第十話 外の世界へ

△△△△タガキ・フミヤ視点  本日は子供たちにとって、初めての外出となる日。  これを機にもっと親交を深めようと朝食に乱入したが、あまり歓迎ムードではなかったな。  親睦を深めるために飲み会を開催し、若者に顰蹙を買うおじさん会社員の哀愁漂う気分だ。距離を一気に埋めようとしても余計溝が増えるものなのだと実感した出来事(イベント)だったな。  しかし、俺はこれで諦めるわけでは無い。彼女らには外出を通じて大いに楽しんで貰い、俺へのメリットを多大に感じてもらおう。そうすれば扱いがより安易になるはずだ。  世の人権活動家が俺の心境をサイキックパワーで読み取れば、 「この人でなし!」  と、大いに罵るだろうが、構いやしない。これは彼女らの為なのだ。  彼女らを軍の愚行から守る為の唯一の手段なのだと理解してほしい。  心の中でそう呟きながら廊下を歩く。ふと、窓から漏れる陽光につられて外を見れば、天気は笑ってしまうくらいの快晴だ。これは絶好の外出日和である。   八時ジャストに玄関前に出る。既に少女たちが一糸乱れぬ整列をし、各々が多様な表情を浮かべていた。  そんな彼女らに、俺は言葉を投げかける。 「お前ら、今から〝状況S〟を付与する」 「じょ、状況、S……ですか?」  キノトイが困惑したように聞き返す。  聞きなじみが無いのも当然だ。俺がつい先ほど勝手に作った用語だからな。 「君らに本日、軍隊的、軍人的振る舞いを禁止する。理由は一般人偽装をより高度に習得するためだ。〝状況S〟とは、それらの行動をする事を示している」 「え、えっと……すみません、具体的にはどうしたら?」 「自分たちで考えろ」 「え?」 「外で目立たないように振る舞うにはどうすればいいか、何をすればいいか。それを今日一日で導きだせ。宿題だ」  突き放すように言って、彼女らの前から少し離れる。  自主性の発育。これは扱いを間違えれば大きな障害へとなりうる。  放任主義と、自主性の発育をはき違えている大人たちが多いのも問題だ。縛っておくほうが管理がしやすいので、大人たちも大抵はそちらを選ぶ。  だが、それでは芸が無い。  最適解に近いのは正しい監視下、管理下での自由意志創成だ。  自主性といっても、自己判断させる部位は限定的に留めておく。これが正しいメソッドなのである。  横目で観察していると、彼女らはとりあえず整列を解いて、いくつかのグループに分かれて話をし始めた。  今日はこれを観察する目的もある。  彼女らがどのようなグループ形成をし、活動しているか。  それによって今後の訓練をどのように実施するか、考える重要な情報源となるのだ。  「ミシマ准尉」  背後からまだ呼び慣れない名前を呼ばれ、振り返る。  シノザキ伍長がティッシュ箱サイズはあるデカい無線機をもっていつもの無表情で立っていた。  「後、五分ほどで到着します」    そう告げてきたシノザキに俺は軽く手を振る。  候補生達に向き直ると、彼女らの大半がオドオド、ソワソワしながら目線を彷徨わせていた。  落ちついているのシトネ・キリとベツガイ・サキだけだ。  シトネは校舎の段差に座っていつものように本を読み、ベツガイは校舎の壁にもたれかかって明後日の方向を向いている。  そんな中、キノトイ・アネがおずおずといった様に歩み出てきた。  祈る様に胸元に手を置き、少し緊張した様子だった。   「あ、あのミシマ准尉」 「うん?」 「ほ、本当に外に出るんですか?」 「ああ、楽しみじゃないのか?」  俺が尋ねると、彼女は口を紡ぐ。  背後にいる候補生達も軒並み不安そうに俯いていた。  シノザキはその様子を神妙に見つめている。  どの様に声をかけたらいいか分からない様子だった。  