23 第二十二話 覚悟

△タガキ・フミヤ視点  俺は再び、全員を廃校の教室に集めていた。  反乱騒ぎを起こしたキノトイ達が教室部の中央に立ち、ベツガイ、ユタ、シトネが後方の壁際に居た。  午前中、ベツガイとユタの裁判をした時とは、まったく反対の構図だった。  セノ・タネコは……あの騒ぎの後、意識不明となった為に、医務室で寝かせてある。  病院に連れて行くことも検討したが、医務官のサエキの話によれば、「命に別状はないので、経過観察で大丈夫」だ、そうだ。  俺はひとまず、キノトイ達の事は置いて起き、先ほどシトネとベツガイから聞いた話をした。  全員は話を聞きながら、予想に反して反応が薄かった。  疲労の色が消えていなかった。当然だろう、度重なるトラブルに反乱騒ぎだ。部下達は禄に睡眠もとれていなく、士気の低下は免れない。 「説明は以上だ、何か質問があるものは?」  誰も質問しないのを見て、俺は中央でうなだれるキノトイ達に視線を向けた。  彼女らはもはや下を俯いて、こちらを見向きもしなかった。  肩を寄せ合い、傷ついた小動物の群れみたいに覇気が無かった。 「さて、それでは反逆者である大バカ者たちの処遇に、話は移ろうか」  俺がそう言うと、ビクリッと、キノトイ達は反応する。  彼女らは一様に——ハイライトの消えた瞳で、こちらを見た。 「勝算もないのに自己の利益のためだけに、飛び立ち! 命を散らすような愚かモノに軍人を名乗る資格など一つもない!」  今まで出した中で、一番に怒気を孕めながら言った。  昨日までの俺なら、どの口で言っているのか、と思ってしまった事だろう。  無駄に正義感を振りかざし、情の移った少女たちを戦場から遠ざけようとしていた。  だが、それを俺はもう辞める事にした。辞めなければならない。 「お前らは……本気で俺を怒らせたな」  死ぬと言われていたエルフライドに乗り、共に戦えないなら、暮らせないならと集団自殺しようとする連中だったわけだ。  本当に驚いたよ。俺は彼女らの覚悟も——気持ちも、望んでいることも。何一つ見えていなかったのだ。  だから、せめてもの罪滅ぼしをすることにした。 「望み通り、戦場に送ってやる」  キノトイ達は驚きの表情を浮かべて、顔を上げた。 「しかし、俺はお前らが死ぬことを絶対に許さない。アリみたいに簡単に死ねば、直ぐにあの世まで追いかけていき、お前らを泣くまでボコボコにしてやる」  せめて、彼女ら——電光の皆が望んだ結果を得られるように。 「お前らは敵を打ち倒し、人類を救え」  彼女らの求める理想の指揮官であるように——。   「キノトイ二等兵、起立!」  突然の号令に、キノトイ達は反応出来ていなかった。呆気にとられた表情で、ポロポロと涙を流し、俺を見ているだけだった。 「何をしているか! 号令をかけて整列させろ!」 「ハイ!!」  キノトイが号令をかけると、背後にいたシトネ達もそれに加わった。 「ただいまをもって、君たち候補生には私の権限で二等兵の階級を付与する。二等兵と候補生の違いは分かるな? お前らは、正式に皇国の臣民を守る剣と盾になったのだ!」  こんな言葉は吐きたく無かった。俺は自己満足の、善人のまま死にたかった。 「自己の権利など捨て置き、民を守る事が優先される! わかったか!」  何故か、そんな言葉がスラスラと口から吐き出されていた。  それはつまり——俺が理解したということだ。    光が戻った彼女らの目を見て、俺は血が滾るようにふつふつと湧き上がってくる感覚を抱いた。  俺は知っていた筈だ。  彼女らみたいに、普通には生きていけない人間たちを。  彼女らみたいに、死を選びたくなるような環境にいる者たちを。  彼女らみたいに、大人に良いように使われ、捨てられていった人間たちを。  しかし、当時平穏に過ごしていた俺は何をしていた?  そういう世界はあるだろうとは知っていたが、決して、決して見向きはしなかった。  自分の幸福だけを願い、考えて生きていた。 それが当事者になって、同情したから救ってやろうかなんて……馬鹿な話だ。本当に馬鹿な話だよ。   「だが、俺には現在、君らに階級を付与する権限は無い。独断で人事権を行使することは軍の法規上、不可能だ」  おやじ、おふくろ、申し訳ない。息子は今日から地獄行きの特急便に乗る事にするよ。  だってさ、俺たち軍隊が何もしなければ地球は滅びるってんだぜ?  