第二十話 キノトイ・アネ⑥ 深層領域

△△△△△キノトイ・アネ視点 「状況を整理する」  私達は気持ちを切り替え、音を立てないように地面に文房具を並べ、作戦図を表現していた。  これはいわゆる砂盤さばんと呼ばれるものだ。軍隊ではその場にある物で即席の地図を作製する。それらを活用することにより、より作戦に具体性を持たせ、共通の認識を深める事が出来る。 「現在、見張りと監視でトドロキ上等兵が扉の向こうで待機している。窓の外——校舎裏側にはシミズ伍長、もしくはフルハタ軍曹が警戒している可能性が高い」  先ほど、窓から外に出られないか確認したが、目の良いキョウコに確認してもらったところ、遠くで動く白いジャージ姿の人影が見えたそうだ。  おそらく、指揮官が万が一の監視役としてシミズ伍長かフルハタ軍曹を外にも派遣したのだろう。  いつも通る獣道には最低でも一人は監視についている筈。  ならば、校舎裏には一人だけの監視と思われた。だが、その道を走り去るには現役の軍人を相手するのは気が引けた。 「ならば、正面突破でいくしかない。トドロキ上等兵を無力化する」  作戦はシンプルだった。  セノ・タネコが意識を失ったと騒ぎながら扉の外にいるトドロキ上等兵を呼び寄せ、部屋に入ってきた所をシーツを被せて視界を奪い、全員でロープを巻き、拘束する。  トドロキ上等兵が騒ぎだすのは想定されたが、窓から脱出し、外にいるシミズ伍長と扉一枚向こうのトドロキ上等兵に挟撃をされれば私達のユニットは完全に瓦解する。  とにかく、素早くトドロキ上等兵を無力化した後、その後は全力で真っ直ぐと体育館へと向かう事が求められた。  幸い、万が一の時の〝奥の手〟がグラウンドにある。それを説明すると、皆んな真剣な表情で頷いてくれた。   「チャンスは一度きり。誰かが捕まれば、エルフライドに乗った私達がそれを救出する。賢いシトネも必ず必要になるだろうから、連れて行きましょう」 「ベツガイとユタは?」 「彼女らは——私達がエルフライドに乗るのに反対していた。もしかしたら問答になったり、抵抗されるかもしれない。そうなれば面倒なことになる。今はとにかく時間が惜しい。直ぐにでも事を起こさなければコックピットが開いているのに気づかれる」 「ホンマに操縦できるんやろうか? 行き先もわかる様になるとかセノは言ってたけど……」 「セノ・タネコを信用するしか無いわ。私達に残された選択はこれしかない」  私は皆んなの頭を引き寄せ、目を瞑りながら額を合わせた。 「みんな、ゲームを思い出して。冷静に、冷静に考えるの」  私達は指揮官を通じて、大胆な発想と行動力を得た。理論構成と組織的行動はシノザキ伍長から教わった。  それらを裏切る為に活用するのは、正直申し訳ない気持ちになる。  しかし、その恩を踏みにじれる程、私達の意志は強く固まっていた。私達には、後がなかったのだ。 △△△△ 「トドロキ上等兵! セノが!」 「どうした?」  私は騒ぎながら手を引いて、トドロキ上等兵を部屋に招き入れた。  トドロキ上等兵は床で倒れているセノ・タネコを確認するなり、慌てて近づいていき——背後に隠れていたリタがトドロキ上等兵の全てを覆い被せるようにシーツを放った。 「おい、何を!?」 「セレカ!」  ベッドの下に隠れていたセレカが視界の失われたトドロキ上等兵の膝裏へとタックルを決める。  体勢を崩したトドロキ上等兵は床にすっ転んだ。 「ロープを——」  言う前に、皆んなは動き出していた。キョウコはシーツを被ってお化けの様になったトドロキ上等兵をロープで巻き、縛り上げようとする。  しかし——シーツから、サメの尾びれの様にナイフが飛び出てきた。  ナイフはシーツを切り裂き、直ぐに体勢を取り直したトドロキ上等兵が露わになった。  油断していたはずなのに、対応が早い。やはり、軍人というのは侮れない存在だと実感した。 「お前ら、いきなりなんのつもりだ!」 「皆んな! 