ここ数日間、シノザキを観察して分かったことがある。  シノザキは軍人としてのコミュニケーションは問題ないが、大人として、子供へのコミュニケーションが下手くそだ。  出来れば子供達の頼れるお姉さん枠として大成してもらいたいと思っている。  俺は手をパンッと鳴らして注目を集めた。 「今から俺たちは街に出る。しかしだな、このままでは不都合な事が起こってしまうんだ」    子供達が顔を上げた。どんな子供でも、クイズに飛びつくのは世のしきたりだ。 「何故だか分かるやつはいるか?」  誰も手を上げない。頭の上に? が飛び交っているのが目に見える様だった。  そんな中、 「服装」  つり目のベツガイ・サキがため息を吐きながら口を開いた。  短く、簡潔な答えだ。  全員の視線が腕組みをし、壁にもたれかかったベツガイに向けられる。  ……ほう。候補生の中では唯一堂々としていて、不遜な感じだ。  しかし、中々頭がまわるらしい。そういえばベツガイはセノ・タネコ同様、他の孤児院の出だったな。  よし、チェック対象にいれておくか。   俺は笑みを作り、ベツガイに向き直る。 「よく分かったな、理由は説明出来るか?」 「軍服は目立ちますから」  言われて、候補生達は自分たちの格好を確認する。緑色の作業服風な軍服を見下ろし、神妙な面持ちをした。  そうとも。こんな軍服で町に出たら奇異の目で見られるどころか、囲まれて罵倒、最悪はタコ殴りにされるかもしれない。 「流石だベツガイ。軍人はただでさえ生きづらい世の中だからな。この格好はかなり目立つ。じゃあ、皆んなはどうするべきだろうか?」 「着替えは……持っていません」  キノトイが答えた。  俺はうんうんと頷きつつ、頭をポンポンと叩いてやる。彼女はそれを受けて驚いた表情を浮かべた。 「そうだな。なら、外出までに用意するしかない」  そこまで言った所で、バスが姿を現した。幼稚園の送迎バスくらいのサイズだ。   急勾配の坂道を登ってきたため、息切れしたようにエンジンが唸りを上げていた。  フェンスギリギリを右折し、中々のハンドルテクで校舎前へと徐行してきた。  やがてバスはプシューッと音をさせて停車する。自動ドアが開放され、運転席から私服を着た若い兄ちゃんが降りてきた。 「お初にお目にかかります、ニシモト伍長であります!」  元野球部のようなモブっぽい見た目の快活な男、ニシモト伍長がバスから降りるなり、敬礼してきた。つられて候補生達も彼に敬礼をする。  元気のいい奴だ。コイツは街でアパートを借りて、必要資材を買いに行ってもらったり、雑用みたいな役回りをしている男だ。  今回は皆んな街に行くので、丁度良いと思ってバスをチャーターして迎えに来てもらった。   「ニシモト、ご苦労だった。だが、私服で敬礼する奴があるか」  俺が嗜めると、ニシモト伍長はハッとした顔で「失礼しました!」手を下ろす。  軍人には生きづらい世の中だ。身分を隠さないと、頭のおかしいトリガーハッピーとさえ思われてしまう。俺も実際はそう思っていたし。 「今後は身を引き締めます!」    ニシモト伍長は本当に申し訳なさそうな顔つきでそう言った。  うむ。これだから男は単純で良い。電話で「外出するから迎えにきて」とか「服も買ってきて」とかニート時代を彷彿とさせる注文をした時も、嫌そうな素振りを一切見せずに大声で分かりました! と言っていたからな。  バカで、忠実。これぞ、軍人の鏡だ!  シノザキはちと、うるさすぎる節がある。 「ニシモト、例のモノはあるか?」 「はい、買ってきました!」  ニシモトはそう言って、バスの中に入っていき、暫くして両手いっぱいに抱えた袋を持ってきた。  俺はその中の一つを受け取って中身を確認した。 