第十六話 脱走兵

△△△△△タガキ・フミヤ視点 「確かか?」 「その可能性が高いかと」  事の顛末を尋ねる。  候補生の一人であるハブ・キョウコがトイレに起きた時、ユタ・ミアがベッドから居なくなっているのに気がついたそうだ。  皆んなを起こして辺りを捜索すると、体育館横にある旧正規道路に走り行くユタと思しき影が見えたのだとか。  慌てて追いかけようとしたが、まずは上に相談した方が良いという結論になり、仲間を全員起こしてシノザキに報告した——か。  しかし、よりによって旧正規道路か。今は土砂崩れを起こしていて道路が塞がり、急勾配になっていて足場が悪い。滑り落ちれば崖へと真っ逆様だ。  俺はシノザキに命じて、主要道路を警戒する人員を二名、呼び寄せた。一名は待機要員だ。  仮に候補生達の証言が嘘で、共謀犯であるならば、全員呼び寄せた拍子に隠れていたユタがしめしめと主要道路を通り抜ける————なんて事があるかもしれない。  考えすぎだとは思いたいが。  そうこう思考を巡らせていると、背後の窓を叩きだした雨粒の気配があった。  土砂崩れ跡地に、雨。ユタが急性期道路を通過している最中だとすれば、最悪のダブルパンチだ。事態は一刻も争うだろう。  警備人員のシミズとトドロキが慌ててやってきたので、旧正規道路に候補生が通過している可能性があるとして、無線機を持って追跡するよう命じた。  居なくなったと思しき時間は一時七分頃、追跡班二人組のハンターを放ったのは一時十五分。  本当に旧正規道路を通過しているのならば、小学六年生の女の子が山のプロである兵士の追跡からは逃れられない筈だ。  とりあえず俺は全員を起こし、状況把握の為にライトアップした体育館でユタ・ミア捜索本部を設置した。  より状況を把握するため、ホワイトボードに地図を用意したりして忙しなく動いていた時。 「ミシマ准尉」  シノザキが無線機片手に無表情で、 「ユタ・ミアを発見し、捕縛したと捜索隊から報告がありました」  そう告げた。捜索本部を設置してから五分。  脱走騒ぎは、肩透かしなくらい呆気のない幕引きとなった。  外を見やれば、雨は強さを増し、ザーザーと嫌味のように降りしきっていた。     △△△△  数十分後、ずぶ濡れであちこちに傷を負ったユタが涙を浮かべ、シミズとトドロキに手を引かれながら登場した。  深夜に叩き起こされた全員の視線を受けながら、彼女は俺の前に立たされる。  その心境は想像を絶する——わけでも無いか。  その顔には深い絶望、悲しみ、怒り。様々な感情が渦巻いていた。  全員はユタの前に立つ俺の動向を注視している——さて、何から言ったものかね。  俺が口を開きかけた瞬間——。 「このッ!! 裏切り者!!」    キノトイが半狂乱となってユタに掴みかかった。  シミズが咄嗟に動き、それをすんでの所で止める。候補生達もそれに加わり、キノトイをおさえつけるが——。  押さえつけた候補生達も、子供とは思えない眼差しをユタに送っていた。  例外と言えばセノとベツガイ、シトネだけだ。  セノはぼんやりとそれを眺め、ベツガイは緊張した様に額に汗を浮かべ、シトネに至っては冷めた様な表情を送っていた。   「アンタなんか仲間じゃ無い!! 裏切り者!! 裏切り者!! 裏切り者!! うわあぁぁ!!」    そう言って狂った様に叫び出すキノトイ。  優等生だった彼女の感情剥き出しの絶叫に、周囲の大人組は愕然とした面持ちを浮かべていた。  ユタはというと——。 「ぅ、ぅぅ————」  頭を抱え、うずくまり、小さく呻き出す。まるで全ての糸が切れた人形の様に、その場でピクリとも動かなくなった。  泣くでもなく、喚くでもなく、壊れた様に呻くだけだ。  この状況は——まずいな。 「全員、聞け!!」  