走れ!」  私の叫びに皆んなは廊下に飛び出ると——我先に校庭へと続く廊下の窓を乗り越えるセレカ達が視界に入る。 「おい! 何をしている!」  不意に、聞き覚えのある怒声がした。騒ぎを察知してか、三つ離れた教室から出てきた指揮官や、シノザキ伍長、エンジニア達の姿がそこにはあった。 「止めろ、エルフライドに乗る気だ! 絶対に体育館に行かせるな!」  指揮官はこの一瞬で全てを察した様だ。平時では見たことの無い、怖い形相を浮かべていた。  シノザキ伍長らがそれを聞いて、慌ててこちらに走り寄ってくる。  やはり——指揮官は一筋縄ではいかない。   私達は急いで窓を乗り越え、校庭の先にある体育館を目指す。直ぐに窓の割れる音と共に、バタバタと走り寄る大人達の足音が聞こえた。  砂埃を上げながら全力の走りで、命を削るつもりで校庭を駆ける。  私はセレカ達の最後尾にいた。  その時——私の頭の中では、理不尽サッカーをした時の事が頭をよぎっていた。  正直、あの時は訓練だと言われていて、実際にそう思っていたけれど——。  楽しかった。とても楽しかったのだ。  仲間と作戦を立て、実行し、勝利や敗北を経て、明日へと向かう。  明日が待ち遠しいと思ったのは、あの時初めてだった。今まで、あんなに充実した日々を過ごした事が無かった。  だからこそ——ユタの脱走騒ぎで、私はおかしくなるほど気が動転していた。  あんな日々はもう二度と戻って来ない。そう思うと、胸が張り裂けるような思いだった。 「ああぁぁぁッ!!」  私の喉から、叫び声の様なモノが上がった。  だけれど、皆んなは振り返らなかった。振り返れなかった。  一番足の速いキョウコと、次席のセレカがゴールポスト付近に既に到達していた。  二人は振り返り、遅れて走るトキヨ、リタ、私を見据えている。  セレカが腕を上げ、理不尽サッカーでも使用していた、〝敵と肉薄している〟合図を送ってきた。  つまり——私の背後にはもう大人達が迫りつつあるのだ。  走る事に精一杯で気配すら感じなかったが——このままでは捕まってしまうだろう。    「お前ら散会しろ!」  予定より早く——指揮官が罠に気づいた様だ。  私は慌ててセレカとキョウコに合図を出した。 「今よ!」  トキヨ、リタは私の合図と共に目を瞑り、息を止めながら走る。  私も目を瞑り、息を止めながら走った。酸欠で死にそうだったが——これから起こることを考えれば必要だった。  目を瞑りながら、猛烈な砂埃が起こったのを肌で感じた。  大人達が驚きと共に咳き込み、失速した気配があった。グラウンドで発生した砂嵐は人為的に起こされたものだ。    私達——〝理不尽サッカー〟の旧Aチームのメンバーは、理不尽サッカーでの奥の手として、夜中に細かい砂を被せたブルーシートをグラウンドに潜ませていた。  雨が降っても大丈夫なように、二層構造にするほどの手の込み用だ。ゴールポストの上部のポール部分に伸びた紐を引き、連結させたブルーシートをポスト側に引き上げれば——大量の砂を撒き散らし、煙幕のように視界を奪う事が出来る。  作動するかも判然としない、粗末な罠。結局、理不尽サッカー中に使用する事は無かったが——今、この時に役に立った。  私とトキヨとリタは、酸欠状態で死に物狂いで走る。待っていた二人と合流し、体育館の裏口部分へと向かう。  いつも通り、段差となるダンボールが敷かれており、窓も前入った時と同じで開いていた。  私達はトイレに侵入。蹴破る様にタックルを決めて扉を開け、銀色の箱——エルフライドが保管してある部屋へと侵入する。  そこには——セノ・タネコの言っていた通り、胸部分が開かれてコックピットが露出した、エルフライドの姿があった。  私達は無我夢中で天井から吊されたエルフライドに飛びつき、コックピットに乗ろうとするが——吊るされたエルフライドのコックピットは高さがあり、乗る事が出来ない。 