「お、ちゃんと候補生と大人とで分けてくれたか」 「はい!」  俺は彼の耳がキンキンとする返答を受けながら、候補生達に手招きをした。   「お前ら、名前を呼んだら袋を受け取れ。まずはキノトイ……どうした? 来い」 「は、はい」    袋を渡してやる。  キノトイは恐る恐る中身を見て、目を剥いていた。 「あ、あの……」 「受け取ったなら早く奥で着替えて来い。あと、袋は取っておくように全員に伝えておいてくれ。ポケットにでも入れてな」 「は、はい」 「次は————」  候補生達全員に袋を渡し終わる。全員が校舎へと消えたタイミングで、俺はシノザキを呼んだ。  察した顔をしたシノザキは、俺に対して訝しげな表情を浮かべていた。 「……服ですか」 「ああ」  白のトップスに、ロングスカートという中々グッドな組み合わせにしておいた。  お上品なお嬢様っぽいコーデだ。これを着て街を歩けば、誰もが振り向くに違いない。 「このような服は普段着ません」  中身を見て、恨めしそうに俺を睨むシノザキ。     そう、怒るな。俺にだって言い分はある。   「候補生達には希望通り渡したが、お前はなんでも良いって言うもんだからな」    そう言うと、シノザキは絶望したような顔をする。  恐らく、昨日したやり取りが脳内でフラッシュバックしていたに違いない。  彼女はそれから、ニシモト伍長に対して怒りの表情を浮かべた。服のチョイスは彼の独断だと思ったのだろう。  ニシモト伍長はギョッとして、一歩後ずさった。 「ニシモト、貴様——」 「悪いな、その服は俺の趣味だ」  俺が言うと、シノザキはワナワナと震えながら校舎へと消えていった。それを見たニシモト伍長は、ほえ~っと間抜けな声をあげていた。 「どうした?」 「いえ、あんなシノザキ伍長は初めて見るもんで」 「そうかい。これからあんな姿がよく見れるだろうよ。そうそう——着替え終わった候補生達が来たらバスで待機するように言っておいてくれ」 「了解しました。准——ミシマさんはどちらへ?」 「合衆国のズッコケ三人組を呼んでくる」  俺はエンジニア達の服の入った袋を持って体育館へと向かう。  アイツら——八時には出発と伝えたはずなのに姿を見せやがらないのだからな。シノザキではないが、少しお灸を据えてやらないといけない。 △△△  体育館にあるエンジニア達の工場に入る。エマが一人、キャンプ椅子に腰掛けて優雅にコーヒーを飲んでいた。  そんな彼女は俺に気づくなり——。 「げ、ミシマ准尉」  表情を歪めた。 「げ、とはなんだ。げ、とは」  俺は空いているキャンプ椅子に腰掛け、不機嫌そうに足を組む。  気まずそうにしているエマに服の入った袋を手渡してやると、彼女はギョッとした顔を浮かべた。本気なの!? みたいな顔だ。 「なんで集合時間に来なかった?」 「いや〜自由参加って聞いてましたから。ならみんなで明日にするかってなりまして……」  「聞いて無かったのか? それは初日以降の話だ。初日は全員参加だよ。注意事項なんかも全員に共有できるしな」 「そんなあ〜……ていうか、この国のお金持ちって無いですし」 「おいおい、準備してないのか?」 「街に行けるなんて思って無かったので」  俺はサイフからニシモト伍長からおろしてもらった金を十万程出して机に置く。エマはその様子を見て、目を丸くした。 「三人で分けろ、無駄遣いするなよ」 「え、いいんですか? 利子とか無いですよね?」 「公費だ。合衆国エンジニア様に接待費ってやつだな。会計時に〝領収書ください〟って言えよ。名前の欄には〝ポートマンカンパニー〟と記載してもらえ〝カタカナで良いです〟ともな」 「リョウシュウショ、クラハイ?」 