俺がそこで初めて声を張り上げると、静寂がその場を支配した。 「今日はもう遅い、話は明日だ。もう寝ろ、今すぐ寝ろ。一分以内に体育館から去れ、さあ早く」  そう告げて、無理やり全員を寝床に差し向けた。  キノトイが尚も騒いでいたが、無表情のシノザキに小脇に抱えられて連れ去られて行った。  残されたのは俺とユタ、状況を把握していない困惑した様子のエンジニア達だけだ。 「あの、准尉?」  エマが心配そうに背後から声を浴びせてきた。 「その子、びしょ濡れじゃないですか。タオル持ってきましょうか?」 「ああ、悪いが替えの服も頼む。あと、なんかスープ系は無いか?」 「それならスティックのヤツが何本か」  ライアンがそう口にするなり、奥に消えていった。   「ああ、すっかり目が冴えたぜ」  トビーは何やらギターを持ちだし、キャンプ椅子を近くに寄せてチューニングをしだす。  何か気晴らしに弾いてくれるつもりなのだろうか?  無作法に見えて、エンジニア達は皆んな気が利く良い奴らだ。 「何事です?」  チューニングを終えたトビーがポロンポロンと音色を奏でながら聞いてきた。 「脱走だよ。候補生のリーダーが叫んでのたうち回っていたのは裏切り者、って言ってたんだ」  言うと、トビーは顔を顰めながら指を止めた。 「軍人として、それは許されないことです」 「そうだな」 「けど、彼女はまだ子供だ」  音色を再び奏でながら、トビーは続けた。   「誰が彼女を咎められる?」  その言葉に反応したのは、タオルを持って現れたエマだった。 「それは軍よ」  俺とトビーが顔を上げると、エマはわしゃわしゃとユタの頭を拭きながら続けた。 「彼女達は自分達で決断してここにいるのよ? 逃げる者は仲間に殺されても文句は言えない」  殺されても——か。いつも明るい彼女らしからぬ、強い表現だった。 「現場を知らない子供が、戦場に憧れを抱く事はよくあることだ」    対照的に、トビーは軽薄な態度を変えない。  そんな彼に、エマは苛立ちを隠せない様子だった。 「だとしても、よ。大いなる選択は大いなる責任が付き纏う。免罪される者はいない、あってはならない。軍に所属するのならば大人も子供も老人も、関係ないわ」 「おいおい、手厳しいな」 「私の姪はエルフライド候補生として軍に志願した」  エマの衝撃的な発言には驚いた。トビーも知らなかったのか、驚愕に顔を歪める。  合衆国では、エルフライドのパイロット要員は軍関係の家庭からも選抜されていたとは聞いていたが——まさかエマの姪が参加していたとは。 「姪が戦場から逃げ出すようなことがあれば、私は迷わず更迭する。敵に尻尾を振るなら銃弾を浴びせる。じゃないと、国を守った過去の英雄達に顔向けできないもの」  強い口調での言葉だ。それだけで、彼女の覚悟が見てとれた。  おちゃらけた様な態度を見せる時があった彼女だが、最後は軍人としてきちんと責務は果たすつもりなのだ。  それにしても——裏切り者、か。 「俺のケツは撃ち抜かないでくれよ、一等軍曹殿。トイレに駆け込もうとしてるだけかもしれないからな」  絶妙なタイミングで、ライアンがマグカップ片手に現れた。  うずくまるミアの前でしゃがみ、コトリと側にマグカップを置く。   「ほら、スープだ」  ライアンが言うが、ミアはピクリとも動かない。彼が発したのが合衆国語だから、と言うわけではない。  スープの匂いがして、声をかけられたら誰でも察しがつく。  ライアンは暫くミアを見下ろした後、立ち上がって奥に消えていった。奥の部屋からは微かにコーヒーの匂いがする。俺たちにも何か淹れてくれているのだろう。 「ミア、ライアンがスープを持ってきてくれた。飲め、落ち着くぞ」  肩を揺さぶっても、何の反応も示さなかった。  