楽しませろ
日曜日。その日は奇しくも、雲一つない晴天。絶好の行楽日和となった。
美月はいつもと変わらない様子で起きてきて、僕の少しだけ完成度の上がったオムレツをペロリと平らげた。
学園は休みなので、三ツ目は十時ごろに起こした。 いつもより長く眠ったはずの彼女は、相変わらずぬぼーっとした様子だった。
理由を聞けば、多めに寝られる予定があったから、その分だけ夜更かしをしたらしい。どうやら彼女の辞書に、「プラマイゼロ」という言葉は存在しないようだった。
「今日はデートだ」
玄関先に設置された姿見の前で、美月が呟いた。僕は背後から美月の襟元を直し、彼女のお気に入りの帽子をかぶせる。
「そうだね」
「メイソンとのじゃないぞ」
「僕とのデート?」
「そうだ。きっと、楽しい」
二人して玄関を出ると、既に自動運転車が迎えに来ていた。エスコートも最早手慣れたもので、難なく美月を後部座席に納める。
彼女はウキウキとした様子で車窓を眺めながら、パタパタと足を振っていた。
「そんなに楽しみ?」
「まあな。滅多な理由では、外に遊びにいかない」
「どうして?」
「私が自発的に遊んでいると思われるのが――癪だからだ」
そういうものか、と思った。彼女はあまりに複雑な感情を秘めている。それが分かったところで、僕にできることなんて何もないのかもしれない。
だけど。多様な価値観を持つ彼女の、そのほんの一部分くらいは、僕が共感してあげたかった。
△
遊園地は美月邸からニ十分ほど走った場所に位置していた。
学園同様の大きな塀からも姿を覗かせる巨大なアトラクションの数々。特に観覧車とジェットコースターは巨大で、美月のテンションは次第に上昇していった。
専用駐車場に差しかかるころにはその興奮もピークに達したようで、早く車両から降りられるように僕に詰め寄って来た。
『目的地に到着しました』
美月に押されるようにして車両を降りるが、僕は車窓からも感じていた違和感を胸に、周囲を見渡す。
広大な駐車場は、隅に数台車が止まっている以外他に見当たらず、あまりにも閑散としていた。
「どうした明人。早くゲートに行くぞ」
「いや……誰もいないから」
僕の言葉に、美月は呆れたように腰に手を当てた。
「当たり前だ。区画長三人が揃い踏みだぞ? 貸し切りに決まっている」
「貸し切り?」
「ああ」
「遊園地を?」
「遊園地を」
美月がこらえきれないように歩き出したので、僕はその背を追う。帽子の隙間から伸びる黒髪が気まぐれにゆらゆらと揺れていた。
「不特定多数の人間がいる中だと、お前も警備がしづらいだろう」
「まあ、それもそうだね……」
僕が諦めのような息を吐きながらファンシーなデザインのゲートを視界に入れた時だった。
『……何か、おかしい』
三ツ目の気になる一言に、僕は一瞬、立ち止まりそうになる。
「どうしたの?」
『遊園地より二キロ先でドローン事故が頻発している』
「事故?」
『イノセント警察は予備の偵察ドローンまで駆り出している。遊園地付近はカバーされているが、増援のドローンは来ないと見ていい』
美月に視線を寄せると、彼女も片耳につけた肌色の通信デバイスで内容は把握していたようで、ふっと不敵な笑みをこぼしていた。
『一度、様子を見た方が――』
「何を言っている?」
美月は優雅に髪を払いながら、
「デートにトラブルはつきものだ」
遊園地のゲートをくぐると、既にシンラとメイソンの二人は大きな広場の噴水の手前で待機していた。
シンラは動きにくそうな華美な民族衣装。メイソンはジーンズに襟付きのシャツと、かなりカジュアルな恰好だ。
「すまん、遅れたか?」
美月が朗らかに話しかけると、シンラは「いえ」と微笑を浮かべながら首を振り、メイソンは「お陰で姫様とお話賜れたからな」と、両手を広げていた。
二人とも、何故か護衛の姿は見えない。そんなハズないと、僕がキョロキョロと周囲を見回していると。
「どうした? まだパレードは始まらないぜ?」と、メイソンに茶化された。
「あの……二人とも護衛は?」
聞くと、シンラとメイソンは顔を見合わせながら、
「デートには邪魔だろう? もしかしたら雰囲気がよくなってキスするかもしれないからな」
「キスは絶対いたしませんけど、同じく邪魔なので外で待機させています」
と、二人は当然のように回答した。護衛も連れずに遊園地か。客がいないしても、いささか不用心過ぎではないだろうか?