「領収書下さい」 「リョウジュウヲクダサイ。カタナデ、イイデス」  おいおい、合衆国でも会計時に猟銃や刀はくれないだろ?  物騒なエマに皇国の言葉を練習させていると、「何の騒ぎだ?」と、ライアンが歯磨きをしながら現れた。 「え、准尉どの……今日は出かけるんでしょ? 何しにきたんです?」 「お前らもだ。服を買ってきたから好きに選べ」 「ええ、マジですか?」  マジですか? って……その言葉遣い、お前らほんとに規律の高い合衆国軍人か?   「俺もここで着替えるから、早くしろよ。トビーは?」 「寝てますけど」 「案内しろ」  どうやら合衆国エンジニアは体育館倉庫を根城にしているようだった。二つある倉庫の内、片方が男子部屋みたいだ。トビーを起こすついでに俺も着替えようと思い、中に入る。  ムワッと男臭……は意外と漂っておらず、国旗やら何やら飾って、無機質な倉庫内が〝如何にも〟な合衆国テイストに染めあげられていた。  色々部屋内を見ていると、部屋の隅に置かれた軍用キャンプベッドの上で寝袋にくるまっているトビーを発見した。 「状況ガス!!」  俺がでかい声でそう告げると、トビーは飛び起きて寝ぼけ目のままガスマスクを探し始める。  合衆国滞在時のドキュメンタリーで見たが、合衆国の軍人はガスが発生していると聞けば、寝ていた状況でもガスマスクを急いでつけなければいけないと細胞レベルで刷り込まれているのだ。 「お前、ブートキャンプでそんなに仕込まれていたのかよ!」  トビーは大笑いするライアンを見て、ドッキリだと察したようで舌打ちをしながら立ち上がり——ライアンの横に立っている俺を見てギョッとしていた。 「……何ですか、准尉どの」 「服だ。出かけるぞ」 「え? ……せめて歯磨きをしていいですか?」 「ああ、いいぞ。その分早く着替えるんだな」  服を急いで着替えだしたトビーを尻目に、俺とライアンも服を着替える。 「さっきトビーに〝ブートキャンプでそんなに仕込まれたのかよ〟とか言ってたな。あれ、どういう意味だ?」  着替えながら世間話程度にライアンに尋ねると、ライアンはああ、と説明を開始する。 「俺たちエンジニアは短期訓練の特別な兵士なんですよ。二ヶ月前までは普通の会社で鉄鋼業を専門としてやってました」 「……ほう?」 「良いように言えば〝特技兵〟ってやつですかね。鉄鋼とか整備に関しては普通の工兵より上等ですが、戦闘に関してはからっきしなんですよ」 「はー、なるほどね」  なるほどね、とは言ったが……え、まじで?  そんな奴らを合衆国は送ってきていたのか?  「もしかして三人ともそうなのか?」 「ええ、そうです。俺はエマとは同じ職場の鉄鋼会社に所属していたんですが、トビーとはブートキャンプで出会いました。彼も別の会社から来たって言ってましたね。まあ、ブートキャンプと言っても一ヶ月くらいのしょうもない訓練ばっかりでした。そんな感じでしたから……まさか自分が異国の地でエンジニアやれと言われるとは思ってもみませんでしたね」  ……エンジニア達の素人くささの原因はコレか。それにしても、普通の護衛兵士もつけずに、エルフライドと一緒にエンジニアを送り込むなんて……一体合衆国は何を考えているのだろうか? 黒亜軍同様、やる気があるようには思えない。  そんな世間話をしながら、俺は着替え終わっていた。ジーパンに黒のパーカーといった、スーパーシンプルな陰キャラ高校生にしか見えないファッションだ。これが俺の真の正装。肩っ苦しい軍帽やら軍服を脱ぎすてられたから爽快な気分で軍服を畳んでいると、気づけば同じタイミングで着替え終わっていたライアンが、信じられないモノを見るような目を向けてきていた。 「どうした?」 「いえ……准尉って何歳でしたっけ?」    ……えーと、ミシマ准尉っていくつだっけ?  確か……叔父からミシマ准尉の免許証を俺用に偽造したカードを手渡されていたっけ?  付記されていた生年月日を思い出し、頭の中で計算し年齢を割り出した。  この間一秒。自分で言うのもなんだが、計算の速さと記憶力だけが取り柄な男だ。 「三十五だが?」 「……本当ですか?」 「俺もお前らが合衆国軍人とは思えないよ」 「……」    皮肉を言ってやると、ライアンは黙ってしまった。戻ってきたトビーや、早々に着替えて待っていたエマにもギョッとされたのは言うまでも無い。  そういや、俺、高校生だったな。  やはり軍服と階級補正というのは凄まじいのだなと再実感したのだった。   △△ 「悪いな、エンジニア達には別件を依頼していたので遅くなった」  バスに乗り込めばすでに全員が乗って待機していたので、そう言い訳しておいた。そうしないと、シノザキにブチギレ案件を渡してしまいかねない。  なんせ、彼女シノザキにとってエンジニアとの第一印象が最悪だったからな。今ではわかりやすく目の敵にしている。  エンジニア三人は〝オハヨゴザイマス〟とにこかやかに笑いながら空いている席に座った。  ナスタディア人らしく、コミュ力は高いようで何よりだな。 「誘導はいるか?」  助手席に乗り込みながら、運転席のニシモト伍長にそう尋ねてみる。  なんせ唯一の通用路はケツが数秒に一回浮き上がるような悪路だ。俺が運転手なら一年は寿命を縮める自信がある。 「いえ、プロなので」  そんな事を飄々と言ってのけるニシモト伍長。俺はそんな頼もしい肩をポンポンと叩いておいた。  今度は振り返ってバスの搭乗者へと視線を向けた。気分はバスの観光ガイドだ。 「お前ら、これから通る道は経験済みかもしれないが、相当な悪路だ。吐き気がしたら景色を眺める、もしくは我慢できなくなったらポケットの袋を使え。世ではこれを〝エチケット袋〟という。外国単語が混じっているが、黒亜の造語だ。覚えておけ」    候補生達はその為に袋を取っておけと言っていたのか、と袋を取り出してマジマジと見つめていた。  素直な連中だ、可愛げがある。 「よし、じゃあ出してくれ」 「はい」  やれやれと助手席に腰をおろしたタイミングだった。なぜだか——バスの空気が一変した。  別に和やかであった訳ではない。積極的に私語をする連中ではないし。明らかに動揺が走ったような、不穏な空気感になった。  何事かと思って振り返ると、候補生の一人、シトネが本を抱きしめながら助手席側へと近づいてきていた。 「どうし——」    その後、彼女は当たり前のように俺の膝に腰を下ろした。  ぽすっという感じだ。あまりに自然な動きだったので、俺は反応が遅れてしまった。夜中の音読でもこんな事をした事は無い、それなのになんだって急に——思わず振り返って皆んなの反応を伺う。  当然ながら各々、様々な反応を見せていた。顔を顰める者、驚く者、あらまあと口を押さえる者——とにかく、全員の視線が痛かった。  俺はなるだけ平静を装ってシトネに尋ねる。 「……シトネ、どうした?」 「本を……」 「読んで欲しいのか?」    コクリと頷くシトネ。俺はとりあえず、膝に鎮座する無表情の彼女の脇を抱え、ノンステップエリアに下ろした。 「ニシモト。出発は待ってくれ」 「了解です!」 「すまないライアン。お前は助手席で良いか?」  二人席を占有していた無駄に肩幅の広いライアンに声をかけると、彼は立ち上がった。 「どこでも構いませんよ」 「なら頼む。危なそうなら声をかけてやってくれ。黒亜語で危険は〝アブナイ〟だ」 「了解です、准尉殿」  二本指のチャラい敬礼をしたライアンと席を交代してもらい、俺とシトネは二人席に移動した。