亀の様に疼くまり、ひたすらに呻き声をあげている。疾患を抱えた精神患者を見ている様だった。  ——これ以上、ここでエンジニア達と彼女を見守るのは得策じゃないな。 「傘あるか?」  外はザーザー降りの雨だ。グラウンドを挟んでの隊舎に行くまでにびしょ濡れになる事は必須である。 「ポンチョならありますけど」 「それでいい、後で返そう」    俺はエマから受けとった合衆国兵のポンチョをユタにだけ被せ、おもちゃの様に肩に担ぐ。 「邪魔したな、夜中に叩き起こして悪かった」  俺は出口へと向かいながらそう告げた。     △△△  執務室に戻ってきた。  ユタからポンチョを外し、タオルで濡れている部分を優しく拭き取ってやる。彼女は抵抗する事もなく、されるがままだった。  ——服も着替えさせないといけないな。  彼女は土砂降りの雨の中、足場の悪い道をひたすら進んでいた。泥水に浸かった後もあるし、何度も足を滑らして転んだのだろう。体力的にも疲れているだろうし、着替えさせて早く休ませないといけない。  そう思った絶妙なタイミングで、替えの服を持ったシノザキが部屋に現れた。 「ミシマ准尉、ユタの着替えをお持ちしました」 「よし、着替えさせてやってくれ」    彼女は幼いながらも立派なレディだ。ここは貴重な女性部下に任せるとしよう。  部屋を出て、廊下で暫く待つことにした。廊下の窓から、グラウンドを挟んだ先にある体育館の方向へと目を向ける。  常夜灯ではなく、工場内で使用する強い白い光が小窓から漏れていた。まだ起きているのか。  目が冴えたと言っていたトビーがギターでも弾いているのだろうか? 『誰が彼女を咎められる?』    トビーの言葉が脳裏に浮かんだ。確かに、誰が彼女を咎められるというのだ。  俺は十二歳の頃に何をしていた? 精々お袋の作るメシにケチをつけるくらいだろう。  ユタの絶望した表情も思い出す。  思わず自分の理性を保つ為に自嘲げな笑みがでた。  彼女の姿は——俺の未来の姿だ。  俺は子供じゃない。一体どうやって軍部の連中——元部下達に咎められることになるやら。   『それは軍部よ』  エマの言葉が浮かび、部下達から差し向けられるであろう非難をイメージした最中。  執務室の扉を少しだけ開け、シノザキが顔を覗かせた。 「終わりました」 「そうか」  部屋に入ると、俯いたユタがソファへと腰かけていた。  表情は暗く沈み、子供とは思えない絶望感にうちひしがれていた。その様相を見れば、どんな間抜けでも、彼女が手頃な高所を見つければ直ぐにでも飛び降りる事は察しがつく。 「私が朝まで監視します」     シノザキが言ってくれたが、俺は首を横に振った。今は……他の候補生達にも監視の目は置いておきたい。    「俺が見る。シノザキは他の候補生を見ていてくれ。悪いが今日は寝ずの番をしてもらうぞ」 「ユタの処遇はどうなさいます?」 「俺が見る」 「宜しいのですか?」  彼女と候補生達を引き合わせる事は精神衛生上よろしく無いだろう。  今は隔離して落ちつくまで様子を見るべきだ。  それに——。 「なぜ脱走したのかを聞かないといけないからな。明日は九時に全員を集めてくれ」 「分かりました」    シノザキが執務室を後にした。   「さてと、とりあえず今日は寝るか」  俺も今夜は徹夜でユタの監視だ。だが、ジッと眺めていると安心して眠れないだろう。  俺はユタの隣に毛布を放り、向かい側のソファに寝そべる。  目を瞑りながら、   「ユタ、電気を切ってくれ」    横目で様子を確認する。  ユタはハッとした様に顔を上げた。何故、脱走した様な自分を使うのか?  恐らく、そんな顔をしていた。  彼女は暫く迷った後に動いた。徐に、震える手で天井からぶら下がっている簡易電灯の紐を手に取り、引いた。  