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再潜入

 イノセントの河川や湾岸地域は一部を除いて、完全に塀と電気柵で覆われ、内外からの侵入を防ぐ仕様となっていた。  よって、情報局の漁船によって赴いたのは、湾岸施設に面した、人が一人通れそうな排水口。しかし、そこは鉄格子で塞がれ、更には大仰なセンサーが設置されていた。  ナオミは漁船から身を乗り出しながらそれを確認した後、 「三ツ目サードアイちゃん、ここなら大丈夫なのね?」 「問題ない。万が一の時、私が逃走用に事前に無力化しておいた排水口。センサーは反応しない」  三ツ目サードアイの言う通り、情報局の用意した粘着爆弾で派手に柵を破壊しても警報はならなかった。  僕と三ツ目サードアイは煙の立つ排水口に飛び乗ると、船上で僕らを見送る情報局の連中に向かって振り返った。 「明人アキヒト、アンタ武器は?」  言われてみて、僕は体をまさぐった。当然、いつも懐で鎮座していた頼りがいのある相棒はおらず、首を振ると。  ナオミは「それでも元トレント社の社員なの?」と笑いながら、部下に命じて重そうなバッグを放ってきた。  ガチャリと音を立てて排水口に着地したバッグ。中身を改めると、おあつらえ向きな各種装備が揃っていた。  レールがつけられ、光学照準器がつけられ、カスタムされたAK七四ライフルに、弾倉を入れるチェストリグ。刻印の消されたSIG拳銃に各予備弾倉が六個ずつ。    特にAKの状態は格別だった。スライドを引いたが妙なガタツキは無し、光に当てるとガンオイルの光沢があった。 「随分と……良い銃だ」 「国防軍が研究と、練習目的で仕入れていたものよ。本来存在しないハズの官品で、処分に困ってたから貰っちゃった」  僕は感激し、装備をつけながら、 「ありがとう」 「礼はいらないわ。とっても大きなキックバックがあるらしいから」  ナオミが合図して、漁船は音を立てて遠ざかっていく。僕らは暫くそれを見送ってから、二人して向き直った。 「さて――ここからどうする?」 「地上に出て、三百メートル先にアパートがある。そこに私の予備機材がある」  予備機材。つまりはそのアパートで司令塔として、僕の戦闘をサポートしてくれるということだろう。彼女のサポートが高品質で、最高のカスタマーであることを知っていた僕は、スッと拳を突き出しながら。 「行こう、相棒」  三ツ目サードアイは少し驚いた表情をした後、二ッと良い笑みを浮かべて拳を合わせてきた。 「あいぼう」   △   アパートには何なく到着することが出来た。戒厳令が敷かれているためか、外を出歩いている人は見当たらなかった。  僕は三ツ目サードアイの先導で最上階である四階へ、埃っぽい1DKマンションの一室に踏み込んでクリアリングをする。 「異常ナシ」  三ツ目サードアイが遅れて入ってきて、三モニターを併設した機材を点灯させた。美月ミツキ邸にあるモノより小ぶりだけど、三ツ目サードアイはプロのピアノ奏者のようにカタカタカタカタと調子よく音を鳴らす。  勢いよく変遷していく画面。三ツ目サードアイは暫く画面とにらめっこした後、 「……やはり、面倒なことになっている」 「どうしたの?」 「監視カメラが軒並み使用不可になっている。恐らく、中央区画の制御室でも同様。他区画の勢力が介入したのかもしれない」 「つまり、監視カメラを使って僕を誘導、追跡することは出来ないってわけか」  僕の呟きに、三ツ目サードアイはニッと笑った。 「私の渾名が何故『三ツ目サードアイ』なのか、教えてあげる」 「え?」  唐突に、三ツ目サードアイの動かすモニター映像にカメラ映像が灯った。それは上空からの映像のようで、いつもの煌びやかな未来都市と打って変わって、闇に堕ちたように静けさに包まれたイノセントを映していた。   「これって……ドローン?」 「ただのドローンではない。AI調教と条件付けにより、高度に制御化したドローン。しかも、美月ミツキ邸の機材で調教済みだから最高性能」 「それって、すごいの?」 「役割と性能に応じて、上空で編隊を組んでいる。必要に応じた補給や航空支援を行うことも可能」  僕は目をぱちくりしながら、上空を飛びまわるドローンの映像を注視していた。 「なんだか、一気に希望が見えた気がするよ」 「でも、敵であるトレント社はドローン技術においても秀でている。予断は許されない」   トレント……カタリナとかいう女一人とっても、只者ではない集団だ。やはり、この作戦は一筋縄ではいかないだろう。 「とりあえず、行ってくるよ。いつもみたいに、最高のサポートを期待している」  僕はライフルを持ち直して部屋を後にしようとする。