そう思っていた僕だったが。
「おい、遊園地に来て談笑するヤツがあるか。さっさと回るぞ」
美月はそんなことどうでもいいらしい。シンラの腕を乱暴にとり、先導するようにズンズンと先に進んでいった。
「ふっ、行こうぜ」
メイソンはポケットに手を入れて落ち着いた様子だ。彼の腰に視線をやると、シャツに不自然な膨らみが。
恐らく、大きさからして、四十五口径クラスの拳銃を隠し持っているのだろう。
「おい、そんな情熱的な視線で見てくれるなよ。そっちの気があるのかと疑っちまうぜ」
メイソンにそんなことを言われ、思わず目を逸らす。
彼は独特だ。喋っている内容、話し方は明確だし、特筆さもない。
だけど、飄々としていて、如何にも頭が切れて、そして――それが妙に、魅力的だ。
別に本当にそっちの気があって、彼を恋愛の対象として見ているわけでは無い。出会ったのはつい数日前なのに、何だか、彼と接していると、自然と命を預けてもいいと思えるような、この遺産を守らなければ、というような……不思議な感覚を覚えるのだ。
美月も飄々とした支配者だけど、彼女には恐怖感というか、得体の知れなさというか、圧倒的な知力に大して、自分がどう思われているのだろうか、という思考が働いて気後れしてしまう。
だけど、メイソンは違うのだ。側にいるだけで、何だか妙に誇らしくなってしまう。不思議だ。本当に不思議だ。これが本物のカリスマというやつなのかもしれない。
△
遊園地のアトラクションは驚くべきことに、係員なる人間の存在はいなかった。人型をした受付が案内して、乗り物もシステムが制御しているそうだ。
驚愕する僕をよそに、美月は大はしゃぎだった。
美月はとにかく、アクティブなアトラクションを体感したいようだ。ジェットコースターを始めとする絶叫系、バンジージャンプ、ホラーハウス。
メリーゴーランドや観覧車を見つめるシンラは意に介さず、腕を引っ張ってスリリングな体験の道連れにしていた。
そのくせ、ジェットコースターを乗り終わったあと、美月は震える手を見つめながら「死ぬかと思った……」なんて呟きを漏らして、涼しい様子のシンラに呆れられていた。
メイソンは意外にも絶叫系は苦手なようで、「こんなもんシラフで乗ったらチビっちまうよ」なんて、本音を吐露し、美月に馬鹿にされて苦笑を漏らしていた。
僕もアトラクションに興味は無いし、警戒をするという名目でメイソンと二人して、ジェットコースターで叫び声をあげる美月と、無の心を体現したかのように静かなシンラを遠巻きに眺めていた。
メイソンはそんな様子を見届けながら、コーヒーを片手におどけたように、
「飛行機も苦手なんだ。数度乗ったことはあるが、信じても無い神に祈りを捧げちまった」
飛行機。そのワードを聞いて、僕の胸が高鳴った。別にメイソンの、飄々としている普段とのギャップに魅せられて恋に落ちたわけでは無い。自身の曖昧の起源でもある、飛行機事故を思い出したからだ。
僕が黙っていると、メイソンはコーヒーを啜りながら、
「おしゃべりは苦手か?」
僕はコースターの下降場所で「明人助けて!」と叫ぶ美月を視界に入れながら、
「キミは……何だか、今まで出会った人と違うから」
そんな、回答とも言えない返答を漏らしていた。メイソンはクックと悪役のような笑みを漏らしながら、
「美月のような奇天烈人間を相手しているくせに、よく言うぜ」
「美月も、キミに対して同じようなことを言っていたよ」
メイソンはジェットコースターの柵にソファみたくリラックスした様子でもたれかかりながら、
「雅静が今まで以上に派手に動き回っている」
そんな、簡潔でいて、不穏な言葉を漏らした。何故、それを僕に? とは、聞かなかった。
単純に無粋な気がしたから。
「雅静は……どうするつもりなのかな?」
「さあな。考えられる要素が多すぎる。もとより、雅静は複数の選択肢を得てから動く人間だ」
「キミはどうなの?」
聞くと、メイソンは薄ら笑いを浮かべながらコーヒーを啜った。
「人生ってのは何の為にあると思う?」
どうやら、哲学の授業が始まるらしい。そのことを察せたのは、美月をはじめとする数多くの支配者と関わってきた経験値によるものだろう。
こういう時の僕の役回りは決まっている。
「……家族を作って、それを養って……繋いでいくため、かな?」
メイソンは上機嫌そうに両手を広げながら。
「楽しむためさ」
予想外の返答だった。それは、美月と違って、凄く明快な答えに思えたから。
「……楽しむ?」
メイソンはコーヒーを持った手で器用に中指を作ると、それを僕に見せつけてきた。
「これが何だか分かるか?」
「……中指?」
「違う、人生のF。ファックだ。ファックザシット。お袋が鍋を焦がした時によく聞いたな」
僕が困惑していると、メイソンは楽し気に笑っていた。
「でもよく見てろ。ファックにも、欲張ってもう一方指を足せば……」
今度はピースサインを浮かべたメイソン。彼はそれを太陽にかざすように見つめると。
「人生のFをVに変える。すると、現在の完成だ。人生という曖昧な単語から、俺たちが感知し得る今、この瞬間へと引き戻される。すると、何が起こるか?」
「何が起こるの?」
興味深げに僕が聞くと、メイソンは嬉しそうに微笑みながら、
「クソッタレな現実が押し寄せてくる。人はこの現実、人生という濁流に異議を唱え続けてきた。結果、生まれたのが芸術だ。人々は芸術を現実への逃避に使い、その逃避行動の昇華を幾度となく繰り返してきた」
「昇華?」
「ドラマや映画、音楽……果てにはビッチの気まぐれなヨガまで。数えたら、キリがない」
要するに、人はエンタメを現実逃避に行使してきたということだろう。しかし、それが『人生とは何か』にどう繋がるのだろうか?
