真相
固定カメラ視点――。
場所は血と静寂に満ちたキッチン厨房内。転がる薬莢、呆然と僕を見つめる美月。僕の目に映る光景は、紛れもない、モールで美月と初邂逅を果たしたときのことだった。
一つ違うのは、僕が見ているこの光景。これは以前見たモノのその後を映す光景だという事だ。
『曲者の僕』は熱したナイフを傷口に押し付け、止血を終えてから息を吐き出すと。
「お嬢さん、キミは銃を持っていたね」
曲者の僕はコンロの火を消すと、鋳造直後みたいなオレンジ色から、冷えて、暗闇に同化するようになったナイフを厨房の床に放り捨てる。
「何者だい?」
その問いに対し、美月は少し固まってから、
「サナダ・ミツキ……」
曲者の僕は笑った。ふっと、悪役みたいに。
「イノセントの中央区画長サマか」
美月はそれを受けて、臆したように一歩後ずさる。
「お前は……どこの組織のモノだ?」
曲者の僕はそれには答えず、
「なんで中央区画長サマがわざわざ、哀れな一般人サマを助けたの?」
そんな疑問を漏らした。
そうだ、僕はそれを疑問に思わなければならなかった。死が蔓延ったあの薄暗いモール内。
叫び声をあげてテロリストを呼び寄せたような愚か者の僕を、どうして『冷酷で残忍な』はずの美月が助けたのだろう。
彼女は自身の大義の為に、人死にも辞さない人間なのに。
……最初は僕も彼女の善意からの行動だと認識していた。だけど、美月と接していくうち、美月の思想に触れて行く度、曖昧な僕と違って、彼女の支配者としての合理性、そして、芯の強さ、恐ろしさを実感していったのだ。
「……なんで、だろうな」
その返答に、固定カメラ視点の僕は衝撃を覚えていた。
美月のこの回答――これが指し示す意味。それを理解していたからだ。美月は胸に手を当て、震えを堪えていた。
「私はカフェテリアの隅で、ずっと隠れていた」
美月は涙をこぼしていた。一人の少女のように。
「私を殺しにきたテロリストがやって来て、関係ない人間を殺し、去っていくまでずっと眺めていた」
曲者の僕はそれを受け、無表情に無理やり張り付けたような笑みを浮かべた。
「じゃあその時、キミがすぐに姿を現したら、無駄な死者を生むことも無かったわけだ」
「……覚悟はしていたハズだった、だけれど――」
美月はそこで言葉を詰まらせた。それを見た曲者の僕は、今度は穏やかな表情を見せて。
「僕は、情報局の使いだ」
そんな、衝撃的なカミングアウトを持たらした。
「……情報局? 日本の諜報組織か?」
「ああ。情報局はキミや他の区画長、または区画長候補を救おうとしていた。だから僕が送り込まれたんだ」
「……は? 何のために?」
「イノセントとの戦争を避けたいらしいよ」
そこで美月は、ようやく僕が知る美月に近づいた表情を浮かべていた。
「……お前は、普通に見えない」
「だろうね」
「叫び声をあげていた」
「ああ」
「なのに、急にそんな感じの……プロの殺し屋みたいになって……」
「周囲のテロリストどもを蹴散らした。まるでケイシー・ライバックのように」
曲者の僕が続きを奪うように話すと、美月は困惑したようにコクリと頷いた。
「まあ、割と複雑な話なんだけど……話すよ、包み隠さず」
そこから曲者の僕は、美月に対して僕にまつわることを全て話し始めた。
情報局に雇われた経緯、そして現状に置かれた状況について。曖昧な僕ですら知りている情報もあれば、知らない情報も飛び出していた。
「僕の名前はウィリアム・トレント」
「……トレント? まさかお前……」
「ああ。トレント社は社員にトレント姓を名付ける。僕はれっきとした、トレント社の社員だった。こう見えて、名うての戦士だったんだよ」
「……それで情報局に亡命した?」
「そうだよ」
「何の為に?」
「単純に言えばすべてが馬鹿らしくなった。そんなつまらない理由だよ」
美月は全てを聞き終えたあと、暫く間を開けてから。
「正直、全てを信用しろと言われても無理だ」