まだ、少し車内は気まずい雰囲気だな。  シトネの奴……無茶苦茶自然な流れで俺の膝に座りやがった。素人の俺でも、指揮官と訓練生の距離感としてはあまりよろしくないのは分かる。実際、シノザキは眉をひそめていたし。  車内にはエンジニアもいた。ナスタディアは特にロリコンに厳しい国だ。大人達と子供達、双方からシトネと良からぬ関係だと思われたのであればマイナスだ。  これは……言い訳しておかないとマズいな。時間が経てば経つほど疑惑というのはデカくなる。  俺は咳払いをしながら立ち上がり、全員に聞こえるように声を張り上げた。 「シトネは現在、合衆国語を意欲的に勉強している。その為に夜中、寝る時間を惜しんで俺から音読を学んでいるんだ。今回、バスでの移動時間はその勉強にうってつけだと考えたのだろう。非常に意欲的であり、尚且つ合理的な素晴らしい判断だ。だが、隣に席が無いからと俺の膝に乗ったのはちょっとマズかったな」  黒亜語でそう述べたあと、俺は合衆国語で全く同じ内容を話した。  候補生の一部は目を丸くしていた。子供達からした初めて目の当たりにした通訳だ。いきなり違う言語で話をしだしたから驚いたのだろう。  これだけで大きなインパクトを与えられるのだから、安い物だ。 「君らにはまだ伝えられてなかったのでこちらの落ち度であるが、法律上、車内で二人重なるような姿勢での走行は認められていない。助手席では尚更だ、反対車線を走行する警察の目に入れば運転手は減点対象として処罰される」    法律の話ってのは、大抵の人間がちょっと身構える。いきなり話題に出てくればそれに聞き入ってしまうものだ。まあ、個人差はあるが。 「そうすれば、俺たちにも目は向けられる。この集団は何処に所属しているのか、何をしているのか、そういったことを彼らは聞いてくるであろう。そうなれば不都合な事態に発展しかねない。君達候補生を使って軍が行おうとしている事が知れれば、軍が窮地に陥ってしまう」  ここで俺たちの陥るかもしれない状況を、危機感を持った演技で説明するわけだ。  内容にストーリー性を持たせればよし、ドラマチックに演出すれば完璧だ。そうすれば聞き手側は不安を煽られ、ネガティブ、もしくはポジティブな思考実験を各々開始する。  ここまでくれば、全員の頭から〝シトネ膝乗り事件〟のことなんかすっ飛んでいることだろう。 「俺達は非常に組織としては微妙な位置にある。現段階では警察組織は軍組織と対立関係にあると思ってもらって構わない。警察組織は滅び行く軍部を下に見ているし、よく思ってないからな。だが、心配するな。それらを全てひっくり返す事が可能になる唯一の方法がある。君達だけの問題のみならず、軍や警察、果ては世界までもが俺たちを許容せざるを得ない方法がな」  ストーリーに対する解決案を提示する。答えには安易に辿り着かないように、難解な議題を提示したうえで、だ。そうすると人は必ず興味をもって食いついてくる。  その裏付けのように、キノトイがポツリと呟いた。 「……方法?」  俺は待っていましたと言わんばかりに、キノトイに向き直った。 「勝利を掴めば良い。そうすれば我々の置かれた些末な状況なんざ、軽く吹き飛ぶ。それまで、どうか耐えて欲しい。この世界から置かれた現状、君達を縛るもの、全てから」  そこまで言い終わると、大人達も子供達も皆が俺に真剣な視線を向けていた。  ……まずったな。ロリコン疑惑の釈明のために余計なことをしてしまった。  俺の目的は候補生たちの懐柔、及び訓練所の脱出だ。この演説が全員の心中に残り続ければ、いずれマイナス要素となる。「あの人、以前はこう言っていたのに……」とか、「嘘つき」といった具合にな。   