メイソンは途端に神妙な面持ちを繰り出し、コーヒーを口元に運びながら。
「かつての祖国にいた、命を顧みなかった英雄たち。彼らは死を恐れなかったわけでは無い。その先に待つであろうデカすぎる特典に目がくらんでいたのさ」
「特典って?」
「祖国に帰り、得られるであろう賞賛や恩恵……果ては棺桶にまで持ち込まれるであろう誇り。なんとも素晴らしいじゃないか」
メイソンはコーヒーをズッと啜って、話を締めくくった。対する僕は暫く言葉を失っていた。何故なら、素晴らしいと表現したメイソンの声音が、実に不快そうだったからだ。
メイソンは僕の視線に気が付くと、あからさまな苦笑を披露した。
「あのさ」
「あぁ?」
「この遊園地デートを企画したのも、楽しむため?」
僕がその問いをもたらした時だった。
遠方でパンパンッと紙袋の弾けるような音。本能で銃声と理解した僕の血は瞬時に沸騰し、腰から拳銃を引き抜いて低い姿勢をとった。
「三ツ目、状況は――」
耳の無線はノイズしか聞こえなかった。僕が舌打ちを吐きながら立ち上がって未だアトラクションを楽しむ美月の姿を探していると。
「慌てるなよ、カウボーイ」
メイソンの抑揚のない言葉。横目で彼を捉えると、相変わらず柵にもたれかかったまま落ち着き払っていた。
「粗悪な爆撃ドローンが飛んできていたからな。悪いが、強烈な妨害電波を放たせてもらったぜ」
妨害、電波? メイソンの言葉を理解できず、困惑していると。
「イノセント警備のゴミは使えない連中ばかりだ。外にいたBLDのテロリストどもは俺の手勢で対処させている」
メイソンの手勢……第五区画の兵士のことだろうか?
しかし、気になることは山ほどある。彼の口ぶり、それは、まるでこの襲撃を予見していたかのようなものだ。
「このデートを企画した理由だったか?」
メイソンは尚も遠方で銃声が響く中、アトラクションから降りてきた美月たちを視界に入れながら。
「クラスメイトに最後の楽しみを与えてやるためさ」
僕はそれを聞いて、思わずメイソンに拳銃を向けそうになった。「最後の楽しみ」それはまるで、美月への処刑宣告のように感じたからだ。
しかし、メイソンに銃を向けることに対して、本能が拒絶反応を示した。
視界の端、ファンシーな西洋風の建物の屋上。そこにわざとらしく、光を反射させるスコープのような存在を確認したからだ。
動くに、動けない。いや、動けようがない。
そうすれば僕の頭が吹き飛ぶ。そんなイメージが数度は沸いた。メイソンはそんな様子の僕をアトラクションの一部のように面白がっていた。
「今日、直ぐにって話じゃない」
「……じゃあ、明日とか?」
「おいおい……お前、何か勘違いしてないか? 言ったろ、雅静が派手に遊びまわっているってな。第五区画もそれに懸念を持っている連中ばかりだ、レッカーも好戦的な馬鹿どもを抑えるのに必死こいてやがる」
背後を清掃用ロボットが通りがかった。メイソンはそちらに向け、空になったコーヒーを放る。清掃用ロボットは直ぐにゴミを感知して近寄って来た。
「キミは……なんで僕にそのことを教えてくれたの? 味方なの?」
ゴミを拾って、自身の体内に収納するロボットを挟んでの問い。
「そうだな……俺から言わせてもらうことがあるとするならば、それは一つだ」
腕組みしたメイソンは唐突に寄りかかっていた柵から離れて自立すると、
「もっと俺を楽しませろ」
彼は僕の横を通り過ぎさま、そんな言葉を放ってきた。