「乗れない、乗れないよお!」  息を切らしながら、狂ったようにエルフライドに縋り付く皆んな。  考えろ——考えるのだ。何か、何か方法は——。 『ロボットの一つを落とした。チェーンでぶら下がってるだけだから、ボタン押したら落ちる』  私はあの夜——天井部分で操作盤を駆使し、シトネがロボットの一つを落とした事を思い出した。 「ボタン——」  私がつぶやく様に言うと——セレカが顔を上げた。 「それや! シトネがやってた!」 「私が操作する!! 皆んなは直ぐにでも乗れる準備をしてて!」    私は視界が狭まった酸欠状態のまま、急いで銀色の部屋から出て、壁際の梯子を登り、手摺りにかかった橋を渡って銀色の部屋の天井へとジャンプする。  転がるように着地しながら操作盤へと走り寄り、蓋を開けた。   「どれ、どれよぉ」    分からなかった。操作盤はあまりにも複雑でボタンが沢山あり、どれを押せば望んだ結果が得られるか分からなかった。  シトネがどのボタンを押したかも覚えていない。そうこうしている間に——体育館の入り口から騒がしい大人達の声が聞こえてくる。  私は半狂乱になりながらも、とにかく目につくボタンを押しまくった。 「落ちて、落ちてぇぇえっ!」  私の叫びと呼応する様に、強烈な落下音が響き渡る。  天井の丸窓を確認すると、床に膝をつく様に落下したエルフライドへ乗り込む皆んなの姿があった。  私も——急がないと。  配管を伝って屋根から降りようと試みたが——酸欠だった私は眩暈がして、中途まで降りた辺りで手の力が抜け、落下した。  頭を打ち、意識が朦朧とする。息はし辛いし——猛烈な吐き気がした。  その時だった。ジジッとした電子音と共に、視界にノイズが走った。 『あなたは正統なモルガンの子なのよ——』  どこからともなく、聞き覚えのある女の声が頭に響いてきた気がした。  瞼の裏にフラッシュバックするのは、とある食卓での光景だ。頬を張られ、私は鼻から伝った血を拭っていた。 「違う、私は——」  私は何に対する反論かも分からないまま、立ち上がろうとしていた。  食卓での光景は消え失せていた。四つん這いの状態から必死に起き上がろうと手足を動かす。  ふと、起き上がりざま。視界の端に何やら、私を見下ろす子供の足のようなものが映った気がした。 「誰ッ!?」  勢いよく顔を上げたが、誰もいなかった——気のせいだろうか?  頭がズキズキと痛む中、壁を伝ってフラフラとエルフライドへと向かう。  銀色の部屋に入ると、既にいくつかのコックピットは閉じられていた。  皆は、先にエルフライドに乗ったようだ。急いで私も乗らないと——緩慢な動作で、開かれた胸部分へと向かう。  中をのぞき込むと、コックピット内部は恐ろしく狭くて、暗かった。 「ユリィィィッ!!」  ——私達が孤児院に居た時代。私はキノトイ・アネでは無く、ユリと呼ばれていた。私達——絆以上の関係を持った仲間しか知り得ない名前。  それを聞き、反射的に振り返る。  そこには——指揮官達を背後に控え、顔面蒼白になったユタが立っていた。 「お願い、乗らないで……」  懇願するように胸に手を合わせたミアの姿あった。  彼女は脱走して廃校に警察官を連れてこようとした程——私達の命を案じていた。  ベツガイに利用されていたと知った時、私は正直同情し、裏切り者と罵り、軽蔑した自分を恥じていた。  しかし——。 「……私は」  私の朦朧とした意識は、ミアの言葉でハッキリとしたものに戻っていった。  私は、ユリでも——モルガンの子でもない。 「私は——私はキノトイ・アネよ!」    言うなり、私はコックピット部分に飛び乗った。  コックピットはまるでスーツの様だった。車の運転席の様な感じかと思っていたが、座るというよりも立つという表現が相応しいものだった。  半身が飲み込まれる様にすっぽりと埋まった。  私が乗れば、グシュッ、という独特な起動音と共に、コックピット内に明かりが灯り、胸の開放部分が閉まっていく。  