カチッとした音と共に暗闇が訪れ、互いに執務室内での姿はシルエットだけ浮かび上がる。  一際小さいユタのシルエットはゆっくりとソファに戻ると、再び腰を下ろした。 「とりあえず横になれ、ぐっすり眠れば良い」    彼女は暫く黙っていたが。やがて毛布を手繰り寄せ、横になりながら体に被せる。  その姿を薄目に確認し、自分と照らし合わせて静かに瞼を閉じた。  人生には、これ以上無いというくらいに最悪な夜を迎える時が、必ず来る。  明日を迎えるのが怖くて怖くてたまらない夜が、必ず存在するのだ。  今日は彼女にとっての、一番に長い夜なのだ。人生の先輩として、言える事があるとすればそれは一つだけだ。 「ユタ、覚悟を決めろ」 「——ッぇ?」 「雨の中走った時と同じ気持ちだ。それを明日にぶつけろ。じゃなきゃお前は終わってしまう」    比喩では無い。一度折れた人間が立ち直るのは並大抵の事では不可能だ。  大事なのは覚悟——そう、覚悟だ。  ユタの姿は未来の俺だ。  彼女達に裏切り者と罵られ、場合によっては部下に殺されるかもしれない。その時に首謀者が震えて絶望するのか?  俺は悪く無いと開き直ってやれば良い。  その為の覚悟だ。  ユタは暗闇の中——静かに嗚咽を始めた。  彼女が覚悟を決めたのかどうかは、誰にもわからない。  ただ俺は——俺自身は。  微睡の中、そんな言葉が脳内を反芻していた。   △△  午前九時。   講義で使用する第二教室に、警戒人員を除く全員が集合していた。  昨晩から続く雨は明朝に少しおさまったが、今では激しさを増し、部屋内に立ち込める陰鬱な雰囲気を後押しするように窓を叩いている。  部屋はカーテンを開けているのにも関わらず、薄暗く、簡易照明二つでも心許ない。それに曇ったガラスがムワッとした室内の湿度の高さを表していた。  そんな中、俺は俯くユタ・ミアの前——教壇に上がっていた。  他の人間は教室の壁際で、ユタと俺を囲む様にして様子を見ている。 「周知の通り、昨晩はユタが許可なく訓練所を離れた」  そう告げると、より一層ユタが俯き、歯を食いしばっていた。  現在——俺は軍の規則通り、軍事裁判を行なっていた。  平時にて、正規ルートを通せば軍事法廷で行われるものだが、電光は機密の詰まった秘匿部隊の為、部下の処分は俺の双肩に任されている。  戦場でも臨時の軍法会議はあるが、訓練中は平時とみてしかるべきだろう。  ケースとしては非常に稀——いや、想定していないといっても過言ではない。  ユタは現在、非常に難しい立場に置かれていた。 「通常軍法では、脱走した者は懲役六ヶ月以上、禁固七年以下の刑罰が下る。脱走はかなり重い罪が適用される事案だ」    ユタを睨む候補生達も、一瞬動揺が走ったのを俺は見逃さなかった。  そんなにも重罪だという事を認識していなかったのだろう。裏切り者とはいえ、同じ屋根の下で釜の飯を共有してきた家族だ。  あまりにも重い罪を下せば彼女らにも支障をきたす事は間違いがない。   「知らなかったにせよ、リスクは感じていたはずだ。そこまでして——お前は何故ココを離れた?」  俺の問いに、ユタは拳を握りしめた。暫く——窓に雨が叩きつけられる音が響き渡る。  数秒が過ぎ去り、不意に、ユタが顔を上げた。  瞳は涙で揺れていたが——昨日と同じ人物とは思えられない程の、力強い視線を浮かべていた。 「——ッぉねがいします!!」  彼女は椅子を蹴りあげる様に地面に伏し、土下座をしながら、 「皆んなを——ッエルフライドに乗ぜないでくだざい!!」    その言葉に——大人たちだけでなく、候補生達にも動揺した表情が浮かんでいた。  当然だ、他の連中はユタが臆病風に吹かれて、ただ逃げ出したと勘違いしている。 「そうか、当ててやろう。