すると、三ツ目サードアイが背後から、 「私はサナダ・ミツキを疑っていた」  ズキリッと胸が痛んだ。これは、三ツ目サードアイによる自省の言葉だ。だけど、まるで僕に対する非難のようにも受け取れた。 「……僕もだよ」 「私は……もう一度サナダ・ミツキに会いたい」 「僕もだ」 「会って……」  僕が振り返ると、三ツ目サードアイもこちらを向いていた。 「美月ミツキは、孤独だった」 「うん」 「もう一人にはさせない。そうだよね?」  三ツ目サードアイは画面へと向き直った。彼女なりの意思表示のようなものだろう。  僕はふっと笑って、そのままアパートを飛び出した。 △ 『美月ミツキ邸まで、歩きだと二時間弱かかる。よって、本作戦はドローンによる移動で行う』 「ドローンに捕まって、スーパーマンみたく空を飛ぶわけか」 『そういうこと。もうすぐ迎えのドローンが来るから、駐車場で待機しておいて』  アパートの駐車場に出ると、上空には、控えめな羽音を鳴らすドローンたちの無機質な編隊。それに加えて、耳元で絶え間なく響く「三ツ目サードアイ」の指示は、まるで神託のように僕を導く。     間もなく、一際大きなドローンが編隊を離れて駐車場に降り立ってきた。羽音は静かなのに、とてつもない風量で、そのパワーが伺えた。  やがて駐車場に降り立ったドローンには、黒いバッグのようなものがぶら下がっていた。 『それは補給用ドローン。バッグは外して捨ててもらって構わない。バッグを固着していたベルトを自身に装着して、決して外れないのを確認して』   言われた通りにすると、『出発する』と彼女は短く告げて、ドローンを空中へと飛び上がらせた。  地上との絆を断ち切られ、重力を失ったかのように頼りない体は、幽霊のような浮遊感を覚えるとともに、みるみる間に上空数十メートルまで持ち上がる。  ドローンから感じる猛烈な風も相まって、体が排泄後のようにぶるっと震えた。 『落下時を考慮し、あまり高度は飛行しない。それでは、現場まで進ませる』 「……その割には二十メートルくらい地上と離れてるけど」 『文句を言わないで。手ごろな建物を越えるには必要な処置』   ドローンが美月ミツキ邸へと出発する。僕の体は慣性の法則に従って、思い切り傾いた。 △  空中デリバリーは想像していたよりもずっと早かった。  当然か。道路も建物も無視して直進を続ける。  中央区画のビル群が相手じゃない限り、ずっと効率的だ。  僕は一応、警戒を怠ることはせず、ライフルを振って地上を警戒した。  まあ、この速度で移動する中、発砲して当てられることは無いだろうけど。 『間もなく、美月ミツキ邸に到着する』    無線に響く三ツ目サードアイの声音。そこで僕はようやく、自身が緊張していることに気が付いた。  仄かに香る死へと近づいて行く気配が、背中を伝うような気がしてくる。 『心拍数が上昇している。気をしっかり持って』  三ツ目サードアイの厳しい忠告。僕は頬を張って、ライフルを握り直した。  見えてきたのは近代都市の狭間、壁で囲われ、城が異彩を放つ旧後楽園。紛れもなく、美月ミツキ邸だ。  僕が降下をすることを想定して体制を整えていると。 『偵察ドローンの赤外線センサーに反応があった。美月ミツキ邸、東側の車庫付近で、謎の人影が存在する。数は一名のみ』  三ツ目サードアイの報告に思わず息を呑んだ。 「美月ミツキではないんだね?」 『身長は百八十、体格は成人男性。恐らく、メインに自動ライフルと、スリングで下げたショットガンのような銃器を携行している』  武装しているということは、敵ってわけか……。それにしても、三ツ目サードアイの偵察は本当に便利だ。敵の武装まで分かるのだから、幾分かのアドバンテージはある。僕は抱き寄せるようにライフルを握った。 『どうする?』 「ここから遮蔽物に隠れるように、遠回りで低高度を飛んでくれ。回り込んだら車庫の真上をとりたい」 『屋根に着陸するつもり?』 「そうだ」  三ツ目サードアイは僕の指示通り、ドローンを低高度に切り替え、射線を避けるように遠回りで飛行してくれた。   地上までは三メートルくらい。美月ミツキ邸の北側から回り込んで、狙い通り自動運転車の眠る車庫の屋根へとドローンは着陸する。 『敵影がドローンを察知して動き出した。尾根へと向け、ライフルを構えている。姿勢を低く、頭は出さないで』  僕は屋根を見回した。おあつらえ向きな金属のパイプを見つけ、そこにバッグから取り出したロープを結びつける。 「ドローンで気を引ける?」 『やってみる』  上空で飛び回っていた数機が美月ミツキ邸へと降下してきた。小ぶりのドローンで、ものすごいスピードだ。  ブーンッというやかましいプロペラ音が、語源であるミツバチの羽音を思い起こさせた。