺は変わったよ。
少なくとも良い方向で無いことは確かだ。
そんなつもりは無いにしろ、子供達を死地に送る決意をさせる様に誘導した。
彼女達は俺が軍を裏切り、彼女らに唯一の生き残る道を示した時——。
果たしてそれを承諾するのだろうか?
分からない。まだ、彼女らとは関係が浅すぎる。
彼女らは……俺は胃から込み上げるものを机にぶちまけた。
訓練計画を咄嗟に避けた事すら、もどかしく思いながらぶちまけた。食道からは絶え間なく熱いものが込み上げた。
これが罰ならば、安すぎる。
俺は頬を二度強く叩き、叫び声を上げたくなるのを必死に堪えた。
吐瀉物を片付け、綺麗に拭いた机上で再び紙面にペンを入れ始める。
構うものか。
そうだ、俺は子供達を守るためなら悪魔にでも何でもなってやる。目の前の偽善をやり遂げる。そう、固く決意した。
……それから何時間が経過しただろうか。
暗くなった室内で、ランタンの灯りを頼りにようやく完成間近の運用計画の締めに取り掛かっていた時だ。
「ミシマ准尉、起きておられますか」
ノックは無く、珍しく慌てた様なシノザキの声が扉奥からした。
「入れ」
勢いよく扉を開けたシノザキの背後で、キノトイが真っ青な顔色を浮かべているのが目に入った。
「どうした?」
そう問うと、シノザキは無表情のまま、
「ユタ・ミアが、訓練所を脱走しました」