そんなの聞いたらさ……戦う選択をとる以外に無いではないか。 「だが、人類を救った未来の俺ではどうだろうか? 功績は陸軍大将など鼻くそ程度に扱える権力を得るだろうな」    いや、それは詭弁だな。電光中隊が……俺たちが戦う必要は、無いと思う。  だってさ、世界最強の合衆国がまだベンチでスタンバっているんだぜ?  規模もリーグも桁違い、ガムを噛みながら最新鋭の装置とか使ってさ、練習しているよ。  そんな中で俺たちみたいな弱小チームが勇んでスタジアムに出張って行ったって……何も為しえないだろう。精々観客席からブーイングが飛んで、ガムを吐きつけられるだけだ。  だけれど、だけれどさ……知り合って、ほっとけない連中が出来たんだ。  崇高だとは思わない。ただの死にたがり連中だよ。反吐が出る。  だけどさ……話して、接してみて、一緒に飯を食ったりしたら。  何だか、とても付き合い甲斐のある奴らだったんだよ。  おそらく、このまま彼ら彼女らを置いて逃げれば……俺は、俺として生きていくことはもちろん、一生誇りを持てなくなる。  なんだよ、結局自分のためか? くだらねえ。 「俺は未来に得るであろう、階級と権力を前借りする。君たちもそうだ」  ほっといても縛り付けても、彼女らパイロットは……一緒にいられないのなら、多分共に死ぬことを目指すのだろうな。  涙が出そうだ。これなら不良の巣窟で教鞭でも執ったほうがいくらかマシなのではないか?  俺の周りの連中は頭をおかしいよ、マジで。多少は上手く部隊をまわせていたつもりだったんだけれど……人間のことを分かってるつもりだったんだけれど……。  だけど、一つだけ……いいかな? 「敵は世界が敵わない得体の知れないロボット軍団! 人類最大の危機を今、この瞬間、この局面で迎えている!」  これを言ったら、兵士達は喜ぶだろう。 「合衆国? 月光? 知るかッ! 誰が英雄となるかなんぞ興味もない、そんな願望はかなぐり捨てろ!」  これを言ったら、兵士達は昂ぶるだろう。 「軍人とは、己の全てを国に捧げ、己の絶望や葛藤、怨恨さえも国家の幸福に変換して国に齎すことが宿命である!」  それがさ、なんとなく……分かってきた気がするんだよ。  それってのはさ、多分俺が——いや、辞めておこう。 「それが出来るのはお前達で、それを完璧に、完全に指揮できるのは俺だけだ!」  とにかくさ、俺が言いたいのは……なんだろうな。  まあ、あれだよ……その……うーん。  分からないってのは重要な事ではなかったんだ。  結局は——やるか、やらないかだったんだよ。  目の前の彼女たちは本気だったんだ。  俺はやる、確実にやる。死んでもやる、生き返ってもやる。それくらいの気持ちを持って——俺も本気で向き合わなくては、全力でぶつからなければならなかったんだ。 「俺についてこい、俺だけについてこい! 地獄でもお前らを先導してやる!」   俺さ、世界や自分のエゴではなくて——彼女らを、電光のみんなを本気で救いたいと思ったんだ。  たとえそれが悲劇的な結末を迎えようと——彼女ら、電光中隊が望むのなら。  世界からブーイングを受けようと、俺は——。  俺はッ!! 「国の為に、人類の為にお前らは絶望しろ、くじけろ! 恨め! 憎め! 蔑んで蔑んで、眠れない夜を過ごせ! それがお前達以外の全ての人間の……〝六十億の傍観者〟の幸せに繋がる事を——忘れるなッ! 以上ッ!」  俺が話を切り上げると、フルハタ軍曹が脊髄反射的に敬礼の号令をかけた。 「敬礼ッ!」  兵士達は一様に顔を赤くさせ、高揚し、強烈な士気の高まりを感じさせた。  俺は今までで一番気持ちのこもった敬礼を返し、そのまま教室を後にする。  しばらく一人、廊下を歩いていると……背後から誰かが走り寄ってくる気配があった。振り返ると、そこにはいつになく真剣な表情を浮かべたシノザキ伍長がいた。 「……指揮官、この後はどうなされますか?」 「全員、連日のトラブルで疲弊している。明日に備えて休息をとらせろ。明日からは——パイロットはエルフライド搭乗訓練だ。その前に戦術について八時十五分から講義を行う。エンジニア達にも集まる様に伝えておけ」 「ハッ!」  シノザキはいつになく、気合いのこもった敬礼を見せて走り去って行く。  それを見て、俺はぼそりと呟いた。   「叔父さん。電光に求められているのはタガキ・フミヤじゃなく、ミシマ准尉だったよ」