最後に視界で捉えたのは、絶望した様にその場で泣き叫ぶユタの姿と。走り寄り、何とかそれを止めようとする指揮官達の姿だった。 「ごめんな——」  さい、とまでは言い切れなかった。  感想はどの口が、だった。視界がブラックアウトした。   △△△    コックピットが完全に閉じられたと認知した瞬間。  私は気付けば、階段の上に居た。それも、風の吹き抜ける天空の——ああ、何と表現すれば良いかは分からない。  到達点が見えない程長く伸びる階段の、中途に居ると言えば分かってくれるだろうか?  天空にポツンと浮かぶ様に、階段だけが存在しているのだ。  どこまで下にあるのかも、どこまで上に続くかも分からない階段。その中途、不気味なほど暗ずんだ空の中に置き去りにされたように、私は一人だった。 「ここは——どこ?」  猛烈な風が鼓膜を煽る中、私は本能的と言っていいほどに、一歩、また一歩と階段を下りる。  その時、脳に電撃が走る様な——知識が直接頭の中に雪崩れ込んでくるような万能感が満ちる感覚がした。 「今のは——?」    また一歩階段を下りる。またもや、電撃が走る様な気がした——それが物凄く、今まで感じたことの無いような爽快感があった。  階段を下りる毎に、脳内にあったモヤモヤが腫れていく。全知に近づいている。それを感じたくて、ひたすらに階段を降りて行った。 △△  いくつ階段を下りただろうか?  周囲の——階段の外の景観は相変わらず濁った雲が蠢く天空だったが、降りて行った先。  途中で、古風な石造りの門が現れた。その周辺は草が伝い、その先にはさらなる変化がある事を示しているようだった。  私は迷わずその先に進む為、門に手をかけようとする。  その時だった——。 「あなたには、ここはまだ早いよ」  門の先から、女の子の声が聞こえてきたのだ。 「セノさん?」  周囲に吹く強風でハッキリとは聞こえなかったが、セノ・タネコの声に似ていた気がした。  私が尋ねるが、返答は無い。気になって門の先を見ようと手を伸ばしたが——。 「開けちゃダメって——言ったでしょ!!」  そんな声と共に——門が少しだけ開き、小さな白い手が伸びてきて、私を勢いよく突き飛ばす。  私の体はそんな華奢な細い腕によって、重力を無視するかのように、階段を後ろ向きに吹き飛んで——。 △  目を覚ました。エルフライドのコックピット内に居た。  内部はSFチックなモニターによる蛍光で明かりに満たされていた。  先ほどのは——夢、だろうか。いや、違う。アレはエルフライドの〝学習装置〟だ。  あの天空の階段は〝深層領域〟私は自身の内面世界で、エルフライドを動かす知識を得た。  じっとりした汗が流れていた。気持ちを切り替えよう。  頬を張り、ツインテールを維持していた髪留めを外す。  それが終わると、私はコックピット内で埋まるように設置されてある、ゴーグルの様な物体を手繰り寄せた。  これはエルフライドの〝目〟だ。これをつければ、エルフライドの外の景色を見る事が出来る。同時に、エルフライドの耳ともなり、エルフライド同市の通信を可能とするのだ。  私は最初からその存在を知ったかのように、迷わずそれをつけながら——セノ・タネコの放っていた言葉を思い出していた。  なるほど、乗れば分かる、か。確かに今、私は誰からも教わっていないのに、エルフライドを動かすために必要な知識が全て揃っていた。  ゴーグルをつければ、神経回路とエルフライドがリンクし、自分の手足同様自在に操る事が可能となる。  目の部分に装着すると、ゴーグルの紐部分が生き物のように収縮して、私専用のサイズとなった。  パッと、視界に外の光が映る。眩しくて思わず少し目を細めたが、直ぐに慣れた。エルフライドの頭部から見えている視点に目をこらせば。  そこには、必死にエルフライドの胸を叩いて何とか開放しようとしている指揮官達の姿があった。