「だろうね。僕だって、逆の立場ならそうだよ」
「一つ、聞きたいことがある」
「なに?」
「どうして、私に身分を明かした?」
曲者の僕は軽く肩をすくめてみせた。負傷のためか、右肩は少ししか持ち上がらなかった。
「ここまで派手な大立ち回りを演じてしまったんだ。イノセントの優秀な捜査員に実況検分されたら、僕がどこぞの組織から送り込まれた戦闘員と思われるのは明白だろう。それに――」
曲者の僕は美月を指しながら、
「目撃者もいる」
美月は力強く頷いた。
「そうだろうな。私が如何に誤魔化そうが、お前はイノセントの法執行機関によって拘束される運命にあるだろう」
「今の僕なら、イノセントを逃げおおせることは出来るだろうけど……それはやめておこう」
「何故だ?」
「さっき説明したろ? 僕は今、定期的に記憶を失うような、不安定な存在なんだ」
美月は怪訝な表情を浮かべていた。
「……定期的に、記憶をか」
「ああ。多分、一夜明けたら全くの別人になっていると思うよ」
「別人……それは、多重人格という意味か?」
「それは違う」
「どうしてだ? お前の話を聞くに、そうとしか思えないのだが」
「かつては、そうだった」
「は? かつて、だと?」
美月の問いに対し、僕はニコリと笑った。
「サナダ・ミツキ」
「……なんだ?」
「僕を雇ってよ」
「お前を雇う?」
「犬小屋でも構わない。臆病で、かわいそうな哀れな僕を救っておくれよ。そうしたら、僕が死ぬまでは君を守るよ」
「どうして、私がお前を雇わねばならん。お前はあまりにも……」
暫く口淀んだ末、美月は熟考を重ねたと思しき表現を口にした。
「得体が知れない」
ふっと笑った曲者の僕は、血を流し続ける欠けた耳に触れながら。
「だけど、それしか生きる道はないんじゃない?」
「は?」
「こんなところにピンポイントでテロリストが送られるってことは、身内に情報を漏らした人間がいるってことだ。それに、君は一人でモールをほっつき歩いていた。信用できる人間なんて、イノセントにいないんじゃない?」
美月は図星をつかれたように、表情をゆがめた。
「これからイノセントに隠れている情報局についての情報を教えるからさ、ソイツらをとっ捕まえて、僕のことについて調べてみなよ。そうしたら僕の言葉も信じる気になるさ」
「……自身の証明の為に、仲間を売るのか?」
「仲間、ね」
曲者の僕は厨房の天井を見つめながら、
「僕は、愛していた家族すらもこの手で殺した」
その言葉に美月はゾッとしたように身をすくませていた。続けて曲者の僕はおどけたように、
「僕が、僕の全てを取り戻したのだとしたら、恐らく僕は君を守るための最強の盾となるだろう」
「最強の盾……随分と自分を高く買っているんだな」
「だけど、取引だ」
「取引?」
「情報局の連中の……命だけは助けてやってくれないかな?」
それを聞いた美月は呆れたように息を漏らしていた。
「……随分、慈悲深いな。家族すら殺したんだろう?」
「後悔してないとは言ってない」
「……え?」
そこまで話したところで、曲者の僕は寄りかかった厨房のシンクから派手にずれ落ちて床に転んだ。
暗い空間でも認識できるくらい、真っ青な表情を浮かべていた。
それを見た美月が、慌てたように駆けよって僕を抱き寄せる。
「どうやら……少し血を流し過ぎたみたいだよ」
「馬鹿、取引きとやらの返事もしてないぞ!」
「情報局の連絡手段は、GPSバンドのメッセージ機能だ。古典的だが、実に確実な手段だよ。それをたどれば……イノセントに入り込んだネズミは割り出せるはずだ」
「お前は……」
「正直なところ、取引なんてどうでもいいんだ」
気付けば美月の背後に、曲者の僕と同じく真っ青な表情を浮かべた東欧風の少女――幽霊少女が立っていた。
曲者の僕は恐らくそれを視界に入れながら、
「二度も女の子に助けられるなんて、恰好がつかないから、ね……」