お前は街まで行って警察を引っ張ってこようとしたな?」    俺が問うと、ユタは泣き出すのを堪える様に言葉を絞り出した。 「はい——警察に、ごの訓練所の事を伝えで指揮官達を捕まえて貰おうとしてました」  全員、稲妻に当てられたかの様な表情を浮かべていた。  それが事実ならば、もはやユタのそれは脱走なんてチンケなものではなく、部隊——引いては軍に対する反逆行為に等しい。 「候補生をエルフライドに乗らせなくする為か?」 「——はい」  「良いアイディアだ。俺たちも対立する警察が介入してくればただじゃ済まない。電光の解体は免れないだろうな。成功すれば晴れてお前の望み通り全員がエルフライドに搭乗する事は無かっただろう」    教壇を降り、ユタの前でしゃがみながら言った俺の言葉に、全員が絶句していた。  脱走兵の計画に良いアイディアだと賞賛したからだ。俺はそんな視線を無視して話を続ける。   「しかし、それだと全員が一緒に暮らすという本来の目的は遠のいていた筈だぞ?」    キノトイや他の候補生、ベツガイやセノを除いてのメンバーは、しきりに皆んなと離れるという事に拒否感を示していた。  生い立ちと境遇を共にし、家族よりも強い絆で結ばれてきた彼女らは離れ離れになるという選択肢は無かったはずだ。  施設を除き、一般に引き取られれば決して、再び共に暮らす事は叶わなかっただろう。 「——欲しかったから」 「何?」 「皆んながただ、生きてで欲しかっだんでず」    悲痛な叫びが、教室内に響き渡る。俺は思わずその言葉に俯いてしまいそうになった。  彼女は本気だ。命懸けで仲間を救おうとしたのだ。  そんな彼女から、俺が逃げ出すわけにはいかない。俺は彼女よりも深い——罪を犯す事を腹に決めているのだ。 「エルフライドは未知数で、危険だ。しかし、合衆国の軍にも採用されつつある兵器で、そう簡単に害が加わる可能性は——」  俺のそんな言葉に、異を唱える者がいた。 「ハッばかばかしい」     俺の言葉を遮ったのは、ベツガイだった。  俺が顔を上げると。彼女は不遜に笑みを浮かべ、腕組みをしながら攻撃的な視線を送ってきていた。  この脱走計画——臆病なユタが実行に移したのは、誰か他の人物が介入した可能性が高い。そう思っていたが……。   「ユタに入れ知恵したのはお前か? ベツガイ」 「入れ知恵? 私は独り言に近い妄言を吐いただけですよ」  ただ、ベツガイはそう吐き捨てるように言った。  ユタは口をつぐんで俯いている。  このユタの反応はおそらく——ベツガイから首謀者の名前は出さない様に口止めされていたのだろう。  わざわざユタに口止めしておいて、このタイミングでネタバラシをする理由は分からなかった。  ここが反逆の狼煙を上げる起点だと考えたのか、はたまたユタがあまりにも不憫で自身が首謀者だと名乗り出たのか。  後者であって欲しいと願うのは俺の傲慢だろうか?  俺たちの交わした会話に、大抵の候補生が首を捻る中、察しのいいヒノ・セレカがハッとした表情を浮かべていた。 「お前か、お前のせいか、ベツガイ!」 「どういうこと?」  キノトイは状況を把握できていないようで、ヒノに質問する。 「コイツがミアをそそのかしたんや!」    言うなり、ベツガイに掴みかかろうとしたヒノを、シノザキが腕を掴んで止めた。 「軍議中にはしゃぐな!」  物凄い迫力で、不穏な空気を出し始めた候補生達を一喝した。  不遜な態度を取るベツガイですら、少しビクリとする程だ。  シノザキはヒノを掴んだまま、俺を見る。察した俺は頷いて、話を続けた。 「ベツガイ、一歩前へ」  腕を組んだまま前に出たベツガイ。  その額には汗が滲んでいた。緊張している。それが、彼女も所詮は十二歳の少女だという証明にも思えた。   