← 次の話へ目次に戻る前の話へ →

最後の戦い

 ドローンによる空中戦の爆音が響き渡る中、僕は美月ミツキ邸の廊下を走り回っていた。  無線からは、美月ミツキの明晰な指示がひっきりなしに飛び込んでくる。 「三ツ目サードアイ、明人アキヒトがレッカーの姿を見たと言っていたが、本当か?」 「肯定。レッカーは現在、一階の南側窓に陣取り、迎撃準備を整えている」 「ふん……あのバカ、断りもなしに人の屋敷をほっつき歩いて、何を考えているのやら。奴に通信機は?」 「未配備。彼は現在、独自判断で動いている」 「予備をデリバリーしておけ……それと三ツ目サードアイ、車庫の自動運転車はハッキング可能か?」 「可能」 「全車起動させろ。特に装甲の厚いリムジンを盾にして、敵車両の進路を塞ぐんだ」  美月ミツキの指示は的確だった。屋敷にあるすべてを駒として捉え、即座に最適解を導き出す。  普段は指示役の三ツ目サードアイも、今は一人の実行部隊として、その命令を粛々と遂行していた。  やがて、無線機がつながったレッカーの野太い声が会話に割り込んできた。 『小生意気なお嬢ちゃんが、ようやくお目覚めか』 『レッカー……第五区画の統治はどうした? まさかメイソンに追い出されたのか?』 『そのまさかさ。俺もまだまだ現役のつもりだったが、最近のガキは末恐ろしい。この調子じゃ、数年後の区画長は幼稚園児が務めてるぜ』 『ふん。哀れな男だ。屋敷の冷蔵庫を漁る権利くらいは、特別に認めてやろう』 『そりゃありがたい。遠慮なくそうさせてもらうよ』  思わずクスリとしてしまうようなやり取りを聞きながら、僕は一階の廊下で庭園を凝視するレッカーと合流した。  詳細な戦術判断には、現場の空気を知る僕らの目が必要だった。レッカーは視線を窓の外に固定したまま、短く尋ねてきた。 「そういや、名前は?」 「明人アキヒトだ」 「言いにくいな。アキでいいか」  僕は思わず苦笑した。その言い草が、メイソンと全く同じだったからだ。 「……何がおかしい」 「いや、なんでもないよ」  上空では絶え間なく閃光が走り、漆黒の夜空を不規則に切り裂いている。 「敵は、お前がやったみたいに空から来ると思うか?」 「……無理だと思うよ。この状況で空中デリバリーなんて、ただの自殺行為だ」 「だろうな。連中もそう呑気にお散歩はしてこないはずだ。本番は、装甲車による突入と室内戦になる」 「そうだね。戦況が変わるまで、僕もここにいるよ」 「理解が早くて助かる」  レッカーは呟くように言うと、一度銃を下げた。窓下の壁に背を預け、懐から煙草を取り出して口に咥える。 「サナダ・ミツキは天才だ」  煙草を咥えたままの、くぐもった声音。 「そうだね」 「だが……区画長の中では、メイソンと雅静ヤージンは別格だ。片や天才を超えた怪物、片や目的のためなら世界を売る悪女だ」  シュボッ、と火を灯す音が響き、薄暗い廊下が橙色に明滅した。 「だが、俺とサナダ・ミツキには、あの二人にはないものがある」 「……ないもの?」 「人を見る目だ。俺たちは初めて会った時から、直感した。『こいつは味方だ』とな」  それは、僕が持たなかった能力だ。美月ミツキの本心を見抜けなかった自分を恥じながら、僕は一つ、ずっと気になっていたことを口にした。 「そんなレッカーから見て……僕は、どう映ってる?」  ふう、と肺の中の毒をすべて吐き出すような排気音。遅れて、刺激的な硝煙と煙草の混じった香りが漂ってきた。 「臆病者だ」  肯定だった。僕は、この場にいる誰よりも戦いを恐れている。 「だが、その内側には怪物がいる」  心臓が跳ねた。僕の中に潜む曲者の存在を、彼は見抜いていた。 「全部解放しろ。出し惜しみして死ぬんじゃ、華がねえ」 「……もし僕が狂ったら、レッカーが止めてくれる?」  僕の問いに、レッカーは射抜くような鋭い視線を向けた。 「この戦場で、そんな暇があると思ってんのか。自分のケツは自分で拭え」  突き放すような、厳しい言葉。けれど、それは彼が僕を対等な「戦士」として認めた証でもあるような気がしていた。  ふと、微かな轟音とともにこちらへと向かってくる物体が視界の端に映った。  銃口を向け、アイアンサイトの先に目を凝らす。そこには、狂ったような速度で爆走してくる一台の装甲車があった。  レッカーに「来たよ」と告げるよりも早く、三ツ目サードアイの無線が響く。 『敵装甲車接近中。足止めを実行する』  車庫の方から、複数の車両群が矢のように飛び出してきた。無人ながら正確な動作で、突っ込んでくる装甲車へと立ちはだかるように進路を塞ぐ。  やがて、ガッシャンと金属が悲鳴を上げる凄まじい衝撃音が響き、装甲車の猛進はあえなく途絶えた。 『接触を確認。対装甲車ドローンを向かわせ――』  三ツ目サードアイが言い切る前だった。  沈黙した装甲車のハッチが勢いよく開く。