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モールを散策

 モールには中央に巨大な吹き抜けが存在した。  レストランエリアにいた数十人の人々は、ガラス張りの手すりが設置されたテラスからその吹き抜けを見下ろしていた。  僕も手すりにもたれかかって階下を覗いてみたが、薄暗いモール内は驚くほど静かで、先ほど響いた銃声は無く、悲鳴も聞こえてこない。 「やあ兄弟」  パーカーを着た三十代くらいの男性の背中に英語で話しかけると、彼は振り返りざまに驚いた表情を見せていた。 「……バスの少年か?」  アラビア語だ。それに、見覚えは無いが行きのバスの同乗者だったのだろう。僕の脳内の言語中枢は、一瞬でアラビア語モードにスイッチされた。 「状況は分かる?」  聞くと、彼は首を横に振った。 「いや、俺たちも何が何だか……。もしかしたらテロリストかもって、話していたんだ」  ふむ。なら僕と状況は同じか。僕は彼の肩に手を置いて、別れの挨拶を投げかけると、彼は驚いた表情を浮かべた。 「キミはどこに行く?」  僕はとりあえず肩をすくめた。 「新発売の歯磨き粉を探しにさ。ドクターペッパー味だって。これは是非とも試してみないと」  そんな適当なことを言うと、男はポカンとした表情を浮かべた。  そして、再び何か口を開こうとして。モール内に轟く、雷鳴のような轟音。階下から響く破裂音を聞いて、身をすくませた。   その場にいた数十名の者たちは悲鳴を上げながら駐車場へと続く入口へと向かって行く。そこはアリ地獄のように行き止まりだが、あの人数ならなんとかしてシャッターをぶち破ることに成功するかもしれない。よって、真実を告げるようなことは控えておいた。 「おい、キミ!」  声をかけられたが、僕は別方向へと向かって走り出す。薄暗く人気の無い空間が、やけに馴染んだような錯覚を覚えていた。    △  五階へと到達した。どうやらBLDの連中はさらに階下をうろついているようで、敵影はゼロ。素人か訓練を受けた集団かは分からないが、階下から索敵クリアリングを行っていることは容易に想像できる。  それに伴って、生存者である客たちはテロリストのいないであろう階上へと避難している姿が散見された。    このまま時間だけが過ぎれば、いずれはイノセントの武装警察が突入してくることは明白。  何の目的でこんな暴挙を起こしたのかは知らないが、リミットのあるBLDがトチ狂って火をつけたりしないかが心配だった。  それと、しばらく歩き回ったが、このモールはなかなかの広さらしい。足音を立てないように慎重に動いていたせいもあるが、目的の映画館とやらを見つけ出すのに、数十分も要してしまった。  映画館はモールに併設されているのを考えると当然というか、小ぶりな印象を受けた。受付の床にはホットスナックやポップコーン、ドリンクが転がっていて、慌てて客が逃げ出したのが窺うかがえた。  暫く周辺を歩き回っていると、蛍光文字で職員用と書かれた看板のかかった部屋を発見した。  中に入ると、複数のPCの他に、唯一チカチカと明滅する固定電話機を発見した。  なるほど、これが非常用電話か。しかし、存在を確認したはいいが、まだ与えられたミッション内容である偵察任務はクリアしていない。  とりあえず位置を確認したということで、僕が踵を返してそのままフロアに戻ろうとすると。  手首が振動した。二度目の三ツ目サードアイから緊急連絡だった。 『現在地はどこ? 映画館付近なら、直ぐに連絡をするように。番号は――』  電話機の前に戻り、メッセージ通り番号を打ち込んでみる。感心なことに、ワンコールで電話が繋がった。 『……現在の状況は?』 「BLDが散発的に発砲しながら階下を索敵クリアリングしていってる。見立てではまだ二階か三階だと思うよ。それと、人数や武器は把握できていない。当然ながら目的も不明だ」  素直に状況報告すると、返ってきたのは『そう』という興味なさそうなAI音声のような相槌と、深いため息だった。      『実は先ほど、最悪なことが発覚した』  テロリストがモールに侵入した時点で最悪だとは思うけど、茶化すのはやめておいた。緊急時だし。  目論見通り、三ツ目サードアイは言葉を続けた。 『武装警察のメールを傍受したところ、レベル5の保護対象がモール内にいる可能性が高いことが判明した』  それを聞いて、思わず深いため息を吐きそうになっていた。保護対象とは、僕の主任務の一つとなっている存在で、イノセントにとっても生命線といえる存在だ。  それも、レベル5とは最重要人物を指していた。 「もしかして、連中はその保護対象を探しているのかな?」 『それは分からない。だけど、今までイノセントで大人しく潜伏していたBLDがここまで目立って行動を起こしたとなると、その意義からして、可能性は高い』 「で、どうしろっての? まさかマクレーンみたくテロリストを全滅させろっていうんじゃないだろうね?」 『現在、イノセント最精鋭の特殊部隊がモールに向かっている。モールの突入訓練も行っている彼らのカタログスペックを考慮すると、作戦立案と到着、突入までに少なくともニ十分以上かかる。手段は問わない。それまでの間、偵察を継続し、保護対象が危険に晒されていると判断したならば、連中の目をあなたが引き付けて』  無茶苦茶だ。自動小銃を持っているであろう相手にする事ではない。例えるなら、素っ裸で殺人蜂の巣を棒でつつけと言われているようなものだ。  「流石に武器の一つも無いと厳しいよ」  僕がそう口にすると、三ツ目サードアイは小さくため息を吐いた。 『アナタが失敗したり、任務を放棄すれば情報局からイノセント側にあなたがスパイだと報告がなされる手筈になっている』  つまり、文字通り後は無いってことか。まさにがけっぷちだ。 「今からでも入れる宗教があるならぜひとも入信したいよ」  僕が諦めのような言葉を吐いていると、気のせいだろうか、三ツ目サードアイがクスッと笑った気がした。 『武器に近しいモノならある』 「それってどんな?」  期待せずに聞いてみると、 『五階の電気売り場に懐中電灯がある。軍用品クラスの光量を放つタイプ』  懐中電灯。素人ならそんなもの何に使うのかって憤るだろう。だけど僕はそれを聞いて、幾ばくかの希望を見出していた。  軍用ライトをこの暗さでいきなり至近距離から照らせば、相手の視界を数瞬奪える可能性が高い。その隙を生めば、活路が開ける可能性はある。まあ、丸腰でこれを複数の武装した人間にするなんて無謀だけど、無いよりはマシかもしれない。   僕は諦めを含めた息を吐きながら、 「分かった。行ってみるよ。情報局なんかの下請けを引き受けたことを呪いながら、ね」 『保護対象は恐らくモール内のどこかに隠れていると思われる』 「そうだろうね。イースターエッグみたく簡単に発見されないことを祈るよ」  『このモールは広大。敵に発見される可能性は乏しいと思うけど、彼女が死んだら情報局の今までの努力が水の泡になる。下手したら日本国とイノセントの戦争に発展しかねない。何とか任務を遂行して』  ブツッ――電話が切れた。  それと同時に、僕は近くにあった椅子に力なく腰かける。 「なんてこった。僕の日常は生活用品を買う事すらままならないのか」  フーッとため息。それだけで精神が落ち着くのだから、自身のことながら違和感を覚える。  というか、自分で言うのもなんだが、僕は常に冷静だ。これから死ぬかもしれないというのに、そのことすらどこか客観的に捉えている気がする。   これを異常というのならば、異常なのだろう。病院で出会った中年。妖精のような存在の言葉を引用するのもなんだけど、やはり僕は狂った世界の一部なのだ。