対して、美月ミツキ邸の中庭を低高度でハエのように無規則に飛行し、敵へと向かって行く。  ドンッ、ドンッと銃声が二発響いた。音と感覚的に、恐らく散弾銃の方だと感じた。ドローンに向けて発砲したのだろう。  僕はロープを敵のいる反対側、車庫の裏側へと垂らし、地上へとラぺリング降下をする。 『……向かった三機のFPVドローンが全て落とされた。相手は相当な射撃の腕を持っている』 「それだけ分かれば充分だよ」  心臓が強く脈動する中、僕はライフルを構えながら車庫の裏側から側面へと回り込み、コーナーを曲がれば即座に銃撃出来る位置までやってきた。 『敵がスモークを焚いて、車庫のひさしへと隠れた。正確な位置は不明、偵察ドローンの位置を変更する』      三ツ目サードアイの警告が響く中、僕は意を決してコーナーから身を乗り出そうとした。その瞬間、ピンの抜かれた手榴弾らしき物体がこちらに転がってきた。  僕は身を乗り出さず、ライフルの銃床をゴルフクラブのように使ってそれを打ち返した。だが、敵はそれに構わず、ダダダダッと猛然と走り寄る足音を立てた。  僕はそれで投げ込まれた物を偽装手榴弾と判断し、瞬時にサイドアームに切り替え、コーナーから拳銃だけを覗かせ、ギャングのように無差別に弾幕を張る。  相手も散弾銃を放ち、安全位置にいる僕の顔にも、コンクリートの破片がかすめてきた。 『接近し過ぎている、離れて!』  そんなことを言われても、ここで手を緩めれば相手の思う壺だ。  僕は拳銃の弾を撃ち尽くし、敵も散弾銃の応酬に続いてライフル弾を放ってきた 。威圧射撃の巧みさから、相手が相当な手練れであることを悟る。  弾切れの拳銃からライフルへ持ち替えようとしたその時、再び手榴弾が投げ込まれた。  敵の接近具合からして、偽装手榴弾だろうと判別できるが、どうしようか。ここで後方に引くか、それとも――  投げ込まれた手榴弾から、噴出するように煙が吐かれた。スモークグレネードだ。逡巡している隙に敵がさらに接近してくる足音。白煙に包まれた視界の中、意を決して身を乗り出すと敵の体と僕のライフルがぶつかった。  そこで初めて敵の姿を目視した。三ツ目サードアイの報告通り大柄の男で、PMCのようなラフな格好をしていた。敵は自身のライフルを捨て、僕のライフルを掴んでくる。  僕は即座に弾倉を抜き、槓桿を引いて排莢し、ライフルを無力化した。だが敵の反応も早い。ライフルを奪い取ってお手本のような銃床打撃を繰り出してくる。  僕はそれをダッキングで避けつつ、相手の胸に装備されたナイフを抜き放った。  相手は蹴りを繰り出してきて、僕が奪い取ったナイフを蹴り飛ばす。  一進一退の攻防、息もつかせぬ戦い。恐らく、油断した方が死ぬ。  しかし、こちらは拳銃も無くなり、ナイフも無い。決定打は皆無だ。  それを理解した敵は距離をとってサイドアームの自身の拳銃を構えようとする。  僕はそれをさせないため、タックルを繰り出すが、相手はライフルを投げて僕にぶつけてきた。  僕が怯んだ隙に敵は拳銃を抜き放ち、照準を決めると―― 「……なんだ、お前か」  敵はそんなことを呟いた後、拳銃を下ろした。  僕は死を悟って目を瞑った状態から、ゆっくりと瞼を持ち上げる。  するとそこに居たのは―― 「また会えたな」  僕は信じられない思いだった。僕の目の前に居たのは、紛れもない、あの暴力蔓延る区画会議で異彩を放っていた男だった。 『何があったの!』   三ツ目サードアイの叫ぶような声。僕は耳に手を当てながら、「……心配ないよ。多分」と返答する。  改めて、姿勢を正して正面にいる男を見たが、やはり見間違えようが無かった。  彼は現、第五区画の長、丸坊主頭が特徴的な、レッカーその人だった。 「どうして、ここに?」  僕が尋ねると、レッカーは転がった自身のライフルを拾いながら、肩をすくめた。  僕は聞きながら、メイソンから『実はよお、困ったことに俺の親愛なる叔父さんが家出しちまってな』と言われたことを思い出していた。 「情けないことにあのクソガキに第五区画を追い出されちまった」  「えーと。それで、何故ここにいるの?」 「そうだな」  レッカーはライフルの土を払いながら、 「区画を追い出されるってことは、第五区画の誓いを放棄するのと同義だ」 「誓いを放棄?」 「そう。だから俺は――一日だけアメリカ人に戻ることにしたのさ」 「えーと……それってつまりどういうこと?」  僕が尋ねると、レッカーは少しだけ照れくさそうに自身の腕時計を指しながら、 「おい、無駄話をしている暇はねえぜ」   僕も釣られて時計を見る。確かに時刻はレッカーの言う通り、戒厳令まであと十分を切っていた。 「お姫様が待っているぞ、早く行け」