それと同時に、装甲車内部から、超低空を這うように駆けるドローンが、凄まじい速度で飛び出してきて、屋敷へと向かって飛翔してきた。 『くッ』  予想外の挙動に、三ツ目サードアイが臍を噛むような声を漏らし、ドローンを急行させるが間に合わない。 「任せろ」  レッカーが散弾銃を放った。先頭のドローンが爆発すると同時に、尋常ではない量の黒煙が周囲に撒き散らされる。  おそらく、視界を奪うための意図的な目くらましだろう。レッカーは舌打ちを一つして、銃を掲げ直した。 「壁面から離れろ。階段まで下がるぞ」  僕は駆け出したレッカーの背中に必死でついていく。直後、壁に激突したドローンが爆発し、豪快に壁面を粉砕した。 『まさか、こんなタイミン――』  ノイズとともに、三ツ目サードアイが驚愕したように声を上げる。僕は二階へと駆け上がりながら、問いかけた。 「どうしたの?」  三ツ目サードアイからの返答は無く、レッカーがマガジンを交換しながら口を開いた。 「恐らく全帯域妨害ジャミング……強烈な妨害電波が作動したんだろう。相手の機体も沈黙するが、こちらのドローンもすべて無力化されるわけだ」  二階の窓から外を確認すると、さっきまで空中戦を繰り広げていたドローンたちが、翼を失ったかのように雨となって地上へ降り注いでいた。 「俺は階段を警戒しておく、お前は窓から敵を狙え!」  レッカーが鋭く指示を飛ばす。  装甲車からは複数の人影、おそらくトレント社の兵士たちが飛び出してくるのが見えた。その数、六。    窓を開ける時間さえ惜しく、僕はそのまま地上へ向けてライフルを乱射した。  盛大にガラスが砕け散り、弾丸の雨が地上へと降り注ぐ。  敵も流石の練度と言うべきか、瞬時にこちらへ銃口を向け、相互に援護射撃を繰り出しながら着実に庭園を前進してくる。  負けじと撃ち返し、何名かに手応えはあったが、彼らはまるで怯む様子を見せない。 「敵は六人、かなりの練度だ! それに被弾しても止まらない、薬物を使ってるかも!」 「弾を節約しろ。室内戦に切り替えるぞ」  レッカーは手榴弾のピンを抜くと、一階の壁面に空いた穴めがけて投擲した。  轟音が響き渡る。しかし敵は、車両の残骸に隠れた二名を庭園に残し、支援射撃の隙を突いて突入を開始した。彼らはあえて正面の穴を無視し、各々が窓ガラスを叩き割って一階へと侵入を果たす。 「拳銃を貸せ。弾幕が足りなくなるかもしれん」    レッカーが手を振って求めてきたので、僕は腰にささっていた愛銃Czを廊下に転がした。  レッカーは足で止めると、即座にそれを自身の腰に差し込んだ。  僕は射撃位置を特定されないよう、窓下を何度も移動しながら機会を窺い、ついに一名の頭部を正確に撃ち抜いた。 「一名撃破! 残りが中に入ったよ!」 「了解だ」  レッカーは階段の踊り場から下がり、僕のいる廊下側の壁へと身を潜めた。 「窓には近づかないで。まだ車両の陰に一人が残ってる」 「分かっている。そいつはお前が仕留めろ。それと、突入の前にグレネードがくるはずだ。警戒しろよ」  階下、階段方面から弾丸の雨が降ってきた。    その凄まじい火力からして、分隊支援火器の類を継続的に放ってきているのだろう。  レッカーは先手と言わんばかりに再び手榴弾を投擲し、それと同時に弾丸の雨はぴたりと途絶えた。 「グレネード!」という掛け声すら聞こえてこない。相手は、一切の言葉を必要としない阿吽の呼吸で動いていることが伺えた。  爆音が轟くと同時に、僕は窓から顔を出し、車両付近に潜伏している敵を探す。  予測とは異なる位置から橙色のマズルフラッシュが瞬き、僕の頬を弾丸が掠めていった。  看過できないほどの熱さが駆け抜けた。  グリップを強く握り、怯むな、と必死に自分に言い聞かせながら、その光の主へとライフルを向け、立て続けに数発を撃ち込む。  敵も数発ほど応射してきたが、弾丸に貫かれたのか、その銃声はすぐに沈黙へと変わった。 「仕留めた! 後は階下だけだ!」 「まだ窓を警戒していろ!」  レッカーと僕の声が交錯する。  それ以降、戦場は不気味なほどの沈黙に包まれた。階下に潜む敵が何をしているのか、一向に動く気配がなかった。 「嫌な予感がする」  レッカーの呟きに、僕も内心で強く同意した。 「どうする?」 「戒厳令の停止は宣言された。膠着状態に陥って困るのは敵の方だ。となると――」 『妨害電波ジャミングが消えた! ドローンを再起動させる間、警戒を続けて!』  三ツ目サードアイの叫ぶような報告。それと同時に、僕の背中を嫌な汗がどろりと伝った。  敵の沈黙、そして妨害電波の消失。何かが起ころうとしている。  僕が思考を巡らせる中、レッカーがハッと息を呑むような音を鳴らした。 「どうし――」 「ここから離れろ!」  かろうじて聞き取れたのはそこまでだった。  直後に襲いかかってきたのは、地を揺らすような爆音。  そして――崩れ落ちる、大理石の足元だった。