「単刀直入に聞こう、何が目的だ?」  俺が聞くと、彼女は平然とした様に、 「この施設の再起不能な迄の破壊です」  そう答えた。 「何故だ?」 「犠牲者を出さない為です、セノ・タネコと同様のね」  セノ・タネコと……同様?  名前が出てきて、思わず彼女に視線を向けたが……相変わらず彼女は惚けたまま天井を見つめていた。  ボーっとした奴だとは思っていたが、ベツガイの言い草では——まさか、それはエルフライドに乗った後遺症?  彼女らは先にエルフライドに搭乗していた?  軍は俺たちにベツガイとセノの情報を伏せていた?  その時、俺は叔父とショッピングモールで電話した時の一幕を思い出していた。 『まあ、聞けよ。公安を通じて業者に『キャンセル』だと伝えてみたらな、面白い返答が返ってきたんだ』 『……面白い返答?』 『〝五十丁、既に納品済みですけど?〟 だとよ。しまいには〝予備分九丁のキャンセルという事でよろしいですかね?〟 と、きたもんだ』  その時はまるで何処かの部隊が優先されているように感じたが……。  パズルのパーツがハマっていく様な感覚と同時に、様々な疑問が噴出する。 「詳しく説明しろ、ベツガイ」 「あら、しらばっくれるつもりですか? 偽善者ヅラした間抜けな指揮官殿」  あまりの言い草に、シノザキが眉根を寄せてベツガイに歩み寄るが、俺はそれを手で制する。 「セノはエルフライドに乗った事があるのか?」 「……」     挑発を意に介さず、ストレートな俺の質問に、ベツガイは若干戸惑っているようだった。 「お前はここに来る前、何処に居た?」 「……月光部隊、聞き覚えがないとは言わせませんよ? まさか電光の指揮官が情報共有されていないなんて事はないですよね?」     そのまさかなんだよ。俺は一応副官であるシノザキに聞いてみた。 「シノザキ、知ってるか?」 「いえ……初めて聞いた部隊名です」  そのやり取りに目を剥いたのはベツガイだ。  だが、直ぐに冷静さを取り戻したかの様な冷ややかな視線を送る。  信じてないな——なら、   「シノザキ。ベツガイとヒノを伴って、執務室から人事書類を取ってきてくれ」  俺はそう命じた。   △  数分後、茶封筒に入った人事書類を携えたシノザキが、ベツガイとヒノを伴ってやってきた。 「持ってきました」  俺は頷き、それをシノザキから受け取って中身を確認する。中身はベツガイやセノの出自や記録が記載されてある軍の人事書類だ。  もちろん、ベツガイの言う月光とやら部隊に所属していたという記載はされていない。  そのまま俺は封筒にしまい、ベツガイに手渡した。   「この中には軍から提出されたお前らの情報が入っている。見ての通り、お前らが居る目の前で取ってきた本物の書類だ」  ベツガイは茶封筒から書類を取り出し、ペラペラと資料を確認する。   「ベツガイ、お前の資料には何と書いてある?」 「……デタラメです」 「俺が軍部からもらったお前らの情報だ。間違いがあるのだとすれば、段取りした軍は俺たちに嘘をついていた事になる」  ベツガイが驚愕の表情を浮かべていた。しかし、直ぐにキッとした反抗的な顔へと移行する。 「それを本気で信用しろというのですか?」 「俺がそんなバカな三文芝居をすると思うか? お前の情報を得ていたなら、外出先で自由を与える様な真似はしない。そもそも、お前は計画が露呈した時点で全てが頓挫する事は理解しているはずだ」  ベツガイは思案するように黙り込む。 「月光部隊、と言ったな。何だそれは? 全員に分かるように話せ」  ベツガイは何とも言えない表情を浮かべながらも、暫く間を空けてから、ポツリ、ポツリと語りだした。  その内容はおおよそ、十二歳の少女の口から出たにしては、想像だに出来ないような壮絶なモノであった。