まあでも、これは実はさして大した問題ではない。議論のすり替えには、議論のすり替えが有効だ。  要するにどういうことかというと、植え付けた人物像に対して、更なる印象の上塗りを重ねるのだ。  インパクトにはインパクト。それを与え続けることによって、奇抜ながら一貫性のあるリーダーとしての説得力を増させることが出来る。 「だが、まずは今回の外出を楽しめ。困ったことがあれば周りの大人達を頼れば良い。そして、外の世界の人間がどのように生活しているかしっかり見ておけ。違いを見つけ、同じ部分を見つけ、自分の為に金を使い、自分の為に何かをしろ。それが出来ればお前らは軍じゃなくてもしっかり生きて行ける様になる」  まあでも……それは今では無い。とりあえず今は車内にいる連中に、感情論を秘めた方向性を提示する。  身振り手振りで印象的に、そうすれば、人は提示された〝ソレ〟をあたかも自分の望んでいる事であるかのように錯覚するのだ。  こういった一連の人心誘導を行える人間は黒亜では見たことがない。合衆国でもそんな人材は滅多にいなかった。  俺は留学時代、合衆国で心理学についてかじったことがある。ただでさえ心理学的後進国と呼ばれる黒亜は、教育でも人の理性をコントロールさせる事を優先に考える為、規律制、精神性は養われても創造性は乏しくさせてしまうのだ。  それに加えて、黒亜は演説が得意な奴が少ない。少し流暢に喋れば頭が良さそうに思われるのだから、印象操作なんざウルトライージーだ。  言い終わって席に着くと、エンジニア連中がいきなり拍手をしだした。つられて全員が拍手をし始めた。   ……やめろ、小っ恥ずかしい。  そう思ってエマを睨むと、良い演説でしたよ! と、親指を立てていた。  粗末な罪悪感とともにため息を一つ。俺はシトネに向き直った。   「待たせたな」    言うと、彼女は俺の顔をチラリと見た後、徐に本を広げた。 △  道中、意外にもシノザキが候補生達とよく会話をしている事に気がついた。  もっぱら話しかけるのは候補生からで、候補生の中で最も軍への貢献を望んでいるきらいのあるハブ・キョウコが中心となっていた。  彼女は面談でもシノザキを崇拝している節があった。同性で、軍人として目指すべき最終地点としての憧れを抱いているのだろう。  そこに、現在のリーダーであるキノトイや、副リーダー的立ち位置のヒノ・セレカも会話に加わり、シノザキが話す、軍の壮絶エピソードで割と盛り上がっていた。  ベツガイ・サキは相変わらずだ。同郷のセノ・タネコを隣に座らせ、自身は窓の外を眺めている。  セノに至っては相変わらず口を開けてボーっと天井を眺めていた。  あとは、おっとりした印象のリタ・ヒルか?  一番臆病で大人しそうなユタ・ミア、お調子者のムードメーカーであるセンザキ・トキヨと会話に花を咲かせていた。  バス内での様子から察するに、やはりと言っていいか、候補生達で固まる仲のいいグループは三つだな。  積極性の高い、キノトイが中心となっているグループ。  独自性の高い、ベツガイが中心となるグループ。  融和性の高い、リタが中心となるグループ。  と、こんなところか?  今のところ、はぶられている人間は見当たらない。一人でよく活動するシトネも、キノトイグループには一応所属している。  シトネは我が道を行く人間で、下手をしたら仲間外れにされそうな特性をもつが、彼女が好き勝手をしていてもあまり周囲も気にしていない。  まったくシトネはやれやれ、みたいな反応だ。全く邪険にしておらず、むしろ良くお節介を焼いている。  新生児からの付き合いだ、それなりに絆があるのだろう。  本を読んで気分の悪くなったシトネの背中をさすりながら、そんな分析を続けていた。